3、大風車の館 ☆
ケイトは包まれていた。
誰かの胸元に頬を寄せていた。
鼓動が伝わっていくる。
ひんやりしているのに温かい。
誰かの腕が、自分の背中と膝裏をしっかりと支えている。
自分の身体の重みをあまり感じない。
まるで浮いているようだ。
肌に当たる空気と揺れが心地良かった。
ケイトは少しだけ瞼を開き、またすぐに閉じた。
■■■■■
レースカーテン越しに朝日が差し込む。
ベッドに眠るケイトは瞼を動かす。
「う……ん……?」
優しい明るさの室内が広がる。
木目の天井と梁と、白い壁紙。
暖かい空気に花のような甘い香りが漂う。
フッと、人の姿が入り込んだ。
ケイトは驚いて目を見開く。
首を動かして、自分を覗き込む人を見る。
イエローゴールドの髪がサラサラ流れている。
桃色の頬と唇。
くりんと凹んだ眼窩には、アクアマリンのような瞳とそれを囲む透き通るような白目がある。
絹のような睫毛が瞬きと共に揺れる。
大きな目と、小振りで細い鼻筋。
妖しさと幼さが入り混じる雰囲気。
絵画でしか見ることのないような美しさだった。
「目が覚めたんだね」
ケイトはドキリとした。
その愛らしい口元から出たものは、男性と判断せざるをえない声色だったからだ。
「スコープ先生とフーシャさんを呼ばなきゃ」
美人はケイトから離れる。
ケイトはまだ重い身体を動かし、上体を起こす。
桃色のふんわりした服は、肩が出ている。
膝が見え隠れする丈のズボンにショートブーツを合わせている。
その足元は、床についていなかった。
浮いてる……?
ケイトは驚いたが、まだ声を出す余力がなかった。
美人は浮いたまま、木製のドアから部屋を出た。
ケイトはようやく辺りを見回した。
天井の中央に、薄オレンジ色の照明が吊られている。
白い壁の所々に、木目調の棚や机が置かれている。
机の上に、チューリップの花束が花瓶に活けられている。
床は天井やドアと同じ色合いの木目柄だ。
中央に白いラグが敷かれている。
ケイトがいるベッドの上にあるのは、清潔そうな真っ白なシーツと軽くて暖かい布団だった
寝間着も下着も肌触りの良い水色の生地だった。
全てこの星のものだろう。
「私、助かったの……?」
ケイトは呟いた。
■■■■■
扉が開き、ケイトの身体はビクンと動いた。
入ってきたのは、トラ猫の獣人だったからだ。
白衣姿で、医師だと容易に想像がつく。
続いて入ったのはゴリラの獣人二人で、白いパンツタイプの看護服を着ていた。
宙に浮いた美人と、もう一人老人も入室した。
ケイトは黙ったまま呼吸を整える。
ここは、地球ではない。
妖精の星フェイス。
ここに住む者達は自分と見た目も異なる妖精達なのだ。
「顔色は良さそうね」
トラ猫獣人がベッド傍の簡易椅子に座る。
「驚くのも無理はないわね。
ここは妖精の星フェイス。
私達は半妖精。見た目も様々。
でも性別は大体男女に分かれているし、人間と生活スタイルはあまり変わらないわ。
すぐに慣れるわ。
貴女を診察したいから、少し触っても良いかしら?」
ケイトは素直に頷く。
トラ猫の医師が手の平で彼女の頬を包む。
肉球が弾むようだ。
下瞼をずらしたり、舌を見たりした後、医師はカルテにササッと書き込む。
「もう大丈夫そうね。
一般食に戻して、身体も少しずつ動かしていきましょう。
お話も長時間でなければ可能よ」
医師が老人に話している間に、ゴリラの看護師がテキパキとケイトの体温と血圧を測る。
「スコープ先生、ありがとうございます」
老人はトラ猫の医師にお辞儀をする。
「では、私達は隣の患者さんの様子を診てくるわね」
スコープ医師と看護師二人は部屋を出る。
老人と宙に浮いた美人が残り、ケイトの方を見る。
その時ケイトはあることに気が付いた。
「ベスは?!」
ケイトはベッドから降りようとした。
しかし、身体のバランスが取れず、よろけてしまった。
「危ない!」
宙に浮いた美人がケイトを支えた。
フワリと花の香りがする。
触れた肌は滑らかで暖かい。
「ご婦人、落ち着いてください。
貴女と一緒にいた女性も無事ですよ。
まだ目を覚ましておりませんが」
老人が言う。
そして、先程医師が座っていた椅子に座る。
「まずはお互い状況を確認しましょう。
ここは春の国のチューリップという街です。
貴女は大風車の館にいます。
私は館の主人のフーシャと申します。
貴女は4日前にここにやって来ました。
墜落しそうになった小型飛行船に貴女ともう一人の女性が乗っていました。
貴女と女性は救出され、ここにやって来ました。
先程貴女を診察したスコープ先生は、宇宙連合医師会に所属しているので、貴女達が人間であることにすぐ気付き、適切な処置をしてもらうことが出来ました」
ケイトは老人の目をじっと見つめながら聴いた。
彫りが深く、目は奥の方に潜んでいる。
眼差しは穏やかで誠実さを物語っていた。
嘘はついていないだろうとケイトは信じることにした。
「差支えなければ、貴女達がどこから、何の目的でフェイスに来たのか教えてもらえませんか?」
「はい、分かりました」
ケイトはフーっと息を吐いた。
挿絵は知様作の東風です。知様、ありがとうございました!