9、秋の森
チャック号の両横から黄土色の羽が伸びる。
ケイトは操縦席後部座席から外を見る。
フーシャによると外から見えない窓らしい。
チャック号は真上に機体を浮かす。
ガクンとタイヤを収納させた。
滑走が不要なのかとケイトは驚く。
「スコープ先生、ガーゼさん、ダッシュ君。
よろしく頼むよ」
フーシャがチャック号の左目の窓を開けて言う。
「お気をつけて!」とスコープ医師。
「ベスさんの様子はまたお知らせしますね」
看護師のガーゼが言う。
もう一人の看護師コットンはベスの部屋にいる。
「フーシャさんがいなくとも、チューリップの平和は本官がお守りします!」
ビークル犬の獣人姿の警察官ダッシュが敬礼した。
フーシャは窓を閉めた。
チャック号は上空へ軽やかに飛んで行った。
■■■■■
雲を抜けて、真っ青な空の中をチャック号は飛ぶ。
正面の窓ガラス(外から見るより大きい)に、先頭を飛ぶ寒風と東風が映る。
操縦席の右側にチャックが座る。
チャックはゴーグルを装着しており、フーシャ達と同じ生地の上着を着ている。
右前足を丸い操縦棍に乗せ、繊細に微調整している。
左前足近くには複数のボタンがあり、時々押している。
左側操縦席にはフーシャが座るが、彼は何か書き物をしていて、一切操縦には関与してないらしい。
「貴女の寝室に案内するわ。
到着は夜になるわ。
自由に寛いでね」
ブロワがケイト背後のドアから現れて言った。
チャック号内は、見た目の大きさよりも遥かに広かった。
ブロワは個室に案内してもらった。
身長170センチあるケイトでも充分余るセミダブルベッドが入っている。
「シャワーもトイレも室内にあるから自由に使ってね。
洗濯物はこのリネンボックスに入れてね。
1日1回洗濯と乾燥をするからね。
シーツも、言ってくれたらいつでも取替えるわ」
「ありがとうございます」
ケイトは頭を下げて礼を言う。
ブロワは微笑む。
「食事は1時間後よ。
呼びに来るから、ここで休んでてね」
そう言ってブロワは部屋を出た。
ケイトは興奮しているが、身体は休ませた方が良いと判断し、ヘルメット、ジャケット、ブーツを脱ぎ、ベッドに横になった。
変わらない安定した青空が流れる景色。
ケイトはうつらうつらと揺れに身体を委ねた。
しばらくしてノック音がした。
ケイトはブーツを履き、ジャケットを羽織る。
ブロワと一緒にダイニングルームへ向かう。
4名がけのテーブルが、通路を挟んで左右に1つずつ設置されている。
テーブルがあまり大きくないからか、左側にフーシャとチャックと東風が着席しており、反対側にケイトとブロワの料理が置かれていた。
二人が着席し、皆一斉に食事を始める。
チャックも後ろ足で立ち、机上の皿に盛られた茶色い固形フードの山に顔を突っ込む。
昼食はトマトソースのパスタだった。
削りたてのチーズがたっぷり乗っている。
キャベツと玉ねぎの千切りサラダは、瑞々しい食感と甘みが素晴らしく絶品だった。
ケイトはふと、この場に寒風がいないことに気付く。
交代で見張り等をしているのだろうと判断した。
昼食後、ケイトは談話室へ案内された。
お茶やお酒や食べ物があるので、自由に食べて良いと言われる。
次に談話室に隣接する書斎も教えてもらった。
ケイトの表情はたちまち明るくなる。
自然科学、哲学、古典文学、小説。
あらゆる星の作家のものを仕入れていた。
ケイトが読める宇宙連合共通語や地球共通語もある。
本を数冊手に取る。
ケイトは談話室の一人用ソファーに座り、薔薇の香りがする紅茶を飲みながらページをめくった。
■■■■■
翌日朝。
一同は朝食を済ませ、チャック号を降りる。
昨晩夜に着陸したが、夜明けになるまで待機したのだ。
「夜は闇や影の妖精が活発になりやすい。
下手に動かない方が良いです。
チャック号の中や、寒風達と一緒なら大丈夫ですよ」
フーシャは説明してくれた。
秋の森は、涼しい風が心地良い場所だった。
赤や黄に色付いた葉が舞い、鮮やかな絨毯を作っていた。
木々には熟れた実を沢山なっており、リスや小鳥が楽しそうに食べている。
「こんにちは、カエデさん」
落ち葉の道をサクサク進み、フーシャは目の前の大きなカエデの木に声をかける。
紅葉が一際美しい立派な木だった。
「おや、フーシャさん。
来てくれて嬉しいよ」
カエデの太い幹がぐにゃんと傾く。
腰を落として挨拶したようだ。
「オオブナさんから困り事があると聞きましてね」
「そうなんですよ。
数日前から急に王様が食糧を沢山運べと命令しましてね。
どんどん森の木の実やキノコが採られて大変なんですよ。
このままだと、森の動物達の分が無くなってしまう」
「それは困りましたね。
私達が王様のところへ行って、お話しましょう」
フーシャは言った。
「是非とも頼みますよ。
あと、王都トゥンナムの住民にも言ってやってください。
トゥンナムの住民が急に怠けだして、他の街の住民が仕方なく手伝いに行ってるんです。
森を管理してくれるコスモスの住民も行っちゃうものだから、ますます森が荒れてしまう」
「アンプリファイアには感情の波及効果もあります。
王室で増幅された感情が、王都に影響しているのかもしれません」
ケイトは言った。
「なるほど、分かりました。
まずはトゥンナムに向かいますね」
そう言ってフーシャ達は秋の森を後にする。
チャック号は離陸した。
「フーシャさん」
正面左目窓を寒風がノックする。
車内でも、このまま会話が出来るらしい。
フーシャが「何だい?」と返す。
「俺が先に行って、金風に会ってきます」
「そうかい、頼んだよ」
フーシャが言うと、寒風はビュンッと飛んで行った。
チャック号も後を追うように飛ぶ。
ケイトの席横の窓に東風が見える。
ケイトは話しかけた。
「ねぇ、東風さん。
金風という方も、風の妖精なの?」
「そうだよ。秋の風の妖精。
トゥンナムの大学で勉強してるんだ」
「勉強?」
「トゥンナムは、フェイス一の学問都市だよ。
そんな街が怠け者になってるんだ。
きっと大変なことだと思うよ。
あと」
東風はジッとケイトを見る。
「僕達のこと、さん付けしなくて良いから。
何だか、くすぐったい」
「分かったわ」
ケイトはニコリと微笑んだ。
ついでにケイトは少し意地悪な質問をしてみた。
「寒風に私達の傍にいろと言われたの?」
東風はピクンと眉を動かす。
耳が赤くなった。
「そうだよ。
僕が近くにいると暖かいからね。
それに、僕は春の風だから、冬の風の寒風の近くに長くいると力が弱まってしまうんだ。
だから余計に寒風は僕と一緒に居てくれない」
「それは淋しいわね」
ケイトがそう言うと、東風の顔は更に赤くなる。
「で、でも寒風と約束してるから良いんだ!
寒風が空から皆を見守る代わりに、僕が皆の近くにいて守るんだからね!」
東風はヒュンっとチャック号の真上は行く。
花の香りに包まれながら、ケイトは空の旅を楽しんだ。