26、候補者達
洞窟内部に戻り、炎風が二人をスルスルと降ろしていく。
ケイトはジェンガに話しかけた。
「ジェンガさんが環境保護を訴え、大統領を目指す理由が分かりましたわ。
自分達の行いで消える命があることは辛いですもの。
とても大切だと思います」
「ありがとうございます。ですが、ご心配なく。
環境が変わると、必ず妖精が消えるという訳ではありませんから。
それに一時的に消すだけで、機が来れば、気まぐれに現れるとも言われています。
でないと半妖精がここまで文明を発展させることは不可能ですから。
あくまでも原因の一つです。
根本的な理由は、心身への負荷だそうです。
妖精は自由にあるがままに生きることを望みます。
それが叶わない事態が起こると姿を消すのです……」
ジェンガは思い詰めた様な表情を覗かせた。
「ジェンガさん?」
「あ、いえ。今日は貴重な情報をありがとうございます。
メンバーに協力し、警戒態勢を強化します」
3人がタープテント前に戻ると、ウォーミィが慌てた様子で出てきた。
「ジェンガさん! ロト本部から連絡が来てます」
「分かった、すぐ行く」
「忙しいところ悪かったな。
俺達は寒風達と合流して帰るぜ。選挙頑張れよ」
炎風とケイトは洞窟を出た。寒風と東風の姿はまだない。
「全く、何チンタラしてるんだよ」
炎風は腕を組み、指をトントン動かす。
「炎風がジェンガさんを応援するのは、角岩への弔いなの?」
ケイトは尋ねる。
「まぁな。
角岩が消えて、ジェンガとウボンゴは環境保護活動に本格的に取り組むようになった。
大統領選挙に挑むとは思わなかったけど。
でも俺は半妖精の生活を制限してまで環境保護を優先する考えはねぇぜ。
ロトには『半妖精が邪魔だ』って主張する過激な連中もいるけど、ジェンガ達はそことも話し合う努力をしている」
炎風の答えを聞いていると、彼への印象が更に変わっていくような気がした。
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遡って、ケイト達がウボンゴと話をしている頃。
寒風と東風は山周辺にモノカゲがいないか探していた。
ジェンガから借りた光銃は、半妖精達が闇や影の妖精を警戒する時に使用するものだ。
太陽光に近い強い光を発し、モノカゲを退治出来る。
岩の隙間や、シダ植物の茂みの付け根。
次々に見ていくが、モノカゲは見当たらない。
「ヒカゲは、ジェンガさん達を狙っていないのかな?
一番優しそうな雰囲気の人だし。
悪い感情なんか無さそうだもんね」
東風が言う。
「そうだと言いんだけど。洞窟の中も見に行こう」
寒風の提案で、二人は山の下部側面にある通気口から洞窟に入った。
二人が並んで飛ぶには幅が狭かった。
「東風、後ろに回ってくれ」
寒風は少しだけ首を動かして言う。
すぐ傍に東風がぴったりいるからだ。
「やーだよ」
そう言うと東風は寒風の身体に横から抱きついた。
「何やってるんだよ? 飛びにくいよ」
「だって、久しぶりだもん。
寒風とこんなに近くに一緒にいられるの。
夏の国に来て良かった!」
ひんやりした風に包まれた寒風の身体に熱が通っていることを、東風は実感する。
「東風も大きくなったな。
声も、前はもっと幼くて高かった」
寒風は彼の背中をポンポンと触れながら言った。
「僕も寒風みたいな、立派な妖精になりたかったから」
「もう充分頼れる、立派な妖精だよ」
寒風の言葉に、東風は顔を上げ、目を潤ませる。
「ありがとう……。寒風、大好き」
「俺も好きだよ。さぁ、離れて。
俺が見落したモノカゲがいないか見てくれ」
東風はニコニコ笑いながら、腕を解き、後方に回った。
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探索を終えた寒風と東風は、洞窟前で待つ炎風とケイトと合流した。
「遅いぞ!」炎風は言う。
「結構広範囲を探したんだ。モノカゲは見つからなかった」
寒風が返す。
「ウボンゴが既に闇の妖精対策をしていたからな。
警戒強化もするって言ってたし、ここはもう大丈夫だろ。
次はウノ候補のところに行くか」
炎風はケイトをフワリと浮かせ、4人は出発した。
「近辺にモノカゲはいませんでした。
ジェンガ候補達がアンプリファイアにやられている様子もなかったのですか?」
寒風は飛びながらケイトに尋ねる。
「ええ。アンプリファイアの気配は感じられませんでした」
ケイトは答える。
「じゃあ、やっぱりジェンガさん達はヒカゲ達に狙われていないんじゃない?
