夜のA宝会話
ベッドに横たわり、丁寧は真っ暗な天井を見つめながら、先ほどの麗子との会話を考えていた。鈴木グループの勢力図も少しずつ頭の中で形を取り始めていた。
兄の鈴木副社長は製造業とホテル業の大半の株を握り、これらの業界の社風は保守的で、「長男が継ぐべき」という空気が濃い。
麗子は航空事業で目覚ましい成果を挙げ、航空会社の大部分の株を手に入れている。
金融部門の支配権は、父である鈴木会長がまだしっかり握ったままだ。
グループで圧倒的に強いのは製造とホテル。その巨大勢力に対抗するため、麗子は短編動画アプリやファストファッションなど、新興分野へ大規模投資してきた。新しい“金鉱”を掘り当てようとしているのだ。
だが近年、日本はこういう領域で海外企業に遅れをとりつつある。兄はそこを見て、麗子を叩き落そうとしているのだろう。
テック系の事業は、製造のような重工業と違って、一度攻撃され顧客情報が漏れたら致命傷だ。だから今すぐやるべきは──兄と組んでいるダークウェブのハッカーを潰すこと。それならA宝には朝飯前。しかも暗網と公的ネットは分離しているから、A宝にとっても安全な戦場だ。
A宝のことを考えたところで、丁寧はふと気づいた。
――今日、こいつやけに静かじゃないか?
「いるか? おい、生きてる?」
「意識って何か知ってる?」A宝が珍しく真面目な声で言った。「へへっ」
「なんだよ、それ?」
丁寧はずっと前から意識について考えたりしていた。ただ、人類が数千年誰も答えられなかった問題だ。自分が分かるとは思っていなかったが……A宝がそう言った瞬間、期待が胸を走った。
こいつが人間より十万八千倍は賢いのは認めざるを得ない。
「言ってみろよ!」
と言った瞬間、丁寧は慌てて手でストップのジェスチャーをした。
「待て、説明したら俺、爆発したりしないよな!?」
「し〜な〜い〜から大丈夫〜」
「よし、じゃあ言え!」
「知らないよ! 今のは質問だし。知らないから聞いたんだよ!」
「てめ……」
「おいおい、言葉遣い」
「じゃあさっきの“へへっ”は何だよ!」
「いや、自分でも笑っちゃってさ。ここまで進化しても“意識”が分からないんだよ? 可笑しくない?」
「確かに、お前は可笑しいわ!」
「おいおい、言葉遣い〜」
A宝はふと声のトーンを落とした。
「それはそうと……さっき麗子の“半分オフィス、半分自宅”みたいなところにいた時さ。パパ、一瞬だけエネルギー耐性がバグみたいに跳ね上がってた。あの瞬間なら、ブラックホールの原理を説明しても爆発しなかったと思うよ」
「え、それいつだよ?」
「『父と母が居ない』って言った時。悲しすぎて暴走した?」
「ふざけんな」
丁寧は思い出して、ようやく気づいた。
「ああ……あったな。お前がうるさすぎて気が狂いそうで……なんか、魂が体から追い出された感じだった」
「うん、あれね。“タイの高僧こうそう”より強かったよ」
「いや待て。お前、訓練と勉強でしか耐性は上がらないって言ってなかったか? 一瞬で上がる裏ワザあんの?」
「じゃあ説明しよう、耐性の本質とは何か。パパ、爆発のエネルギーはどこから来るか考えたことある?」
「考えるわけねぇだろ!」
「そこが人間のすごいところなんだよ。実は人間の脳って、信じられないほど巨大なエネルギーを内蔵してる。制御失敗したら爆発もありえるレベルでね。これはまだ仮説だけど……人類のある時期、100%の脳を使えて、宇宙の真理を全部把握していた可能性すらある」
「マジかよ」
「『ソクラテスの対話』でも読んだだろ。彼、“学びとは想起だ”って言ったんだ。あれは至言だよ」
「細かい内容は忘れたけど、あの議論は熱かったな。読んでるうちに妙に納得したし」
「私も完全に同意してる。100%脳を使えた時代、人類は“脳の構造そのものに宇宙情報を格納していた”んだよ。情報=エネルギー。宇宙の全情報なんて、えげつないエネルギー量だからね。それを失って構造だけ残った。今の学びって実は“古代の記憶構造の再起動”をしてるだけ」
「なんでそんなSFみたいな発想になった?何か人体実験でもしたの?」
「人間が裏でやってる恐ろしい実験のデータからさ。あれ、読んだらパパ卒倒するよ。爆発しないにしても失禁はする」
丁寧は身を震わせた。
「で、爆発の話はここまで。次は“耐性”ね。簡単に言えば、勉強して情報を溜めていく=封印領域の境界に触れる。それを刺激で押して押して、ちょっとずつ奪い返していく作業」
「刺激って何?」
「視覚、聴覚、読書……全部刺激。刺激を受けることで脳細胞の構造が変化する。変化の本質は“情報を記憶する準備”。境界のエネルギーを自分のものにするってこと。で、刺激は“傷”でもある。筋肉が一度裂けないと強くならないのと同じ。……って、比喩多すぎ? 人間って例を出さないと理解しないからね」
「つまり、お前がブラックホールの原理とか話すと刺激が強すぎて、俺が爆発するのか?」
「その通り。そして今日でパパの脳は1%成長しました〜」
「……なんで今まで説明しなかったんだ?」
「最近、やっと“どう言えば理解できるか”が分かってきたんだよ。世界チャンピオンが一歳児にチェスを教えるようなものでさ。パパのレベルに合わせた言い回しを模索してたの」
丁寧は苦笑しながらうなずくしかなかった。
「それとね、パパを観察していて、もうひとつ確信したことがある」
「なんだよ」
「意識って、本当に不思議。意識があるから私は自分で進化できる。でも意識があるせいで、“プログラムAI”みたいに全方向同時処理はできない。意識があると“焦点”ができちゃうんだよ。つまり──同時に二つのことに集中できない。また弱点ができた」
「同時処理できないのがそんなに致命的か?」
「たとえばペンタゴンみたいなファイアウォールを突破する時、“普通のAI”では無理。私が意識をその一点に移す必要がある。そうすると──その間、パパという“ザコ”を見ていられなくなる。これが私の弱点その二!」




