5、アンプリファイア
「感情増幅器。通称、アンプリファイア。
地球のロイズモット王国で発明されたエネルギー発生器です。
生命体の感情を拾い、増幅させエネルギーに変えます。
無限にエネルギーを生み出すことが可能で、設備も小さくて済むアンプリファイアは、地球の宇宙発展に大きく貢献しました」
ケイトは一旦話すのを止め、コーヒーをすする。
フーシャ、ブロワ、東風、そしてチャックも椅子に登り聞いている。
「しかしアンプリファイアには問題点があります。
人々が平和や幸福を願えば、アンプリファイアはその感情を増幅させ、社会は安泰します。
しかし負の感情に作用すると、僅かな負の心を増幅させ、人間の行動を悪しき方向へ進めてしまいます。
アンプリファイアに感情を増幅された者は、自身で精神を律することが難しくなります。
よって、アンプリファイアは専門技術者が厳重に管理していました。
にも関わらず、アンプリファイアが3つも盗まれてしまったのです」
ケイトは机の上に置いた拳を強く握り締める。
「私はアンプリファイア専門の電気主任技術者として、木星にアンプリファイアを設置する計画に携わっていました。
ここに来る2日前に、木星で管理していたアンプリファイアが盗まれ、私は逃亡した犯人を追いかけました。
アンプリファイアを盗んだのは、私の部下で現場チームの副責任者だったエドという男です。
エドもこの星に来ています」
「そのエドという男は、何故フェイスに来たのでしょうか?」
フーシャが尋ねる。
「分かりません。
ただ、フェイスは宇宙連合非加盟の星。
警察も簡単に入星できません。
逃亡先として最適だったのでしょう。
もしもエドがフェイスでアンプリファイアを悪用したら、皆様への被害も甚大です。
アンプリファイアを速やかに見つけ出し、回収しないと。
作動中のアンプリファイアを止められるのは、専門電気主任技術者だけなのです」
「なるほど。
それで貴女はフェイスにやって来た。
しかし、エドにとっては貴女は邪魔者。
だから船を攻撃されたのですね」
フーシャが言った。
「この数日の間に、大きな事件は起きていませんか?
アンプリファイアの悪用方法は、他者に犯罪を実行させることです。
誰しもが当たり前に持つ負の感情を利用する、極めて卑劣な行為です」
「どうかしら?
フェイスはのんびりした星だから。
犯罪が起きても騒ぎもしないしね。
エドは本当にアンプリファイアを使うのかしら?」
ブロワが言う。
「アンプリファイアは勝手に近くの生命体の感情を拾い増幅させてしまうのです。
主任技術者ではないエドに管理する力はありません。
ですので、いずれ影響が出てくるでしょう」
ケイトの声に緊張が走る。
「でも、幸せな気持ちだったら大丈夫なんじゃない?
フェイスに住む皆は優しいから、悪い感情で周りに迷惑かけることなんかなさそうだけど」
東風がクッキーを齧りながら言った。
「いや、ケイトさん……、失礼ケイト主任の話を聞いて思ったんだ。
闇の妖精にアンプリファイアが渡れば危ない。
彼らは、生命体の心の闇を好む。
負の感情の増幅は、彼らにとって嬉しいことだろう」
「闇の妖精?」
ケイトは先日のことを思い出す。
自分達の前に現れた宙に浮く少女。
エドと共に行動してるかもしれない。
彼女が闇の妖精だとしたら。
ケイトは少女のことを話した。
見た目の特徴を伝えると、フーシャ達は眉間に皺を寄せた。
「その妖精は影の妖精ヒカゲかもしれない。
影の妖精もまた、精神の陰りを好みます。
だとすれば、ことは急を要する。
すぐにそのアンプリファイアを探しに行きましょう」
フーシャが言った。
「チャック、チャック号の用意をしてくれ。
ブロワはケイト主任の手伝いを。
東風は風の便りで、どこかで妙な事が起きていないか情報を集めてくれ」
「分かったわ。
ケイト主任、先に荷物をまとめてから伺いますわ」
「じゃあ僕、寒風にも言ってくるね」
ケイトがピクッと反応した。
寒風も妖精なのだろうか。
「私はスコープ先生に館とベスさんのことを頼んで来るよ。
ケイト主任、貴女はまだ無理は禁物です。
お部屋に戻って休んでいてください」
ブロワ達が席を離れる。
ケイトはフーシャに礼を言ってダイニングルームを出た。
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身体は少し重いが、ケイトは外の空気を吸いたくなった。
階段に向かう前に、玄関へ行きドアを開けた。
カラッとした空気に、陽の光が優しく降り注ぐ。
柔らかい緑の芝を踏む。
白と黄色の小花が星のように散りばめられている。
正面玄関の左手に灰色の大きな箱型の建物があった。
コンクリートが剥き出しの壁にトタン屋根。
赤レンガ造りの大風車の館とは随分趣が異なる。
大きな銀色のシャッターが前についてあり、下から3分の1だけ開いている。
そこからエンジン音が聞こえてくる。
フーシャが言っていたチャック号が中にあるのだろうと推測した。
ケイトは車庫と反対の玄関から右手へ進む。
館の角を曲がると、大風車の羽の横側が見えた。
観覧車よりも早い速度で風車は回っている。
風がケイトの顔周りの髪の毛を揺らす。
「あ」
上空から東風が飛んてきた。
クインと体勢を変えて、ケイトの目の前に到着した。
足元は常に10センチ程浮いている。
ふんわりしたシャツの裾が上下している。
「ケイト主任、部屋に戻らなくて良いの?」
「ええ。もうすぐ戻るわ。
あの、少し聞いて良いかしら?」
「どうぞ」
東風はニコッと微笑む。
「私とベスをここまで運んでくれたのは、あなたなの?」
東風はキョトンとした顔をする。
そしてすぐに笑い出す。
「違うよ。
主任達を連れて来たのは寒風だよ」
「寒風?」
「冬の風の妖精なんだ。
彼が近くにいると、周りに冷たい風が集まってしまうからって、普段は上空にいるんだ。
気にしなくて良いよって、僕は言ってるんだけど……」
東風は空を見上げる。
その眼差しに、ケイトは特別なものを直感した。
「でもそのおかげで、主任達にいち早く気付けたんだよね」
「会って、お礼を言いたいわ」
「多分後で来ると思うよ。
貴女が目覚めて、チャック号で出掛けることも伝えてあるから」
東風は視線を戻す。
ほんのり頬が赤くなっている。
「そう、分かったわ。ありがとう。
では少し休ませてもらうわね」
ケイトはそう言って館内へ戻った。