元々炎風がいたし、ヒカゲもわざわざ選ばないでしょ」
と東風が言うと、炎風はフフンと鼻を鳴らした。
「まぁな。
俺がいればモノカゲなんざ、一瞬で黒焦げにしてやるよ」
炎風はとても嬉しそうだった。
ケイトはジェンガとウボンゴとの会話を思い出していた。
何か引っ掛かるような気もするのだが、他の候補の様子を見る方が優先だろうと考えた。
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イビスコ都市部に戻った一同は、ウノ候補の臨時貸切拠点になってる緑地公園に到着した。
ここは普段は都市部住民の憩い場となっているが、今はウノカラーの赤と緑のテントと旗で鮮やかに彩られていた。
屋台が並び、あちこちから良い匂いがしている。
ウノ応援団が観光客に料理を振る舞っていた。
「わー、楽しそう! 金風がいたら大喜びしそうだね」
「てか、どっかで食ってるんじゃねーか?」
東風と炎風が言った。
一同は歩いて公園中央のウノ候補のテントに向かう。
にょきにょきと背の高いテントの前に、シマウマの獣人が立っていた。
「ウノ候補の旦那だ」
炎風がケイト達にサッと紹介する。
「よう、ウノ候補に会いたいんだけど」
炎風が軽い態度で声をかける。
「やぁ、炎風。
ようやく君もウチに票を入れる気になったのかい?」
ウノの夫は赤と緑のツートンカラーのシャツを着ている。
白黒の縞模様と合わさって、少しチカチカしている。
「ちげーよ。影の妖精について情報がある。
警備担当者も一緒に話を聞いてほしい」
ウノの夫の表情が変わる。
すぐにケイト達をテントの中に招いてくれた。
「警備は夫に任せているから、夫に説明して!」
テントの中でウノ候補は、長い首を背中ごと丸めて机に向かってペンを走らせている。
「急いで! でも丁寧に! 心を込めて!
国外にも手紙とクッキーを贈るのよ!
特にトゥンナムよ!
あいつらのおかげで、売上は上がったけど、選挙アピールは大幅に遅れているわ!
一気に借りを返させなさい!」
一緒に作業している者達が「はいっ」と叫んでいた。
ウノの夫は苦笑いしながら、テントを出て、隣の標準サイズの方に案内した。
打ち合わせ用テーブルに座り、ケイトは手短に話す。
「影の妖精が目的を持ってモノカゲを操っている。
確かに警戒はすべきですが、日中は問題ないでしょう。
こんなに明るく賑やかですから。
日が傾く頃に、警備を強化しますね」
ウノの夫はそう言い終えた後、しばし黙った。
「あの、ケイト主任。
この話はもう他の候補者達も知っていますか?」
「はい。先にジェンガ候補のところへ行きましたので。
オセロ候補はこの後説明します」
彼の問いにケイトは答える。
「そうですか。
では、オセロ候補には、アンプリファイアのことは伏せてもらえませんか?」
「どうしてですか?」
「オセロ候補は手段を選ばない男だ。
アンプリファイアのことを知れば、警戒どころか利用しようと考えるかもしれない」
「アンプリファイアは一度に多くの人の感情を動かすことは出来ますが、行動を操れるものではありません。
例えば、オセロ候補のことを好きにさせたところで、全員が投票という行動を取るとは限りません」
「そう、ですか。
でも嫌いになれば投票は絶対しませんよね?」
シマウマの彼の黒い瞳が、危なげに光るのを見て、ケイトは丁重に挨拶し、席を立った。
炎風達も続けてテントを出た。
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「次はオセロ候補いやオセロ現大統領だな。
冷房君がいれば、すぐ会えるだろう」
炎風は公園を出て指差す。
その先には空を突き刺すように伸びる高層建築物があった。
円形の窓がビッシリと建物を覆い、光に反射して、鮮やかに色を変えている。
「オセロタワー。大統領の執務室兼住居だ」
都市部のどこにいても、背景に入るタワー。
星が変わっても、権力者のすることはあまり変わらないのだろうと、ケイトは思った。




