夜道
※この作品は、再投稿したものがあります。
再投稿したものは、イラストをつけて情報整理しやすくなっています。
満月が夜道を照らしていた。
「――なあ」
ひめるを送った後、ピオはコウカの帰った方へ引き返していた。
ピオはコウカを睨みにけて言った。
「――お前、――なんも感じないのかよ」
「――なんのことだ」
いつも穏やかなコウカの顔は、月の逆光で暗闇にのまれるようだった。
「――」
「さ、もう暗いし、帰ろうぜ。ピオ」
コウカは再びピオに背を向け、月へ向かうように、帰り道を歩き出した。
「お前は、あいつに対して、何も思わないのかよ!!」
街灯すら眠る静かな夜道。怒りで震えたピオの声は、二人だけの空間に響いた。コウカは、ゆっくり立ち止まった。
ピオは、胸元を抑えながら、荒れた呼吸を整える。視界が揺れる。
ピオは言葉を続けた。
「お前、ーーそれ直せねえんだろ。ーーお前んち、余裕ねえもんな」
コウカの左腕、――空っぽの長い袖が風で揺れた。
コウカは立ち止まったまま、振り返ることはなかった。
二人だけの空間に、沈黙が訪れた。
「――レン、お前のこと好きだったんだぜ」
しばらくして、ピオが言ったその言葉は、冷たい地面に音もなく落ちた。
「――」
「腕も、好きな女も、失って、それでもいいんかってきいてんだよ!!」
揺れる視界、乱れる呼吸、ピオは苦し紛れに叫んだ。
建物の影からモノが顔を出し、二人の様子を見守るように地面に腰を下ろした。
「――ピオ」
モノの耳が、ぴくっと動いた。
コウカは、ゆっくりとピオの方へと振り返った。
「――俺もう、だめかもしんねえわ」
月明かりの逆光で、よく見えなかった。しかし、ピオは、今までにこんなにも、――いまにも泣き出しそうなのに、つくったような笑顔で、弱音を吐いたコウカを見たことがなかった。
それを見たピオは我に帰った。
視界の揺れが、徐々に治まっていく。乱れた呼吸が、調律されていく。
満月が夜道を照らしていた。
「――悪かった」
ピオは俯いて言った。
「はは、らしくねえな」
コウカは笑った。
ピオは、昔のことをふと思い出し、笑った。
「やっぱりお前には、かなわねえな」
昔、ピオとコウカは喧嘩したことがあった。
***
殴った直後、やってしまったことに後悔したピオは、恐る恐るコウカの表情を覗き込んだ。
レンは涙目になり、息を呑んだ。
暗い表情のコウカは、たくましい腕を振り上げ、思い切り、ピオの顔面めがけて振り下ろした。
ーー
「わっ。ーー」
腰を抜かしたピオは、恐る恐る目を開けると、ピオの顔面スレスレで、振り下ろしたコウカの腕はピタリと止まっていた。
「はっはっはっ、俺の勝ちー!」
豪快に笑いながら、コウカは体勢を戻した。レンは、ほっと胸を撫で下ろした。
「ち、ちぇ、何だよ」
「どうだ、ピオ。俺の方が強いんだよ」
コウカは大きな手で、ピオの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「何だよ。やめろよ」
ピオはそう言いながらも、コウカの手を振り払ったりしなかった。いつも通りの二人の様子に、レンは、口元を手で隠しながら、笑っていた。
***
帰り道。
ピオは、一人でそんなことを思い出していた。
冷えた風が頬に当たる。背伸びをして、夜空を見上げた。
「しっかりしなきゃな」
小さくつぶやいた言葉は、澄んだ夜空へ浮かんだ。
遠くの方で、かすかに足音が聞こえた。
ピオは風を切るように走った。
センター、入口前。しかし、確かに見えた人影は、そこにはもうなかった。
耳を澄ましても、聞こえるのは、風の音と、虫の声だけ。
睨むように、辺りを見回した後、ピオは再び家へ向かった。
確かに見えた人影は、トールだった。
店の扉を静かに開け、二階へ向かう。
ピオの部屋。布団に潜ると、目に映った本棚を眺めた。
整理整頓され、ほこり一つない本の数々。「からだ」「さかな」「しょくぶつ」。料理と書かれた雑誌や、漫画、分厚い辞書。どれをとっても、ピオにとって宝物だった。
そのまま目を瞑った。
しばらくして起き上がり、本棚の一番端、――丁寧に折り畳まれた一枚の紙を手に取る。
そして、何かを決断したように顔を上げた。
同時刻。
木々に囲まれた広い敷地。ぽつんと、灯りがついた一軒の家。
鍵のかかっていないドアを開けると、シャワーを使用している音と、そこから歌声が聞こえた。
ドアの開いた音に、トリが迎える。ーー茶色の毛、猫のトリ。
スーツを上着をハンガーにかけると、台所、取り出した林檎をナイフでカットした。
読んでくれてありがとう。
当たり前かもしんないんですが、自分が思い描く情景を文章にすんのむずすぎです。
次話以降は、再投稿された『-花の下にて-』を追ってください。
ここまで見てくれて本当にありがとう。今日のあなたにいいことが起こりますように。