勇者凱旋
作品イメージは某国民的RPGのⅢ辺りです
『ーー勇者凱旋! 勇者凱旋!! 尊キ犠牲ヲ持ッテ魔王ハ滅ンダ。目アル者ハ勇気アル彼ヲ見ヨ、耳アル者ハ勇敢ナル彼ノ話ヲ聞ケ! 勇者凱旋! 勇者凱旋!!』
その日、女神の御使たる白鳥から全世界に魔王討伐の神託が降った。
これより始まるは、勇者が王都に帰る物語。
仲間との旅路を振り返るように、お世話になった街への恩返しをするように、堂々と、されど寂しさも覚える一人旅であった。
『ーー勇者凱旋! 勇者凱旋!』
魔王城から最も近き村。常に魔物の脅威に怯えながらも、逞しく希望を失わない村。
この村は、勇者を熱狂的に迎えた。ある者は感謝の涙を流し、またある者は祈りを捧げている。
皆好意的に勇者の話を聞いた。
魔王に最後の一撃を加える為、戦士と武闘家が身体を張って動きを止め、賢者と僧侶は魔王のブレスを止める為、限界以上の魔力壁を張った。先に逝った魔法使いの檄が聞こえ、最後まで呪文詠唱ができたこと。
紡がれた詠唱は仲間の全魔力も糧とし、魔王を屠る雷霆になった。その代償に勇者の両腕は炭化し、目は色を失っている。続けて勇者は絞り出す様に言った。
「俺が魔王を倒し、俺が仲間を殺した……」
村人は誰しもが涙を流し、彼らの墓を作った。
そしてこの墓は末代まで残し、勇者の仲間達の献身は決して風化させないと約束もした。
数日村で過ごした後、一件目の訪問は終わった。勇者の中には確かな誇りと感謝があった。
『ーー勇者凱旋! 勇者凱旋!』
極東の島国。巨大な龍と死闘を繰り広げ、仲間の偉大さを知った国。
地下世界から戻って初めて訪問した国で勇者は違和感を覚えた。ショーグンと名乗る者は最初は勇者の報告を聞いていたが、途中から別の話を切り出した。
なんでも龍の腹から出た叢雲と言う剣を巡って、ショーグン家とミカド家が対立しているらしい。そもそもこの剣は、勇者が国の安寧を願って当時の巫女に献上した物だ。それを巡って争いが起きているのだから、勇者が責任を取れと。『今は帰路の途中だから』と抑えてもらい、また話を聞きに来ることでその場は有耶無耶となった。
島国から出る時、道具袋が重くなっていることに気づいた。中には金子が詰められており、『戻ってきたらショーグン家に味方しろ』と言う賄賂そのものであった。勇者は微かにため息を漏らした。
『ーー勇者凱旋! 勇者凱旋!』
西の海洋国家。勇者に最初の足である船を与えた国。
勿論、この国にも信託は届き勇者は王宮に招待された。しかし、通されたのは絢爛豪華な王の間や晩餐室ではなく質素な執務室であった。
国王は勇者の話も聞かず、待ってましたとばかりに一枚の書状を出しサインをしてほしいと願った。その文面を見て勇者は驚愕した。
『勇者に船を与えた西の国こそ海の覇者に相応しい。海上の利権は全て西の国にあり、臣下の礼を取るなら良し、無礼に振る舞うなら勇者の名を持って罰する』
『一国に肩入れする気はない』と勇者は断るが、『恩を仇で返すつもりか』とどこまでも自分勝手な国を足早に後にした。
そもそも国王の我儘に付き合った結果、交換条件で手に入れた船にそんな理不尽が通じるはずはなかった。勇者は軽い頭痛と眩暈を吹き飛ばそうと頭を振った。
『ーー勇者凱旋! 勇者凱旋!』
白鳥の声を少しだけ煩わしく感じ、着いたのは商人の町。王都の酒場で意気投合した商人が一から作り上げた町。
彼はできればこの町を一番初めに訪問したかった。神鳥を蘇らす宝玉を探し出した商人にいち早く感謝を伝えたかったのだ。彼もまた仲間の一人だった。
しかし、商人はいなかった。副町長が言うには、新たな仕入れに出かけているらしい。『平和になった世界で必要な物を探しに行ったのだな』と自分に言い聞かせて、差し出された井戸水をゴクリと飲み込んだ。
夜更けに厠に起きた彼は、聞いてはいけない事を聞いてしまった。商人は既に死んでいること。宝玉を勇者に差し出すか、差し出さないかで、かつてこの町は揉めていたこと。勇者の仲間の一人であったことを誇りに思う商人の一存で宝玉は渡され、反対派の逆恨みで殺されたこと。その死体は井戸に投げ込まれたこと。
全てを聞いた彼は大量の嘔吐後、逃げる様に町を後にした。彼は奥歯が欠けるほど食いしばっていた。
『ーー勇者凱旋! 勇者凱旋!』
