振り払った手は
※この作品は、再投稿したものがあります。
再投稿したものは、イラストをつけて情報整理しやすくなっています。
建物を見上げると、白い首は赤く染まり、動かないアニータがいた。その隣にはトール、ーーお父さんがいた。
研究員は持っていたアニータの髪を捨てるように離し、二人がかりで引きずって建物の中に消えていった。
“――カーンカーン”
再び鐘の音が聞こえると、研究員総勢は建物の中に帰っていく。敷地内は、何もなかったかのように誰一人いなくなった。
ひめるは呆然とし、めまいと震えでしばらく立ち上がることができなかった。やっと立ち上がることができた時にはピオたちの姿はもうなかった。
家には帰りたくなかった。
物置小屋の側、ーーアニータとよく二人で会って話した場所。二人だけの約束をした場所。
あの時の光景を思い出す。と同時に、その首に剣が刺さっていくのが重なる。
「、、すん、、、、ぐすん、、」
研究員の歓声が今でも頭の中で響いて、耳を塞ぐ。悔しい。憎い。
“「お願い!!!」”
後悔。
思い出がフラッシュバックする。手を伸ばさなかった自分に、殺意が湧いてくる。
“「2人の内緒ね。」”
絶望。
頭の中で何度も、歓声と赤く染まったアニータが思い出をかき消す。
まだ、僕は、君に――
“「番号002!これより!処刑を執行する!」”
「こんなところにいましたか」
突然聞こえた声に、顔をあげた。目の前には、心配そうに目線を合わせるトールがいた。
フラッシュバックする光景に、一気に恐怖で襲われる。
「帰りが遅いと思って心配したんですよ」
トールは小刻みに震えるひめるの手を握ろうとした。今日の出来事がまたひめるの頭で繰り返される。この手は、アニータを、殺した手。
ひめるはトールの手を振り払った。
「ーー。これは、失礼しました」
トールは少し驚いた後、表情を曇らせ俯くように目を逸らした。ひめるははっとなり、平常心を取り戻そうとした。
立ち上がったトールは先を歩き始めた。
「さあ、帰りましょう」
振り返って立ち止まり、いつもの優しい笑顔でトールは言った。
その声に、その笑顔に。今日の出来事をまだ信じられなかった。
ひめるも続いて、ゆっくり歩き始めた。
翌日の朝。
眠れなかった。頭痛と吐き気、目の奥に痛みがあった。
“――ガチャ”
トールが玄関のドアを開ける音がした。昨日までなら「いってらっしゃい」を言っていた。
「――」
久しぶりに感じた。幼い頃に喧嘩して以来だった。
昨日の光景が頭から離れない。ひめるは、再び布団に潜り込んだ。
***
“――ガチャ”
あれから2週間が経った。少しだけ気持ちの整理ができてきたひめるは、玄関を開ける音でベッドから飛び起き、窓から、仕事へ向かうトールに声をかけた。トールはこちらを見上げて手を振り、いつものように仕事へ向かった。
なるべく今まで通りを装えるよう努めてきた。しかし、あの日からピオ達にはまだ会っていない。
あの日、――アニータが処刑された日。様子がおかしかったレンとピオ、腕を失ったコウカ。
トールのことも未だ何も解決できていない。
トールのこと。研究所のこと。
なぜ、アニータを殺す必要があったのか。外部に情報を漏らしたからなのか。なぜ、あの時研究員達は歓声を上げたのか。なぜ、トールは働いているのか。――ひめる自身は、働くことができるのか。
しかし、トールにそれを聞けば、またアニータのように情報を漏らしたとして危険になりうる可能性があった。
吹き抜ける風でカーテンが揺れた。ひめるは、部屋の窓から研究所の方を見つめた。
読んでくれてありがとう。
私は本当に覚えていないんですが、思春期の私は父のことを”財布”と言っていたらしいです。殺したい。