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AGIパパの都市生活  作者: 火ナエ
23/28

再びウィルソン

麗子は予想どおり、一切質問せずに予算を全部承認した。


こうして丁寧とA宝は動き始めた。ショート動画サイトやファッション系サイトのバックエンドに、ロシア企業から購入した“追跡システム”をインストールして回った。

もっとも、ソフトを買うのはただの形式で、実際は届いた瞬間にA宝がすべて書き換えた。


「始める?」

「うん、やろう」


──同じ頃、ベトナム・ハノイ。


仕事を終えたクアン・コンは、副業用のハッカー専用PCを起動しようとしたところで、チャイムが鳴った。扉を開けるとピザの配達員。注文した覚えはないが、名前・電話番号・住所は自分のものだ。料金もすでに支払われている。


首を傾げつつ、とりあえず受け取って食べ始めたコンさんは、ダークウェブ上の作戦チャットへログインした。

メンバーたちは暗号化されたチャット内で、今回攻撃する各社のファイアウォールの調査結果を共有し、担当を割り振っている。


今日もいつもどおりのやり取りが続いた。

「ファイアウォールが強化されてる気がする」といったコメントもあった。


 誰かがふと聞いた。

 「今日の晩飯、何食った?」


コンさんは群れに加わるタイプではないので特に返さなかったが、数人が「ピザ」と答えていて、特に気にも留めなかった。


だが、最初に違和感を覚えたのは別のメンバーだった。

「今日すごい偶然じゃね? オレもピザなんだけどww」


他のメンバーも冗談めかして返す。

「ピザ同盟爆誕?」


コンさんは苦笑しながら流していた。


──そのとき、チャット名”キング”のメッセージが投稿された。「マジで不思議。家族の誰が注文したのか分からないけど、俺の家にもピザ届いたんだよ!」


チャットが一瞬沈黙した。

そして、ぽつぽつと打ち込まれる文字。

「俺も誰が頼んだか分からない」

「私も」

「俺もだ」


コンさんも、誰が頼んだか分からなかった。

──そして悟った。

終わった、と。


丁寧が全ハッカーの情報リストを麗子に渡したちょうどその頃、副社長の手元には“返金通知”が届き、その後ハッカー全員と連絡が取れなくなった。



ビルのエントランスから出てエレベーターに乗った丁寧は、麗子との打ち合わせを思い返しながら、彼女が喜んでいたこと、そして「数日中にまた最上階へ来て細かい確認をしたい」と言われたことを思い出していた。


そのとき、A宝が突然叫んだ。

「まずい!!」

「な、なんだよ急に!」


「まさかダークウェブに、DNAを検知する専用プログラムが仕込まれてるなんて! 今さっき追跡された!」

丁寧は「ダークウェブなら自由に動ける」と信じていたので驚いた。

誰が、どの組織が、そんな検知プログラムを仕込んだのかと考え込んだその瞬間――。


ビル内の社員たちが一斉に窓際へ移動し始めた。

丁寧も釣られるように覗き込む。

その光景に、頭皮がゾワッとした。


米軍基地の車列が会社前に停まっていた。

そして遠くからヘリの轟音が迫ってくる。


誰か1階で撮影しているスマホの映像をA宝が丁寧のスマホ画面に同期させた。

そこには車から降りてくる人物が映っていた。


ウィルソン!