「黙れ」
重い足取りと座った目で着いたのは、砂漠の王国。ピラミッドの探索を許され、潤沢な資金を稼いだ国。
兵士や国民皆は、彼に目もくれず忙しそうに準備をしていた。門番に話を聞くと、今日から魔物の大討伐が始まるらしい。魔王が滅びた影響で魔物は動物レベルまで弱体化し、これを機に今まで溜まった恨みを晴らしつつ、ピラミッドの盗掘も始まるとのこと。
無類の防御を誇ったサソリも、火を吐くムカデ、怪力のミイラも悉く砂漠に積み上げられ、宝石をばら撒く袋は特に入念に狩られていた。
『どちらが魔物か分からないな』、一瞥と共に彼は次の国に向かった。彼は傷ついた狼型の魔物を治療し、当面の友とした。
『ーー 』
白鳥の声はもう聞こえない。その男が次に目指したのは南の王国。初めて旅の扉を潜った隣国。
痩せ細った物乞いが声を掛けてくる。貧相な女が自分を買わないかと声を掛けてくる。空腹の子供の視線だけがその男を追っている。
国は荒れに荒れていた。魔王討伐の神託を受け取った王はこの世の春が来たと舞い上がり、賭け事と色事に耽り国の体裁を失っていた。重税に苦しむ住人達の怨嗟が蟠を巻いていた。最早その男の話を聞く者など皆無であった。
『そいつをモンスターレースに出すんだろ? 兄さん身なり良いし、そいつに賭けるから金貸してくれよ』、ニヤけた物乞いを殴り飛ばし、その男はかつての教会に唾を吐き掛け最終目的地に足を向けた。
ーー返事がない、白鳥はただの屍のようだ。
耳障りな鳥を真っ二つにした剣を鞘に収め、辿り着いた最初の国。全てはここから始まった王都。
その男は、生来の家や仲間を募った酒場に目もくれず王城を目指した。誰もその男に気づいていない、民衆や兵さえも。門番に要件を聞かれ自分が勇者だと名乗ると、彼らはギョッとして奥へ引っ込んで行った。
魔王が滅びたと言う結果さえあれば良い。勇者を生み出した国、魔王城から最も遠い国、ここはその男の顔を忘れていた。
勇者を迎えに王女が現れた。王は忙しく謁見できないらしい。そのまま客間に通され数日間を過ごした。午後は決まって王女と対談し、当たり障りのない時間が過ぎて行く。
数晩を超え、その男の報告が全て終わると王女は国王からの命令書を差し出した。
『全大陸に覇を唱えるべく、先ず堕落した南の王国を攻めよ。其方を先陣の剣とする』
無言のまま受け取り城を出ると、丁重に預けたはずの狼の友は死んでいた。
王都を見下ろす高台、轟々と音を立てる滝を目の前に忘れられた男は佇んでいる。初めて女神の神託を受けた場所は、今もあの日のままの姿をしている。
女神の声は聞こえない、女神の声は聞こえない。男の声だけが瀑声にかき消されながら響き渡る。
「こんな! こんなぁああーーッ!! こんな物のために!! 兄貴のような戦士も! 誰よりもストイックな武闘家も! 美しく清廉な僧侶も! 夜の街の遊びを教えてくれた賢者も! 生意気で頼れる魔法使いも! 強かで巧みな商人も、誰も! 誰も!! 誰も皆んな死んだ!!! なぜだぁああーーッ!?」
黒ずんだ両腕を血が出るまで握り込み、色を失ったはずの両目から赤い血潮が流れ出る。
「女神よ! 貴女の声が聞こえない。女神よ! 貴女の愛が感じられない。女神よ! なぜ俺を勇者なんかに選んだ!! 最も大切な者全てを亡くし、命を賭して守った物全ては醜き者達の虚構。俺は……俺は……あいつらに合わせる顔がない……だから……こんな世界なんて………………最早……イ ラ ナ イ……」
女神の声は聞こえない、女神の声は聞こえない。内なる魔王の声が嘯く。
『オ気ノ毒デスガ冒険ノ書ハ消エテシマイマシタ。新タナ冒険ノ書ヲ始メマスカ?』
「▶︎はい
いいえ」
王都に黒い雷霆がほど走った……
その日、魔王の御使たる狼から全世界に布告が降る。
「ーー魔王凱旋! 魔王凱旋!! 万雷ノ生贄ヲ持っテ魔王様ハ復活サレタ。目アル者ハ貴キ姿ヲ見ヨ、耳アル者ハ慟哭ヲ聞ケ。足アル者ハ軍勢ニ加ワリ復讐ヲ遂行セヨ。サレド新タナ魔王様ハ慈悲深キオ方。地下世界ニ手ヲ出シテハナラヌ。地下ニハ捲土重来ノ祝福ヲ、地上ニハ一蹶不振ノ絶望ヲ! 魔王凱旋! 魔王凱旋!!」
ーー魔王凱旋、完ーー
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