4、食卓
室内は暖かく、甘くて瑞々しい香りに包まれていた。
ケイトは深呼吸して、緊張を解す。
「分かりました。
でもその前に、ベスの姿を見せてください」
「そうですね。
東風、ご婦人を運んであげなさい」
「はい、フーシャさん」
東風と呼ばれた美人は、右手をフッと挙げた。
すると、ケイトの身体がベッドから浮いた。
「東風は春の風の妖精です。
安心して身を任せてください。
館に貴女方が来る時もこうやって運ばれて来たのですよ」
ケイトは東風を見る。
東風は優しく微笑んだ。
華奢な肩周りに絹のような髪の毛先が触れる。
首には薄っすら喉仏が見える。
ケイトは納得した。
妖精
不思議な力を持つ不老不死の存在と聞いたことがある。
この美しさは妖精ならではのものなのだろう。
そして妖精には生殖能力が無い為、いわゆる性別というものも基本的に無い。
身体が浮いた状態は、お湯の入ったクッションに乗っているようだ。
しかし、ケイトがあの時感じたものはこれとは違う。
それに、瞳の色も。
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三人は部屋を出て、隣の部屋に向かう。
フーシャがドアをノックすると、看護師が返答した。
「傷の回復にはまだ少し時間がかかりますね」
入ってきた者達にスコープ医師は言った。
「ベス!」
ケイトは足を床に置き、ベスの眠るベッドへ行く。
ベスの頭には包帯が巻かれている。
頬にも大きなガーゼが当てられていた。
ケイトはベスの手を取る。
両腕も包帯だらけだ。
「彼女はベスと言うのですね。
全身を強く打ち、外傷もあちこちありました。
しかし一命は取り留めています。
傷さえ塞げば、後遺症も残らず回復するでしょう」
スコープ医師はケイトに説明した。
「ベスと私を助けてくださりありがとうございます」
ケイトは深々と頭を下げた。
「当然のことをしたまでですよ」
スコープ医師は朗らかに言い、看護師と共に部屋を出た。
入れ違いでヒトの姿をした女性が入ってきた。
質素なワンピースとエプロン姿で、豊かな栗毛色の髪をふんわりとまとめ上げている。
「妻のブロワです」
フーシャが言った。
ブロワはニコッと微笑む。
丸い頬が愛らしい印象の女性だ。
皴深い老人の妻としては、随分若そうに見えた。
「食事の用意が出来たわ。
スコープ先生達は控室で召し上がってもらうけど、貴方達はどうする?」
「ご婦人も一緒にいかがですか?
食事をしながら、話を聴かせてもらえませんか?」
フーシャの提案にケイトは応じた。
「貴女が休んでいる部屋に、服を用意してます。
お手洗いも部屋についてますので、支度なさってから降りましょう。
私がお手伝いしますわ」
ケイトはブロワに甘えることにし、彼女と一緒に部屋に戻った。
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簡易的に一束にされていた濃こげ茶の長い髪を解き、きちんとブラシをかけ、束ね直す。
ブロワから借りた服は、シルク製の水色のワンピースだ。
滑らかで着心地良く、上品なデザインだった。
ブロワと一緒に階段を降りる時、踊り場の窓から見えるものに気が付いた。
大きな風車の羽の影が、規則的に窓を上下している。
「この館の電力は、あの大風車で賄われているのよ」
ブロワが言った。
1階の食堂に行くと、フーシャと東風が料理を並べていた。
ドアの傍で餌を食べている、やや小型の犬がいる。
黄土色の毛並みはふわふわしている。
「柴犬の妖精のチャックよ。
フーシャに昔から飼われているの」
ブロワが言った。
チャックはいつもと違う存在に気付き顔を上げる。
一声鳴くとすぐに食事に戻った。
「さぁ、ご婦人。
こちらへどうぞ」
フーシャがケイトをダイニングテーブルへ案内する。
椅子を引き、ケイトを座らせる。
定員10人程のテーブルに、4人が端に固まって座る。
テーブルに置かれていたのは、人数分のホワイトシチューとパンだった。
香ばしい香りにケイトの口元は綻ぶ。
シチューの具はキノコ類と豆だった。
久しぶりの食事にケイトは手が止まらなかった。
身体の中が満たされていくようだった。
ブロワが食後のコーヒーとクッキーを出した。
ケイトは湯気立つコーヒーをすすり、一息つく。
「さて、ご婦人。
そろそろ聴いてもよろしいですか?」
フーシャがマグカップの取手に指をかけながら言った。
ケイトは無我夢中で食べたことを少し恥じる。
咳払いをして、姿勢を正す。
「自己紹介が遅れましたことをお詫び申し上げます。
私はケイト。
地球系列郡出身の人間です。
感情増幅器専門の電気主任技術者です。
もう一人の女性は、私と同じ出身で、私の護衛兼パイロットのベス。
私達は盗まれた感情増幅器、アンプリファイアを追って、この星にやって来ました。
しかし盗んだ犯人の船に攻撃されてしまいました」
「感情増幅器?」
「アンプリファイア?」
フーシャ達は首を傾げる。
ケイトの表情は険しくなっていった。