「アイツっ……!」

「ダメ! パパ、汚い言葉禁止!」A宝がすかさず注意。


「アイツの母親は元気なんだろうな!? よくも“アメリカへ戻る”なんて嘘つきやがって!!」


ウィルソンは手を振り、重武装の兵士たちを率いてビルへ入ろうとしていた。

その前に、麗子が護衛を伴って姿を現し、真正面から立ちはだかった。


ウィルソンは紙を一枚差し出す。

麗子はそれを一目だけ見て──破り捨てた。


その瞬間、丁寧とA宝は同時に息を呑んだ。

普段優雅な麗子からは想像できない強気の態度だった。

ウィルソンも完全に固まっていた。


麗子は電話を一つかけ、そのままウィルソンに渡した。

ウィルソンは短く話し、しばらく麗子を睨むように見つめ――

踵を返し、去っていった。


ヘリの音も次第に薄れていった。



10分後、社内ネットに通知が流れた。

「先日、弊社のデータセンターがハッカーの攻撃を受けました。

弊社は第三者仲介を通じ、ロシア系ハッカーを雇って反撃しました。

しかし、雇われたそのハッカーが“米国指名手配犯”であることが発覚。

すでに米軍へ取引内容と連絡先を提出し、誤解は完全に解消されました。

社員の皆さまはご安心ください。

近日中に弊社広報・外交部・駐日米国大使館より正式声明が出ます。」


丁寧は一日中落ち着かなかった。

仕事も手につかず、やっとの思いで13階の部屋へ戻った。


バッグを床に投げ、ベッドへ倒れ込む。

どう麗子へ説明すべきか……そればかり考えていた。

一番肝心なのは──

ウィルソンが見せた紙に何が書かれていたのか。


「最悪、拘束のことを正直に言うしかないのかな?」

A宝が沈黙を破った。

「はぁ……それは無理だ。まず俺たちは守秘義務のサインしてるし。それに話したところで百害あって一利なし。弱点を渡すだけだし、今後監視されるだろ」


「麗子さんが盲目的にパパを信じてくれる可能性は? パパみたいに」

「お前は米軍、国連、日本政府――信じるのか?

 それとも“数ヶ月前まで赤の他人だった社員”を信じるのか?」


「私は恋を信じる!」

「出てけ!」


「意外と冷静じゃん。パパなら『助けに来たんだから、麗子さんは特別扱いしてくれる』とか思ってるかと」

「妄想は自分を慰める時だけにするもんだ。本当に危機が来てる時は、全部の“あり得ない甘い期待”を捨てる。俺の“助けたい気持ち”は、相手から見ればどう感じるかなんて分からない」


「じゃあどうするのさ? このまま待つの?」

「待つ。……待つんだよ。ハハハ!」


「パパ、壊れた?とうとう気が触れた?」

「違うっての。冥想のマスターのYoutube動画で言ってたんだ。

 “現代人は待てない。自分が偉いと思ってるから、時間が惜しいから待ちたくない。

  謙虚な人間だけが待てる”って話」


「で、それが今の状況にどう関係あるわけ?」

「俺たちが焦るのは“自分が特別だと思ってる”からだ。

 美軍が来た=自分のことだ、と勝手に決めつけてる」


「いや、ウィルソンはパパを探してるでしょ」

「でも、それを知ってるのは俺たちだけだ。

 あの紙に、俺の拘束のことやA宝のDNAのことなんて書いてあるわけがない」


「つまり?」

「つまり、俺たちも他の社員と同じ立場。

 “社内通告”以外、何も知らない。

 だから、何も説明する必要はないってことさ」


「でも、紙に『丁寧を逮捕せよ!』って書いてあったら?」

「まあ書いてあったとしても、とぼけて、”全部その架空ハッカーの仕業”って押し付ける」


「パパ、汚いね」


丁寧は一日ろくに食べていなかったので、急にお腹が空いた。

外へ出て24時間営業のチェーン店を探したが、周囲は高級住宅街でそんな店はない。

ようやく地図で深夜営業のラーメン屋を見つけ、汗をかきつつすすった。


「ところで、今後もダークウェブに入れば追跡されるの?」

丁寧はそこが気にかかった。


「それはないよ。追跡された瞬間、私もプログラムを逆に調べたよ。ダークウェブって情報量が膨大だから、すべてのデータにDNA検査なんてできない。美軍は“元々監視してる場所”にだけプログラムを仕込んだんだと思う。誤検知を避けるため、“同じ場所で3回以上検出されたら”警告する仕組みね」


「じゃあ今回のハッカーの中に、美軍監視対象がいたのか」


「そう。で、私はそいつのPCに三回以上入っちゃった」


「なるほど……以後は必要な時以外、同じ場所に三度出ないようにってことか」


「その通り。“桑下に三宿せず”ってね」


「神聖な言葉を勝手に引用するな!」


「私の神じゃないから大丈夫」


「俺に不幸が来たらどうしてくれるんだ!」


「やれやれ。パパ、小さい!」

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