6、チャック号
ケイトは部屋に戻り、シャワーを浴びた。
申し分無い湯量と温度とシャワー圧に、身体のだるさが一気に流れ落ちるようだった。
「用意しているものは全てフェイス製ですが、地球の人間が使用しても問題ない原材料のものを選んでいます。何か特定の成分について過敏なものはありますか?」とブロワから言われている。
ケイトは自分の体質を把握しているので問題無いと返答していた。
躊躇いなくシャンプーやボディソープを使う。
そもそもフェイス製のものは、どれも自然由来の原料で、人体や環境への負担も少ないと言われている。
しかも、妖精の力なのか防腐剤といった科学添加物も必要とせず品質が保たれるのだ。
宇宙連合加盟星達は、フェイスと物流を築きたいと願っているが、フェイスがほとんど宇宙交流をしない為にフェイス製は大変貴重なものとなっていた。
ケイトはふんわりしたバスローブを身に着け、バスタオルを頭に巻く。
洗面所に用意されていた化粧水や美容液を手に取る。
1つ1つケイトにも分かる言葉で効果説明のメモを貼ってくれていた。
カミソリや爪やすりもあり、ケイトの身だしなみは不便なく整えられることが出来た。
クローゼットを開くと、この星に来るまでに着ていた服がクリーニングされた状態で吊るされていた。
そこにもメモに「穴や傷部分は補修しました」と書かれている。
ケイトはブロワ達の心遣いに感謝を超えて感動した。
ケイトとベスは、宇宙連合用の身分証を身に着けている。
しかしそれは逆利き手の手首裏に特殊印刷されているもので、専用機器でスキャンしないとデータが表示されない仕組みなのだ。
彼等がケイト達の名前を知ることが出来なかったのは、身分確認が出来なかったか、術を知らないかだ。
にも関わらず、手厚く保護してくれた。
見返りを求めない親切さ。
妖精の力が資源を無限にするからこそ、取り合う必要がなく、惜しむことなく与えることが出来る。
取引と交渉と契約で、ギリギリ友好を維持している宇宙連合とは、相容れないのも当然だ。
ケイトはパリッとアイロン済のシャツに袖を通す。
靴下とスラックスを履き、シャツの裾をスラックスに入れる。
髪をしっかり乾かし、編み込みしながら1つにまとめる。
それをヘルメットのローブ部分に入れる。
スラックスの裾をブーツに入れ込みながら履く。
最後にジャケットを羽織り、ベルトを上から締める。
姿鏡で全身を見る。
ケイトが身に着けるものは、全てロイズモット製だ。
青色のヘルメットは軽くて柔らかく通気性に優れつつも、防護力はしっかりある。
後ろの縁に髪の毛を入れる袋状のローブがついており、ケイトの腰まである髪は縄を畳むように包まれる。
ブーツはゴム製だが、街中で歩いても違和感が無いシンプルでエレガントなデザインだ。
そしてジャケットが最も特徴的だった。
スラックスと同じ濃灰色でボタンではなくジッパーで閉まる。
両側に縦に蛍光イエローの帯が、前後とも裾まで入っている。
このヘルメットとイエロー帯の入ったジャケットが、ロイズモットが正式に認めたアンプリファイア専門の電気主任技術者の証だ。
ケイトの誇りでもある。
ベルトにつけるポーチの中身を確認する。
マネーカードは無事だが、フェイスでは使えないだろう。
小型ライトを点灯すると、前よりも明るくなっている。
「修理しました」とメモが貼ってあった。
全ての身支度が済んだ頃にノック音がした。
ブロワが様子を見に現れた。
ブロワはカーキ色のツナギ姿だった。
帽子から束ねられた栗毛色の髪が背中半分まで出ている。
帽子には黄色いレンズのゴーグルを重ねていた。
「気分はどうかしら?
もうすぐ出発の準備が完了するわ」
「ありがとうございます。
でもどこに向かうのですか?」
ケイトの問いに、ブロワがピンと反応する。
「あら、そう言えばどこなのかしら?」
悪気無くとぼける様子は妖精の星ならではだろうなとケイトは思った。
「まぁ、いいわ。
ねぇ貴女はお化粧はなさる?
私は全然しないの。
だからガーゼさん達に色々用意してもらったわ」
ブロワは机にポーチを置き、筆や口紅を取り出した。
「貴女の肌にはどれが良いかしら?
選んでくれる?」
ケイトは目を輝かせた。
ケイトは化粧が好きだし、服と同様の感覚だった。
化粧せずに人前に出るのは正直気が滅入るものだった。
避難船に道具を持ち込めなかったので、半ば諦めていた。
ケイトは幾つか色を試してみる。
好みの明るめのベージュのフェイスパウダーをつける。
元々毛量が多いダークブラウンの眉をブラシとペンシルで形を整え、液状コーティングで仕上げる。
アイラインを細筆で少し太めに、目尻を上げて引く。
コーラルのチークをサッと頬に払い、マットなオレンジリップをぼかす程度に塗る。
どれも使いやすく、色付きも良いのでケイトは驚いた。
ケイトがパパッと化粧していく様子をブロワは興味深く眺めていた。
「綺麗ね。
もちろんさっきまでの貴女もとても素敵だけど、まるでアクセサリーで飾ったように輝きが増したわ」
ケイトは微笑む。
普段はもっとしっかり化粧するが、今は最低限しか出来ないので、ここで留めている。
それでも気分が良いのは確かだった。
「さぁ、車庫に行きましょう。
貴女達が乗っていた船の破片もあるの。
フーシャが聞きたいことがあると言っていたわ」
そう言ってブロワはケイトを連れて部屋を出た。
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二人は玄関を出て、左手の車庫に行く。
シャッターは全開になっていた。
中の車は大型バス位の大きさだった。
柴犬の顔がデザインされたフロント部分。
先端は丸く尖っており茶色い鼻とヒゲも描かれている。
黒目部分が窓になっている。
上部に三角の耳もついている。
「チャック号よ。
フーシャがデザインしたの。
こう見えて、空水陸走行可能よ」
「フーシャさんは船の設計士なんですか?」
「いいえ。ジャンルは絞らない発明家よ。
彼は構想は練るけど、実際に材料を用意して作るのは私。
私は物作りが得意だし大好きだけど、こんな素敵な発想は無いわ。
だから、私は彼と結婚を決めたの。
彼の豊かな想像を創造したいと思ったの」
ブロワは目を輝かせる。
そしてケイトを見る。
「私達、随分年の差があるように見えるでしょ。
まぁ人間に比べたら、私もかなり年上だけど。
彼にとって私は、3回目の結婚相手なの。
一人目と二人目との間に子や孫はいるけど、私達は子どもを設ける予定はないの」
ブロワはフフッと微笑んだ。