25、妖精の秘密
ケイト達が降り立ったのは、イビスコ山間部だった。
切り立った山の壁に大きな洞窟がある。
「普段はアクティビティが楽しめるグランピングエリアだ。
今はジェンガ候補の貸し切りになってる。
ジェンガは俺の友達の一人だ。
だから、俺もジェンガチームで選挙活動を手伝ってた」
と、炎風が説明した。
洞窟の中は天井が高く、暖色照明の光で照らされていた。
中央にテラス付の大きなログハウスがある。
洗練されたデザインで、ホテル並の快適な仕様に見える。
その奥には小さなログハウスが幾つかある。
どれも凝ったデザインだった。
タープテントとのぼり旗が洞窟内に設置されている。
全てグレーとベージュで統一されている。
印字されたロゴは「ロト」や「ジェンガ」と書かれているのだろう。
「ジェンガ、いるか?」
炎風が中央ログハウス前のタープテントに呼びかける。
数名が椅子に座っていた。
その中からジェンガが立ち上がる。
「やぁ炎風。用事は済んだのかい?」
「いや、まだだ」
「そうか、仕方ないね。
君があのTシャツを着て、国中飛び回ってくれたら、僕の当選は確実なのに」
奥にいた二人が着ているTシャツをアピールする。
グレーとベージュのジェンガカラーだった。
ケイトは彼らの姿がトカゲ風であることに静かに驚いた。
哺乳類以外の半妖精も存在するらしい。
爬虫類だとどうしても怪物のように見えてしまう。
「この俺が今以上に服を着る訳ないだろ」
「確かにそうだ。
ではお連れの皆さんは、記念にいかがですか?
ハンカチーフもございます」
「俺は大丈夫です」と寒風。
「僕もいらない」と東風。
「結構ですわ」とケイト。
全員に断られても、彼は穏やかに微笑んでいた。
「それより、ジェンガ。
影の妖精について情報がある。俺達は警告しに来たんだ」
炎風は本題を切り出す。
「影の妖精?」ジェンガの眉間に皺が寄る。
「詳しくはこのケイトさんから聞いてくれ」
「ウチの警備責任者とも共有した方が良い。
こっちに来てくれ」
ジェンガは奥へ行こうと案内する。
「ウォーミィ、ヒート。僕はちょっと離れるよ。
ハンカチーフの配送作業、頼んだよ」
「分かりました」
後頭部にトサカがある方からは高い女性の声がした。
「演説以降、注文が増えてやりがいありますよ」
ウロコが滑らかな方は、快活な青年の声だった。
二人共、体型は人間の若々しい男女のものだった。
「僕と東風は、モノカゲがいないか調べてくるよ」と寒風。
「お願いします。光銃も使ってください」
ジェンガは言う。
「行こう、東風」
「うん!」
二人はスッと浮き上がり、洞窟を出て行った。
「お二人は奥へ。
警備責任者のところへ行きましょう」
■■■■■
ジェンガと炎風とケイトは、奥の通路を進む。
「炎風、ちょっと教えてくれるかしら?」
「何だ、ケイトさん?」
「半妖精の方々は様々な見た目をしているわ。
どのような見た目をしている、とお聞きするのは失礼なことかしら?」
炎風は赤く太い眉尻をクイッと上げる。
聞いていたジェンガが振り向く。
「貴女は、フェイス以外の星から来られたのですか?」
「はい。地球から参りました。
ジェンガさんは人間の姿をした半妖精だと、私は思っています。
でも、テントにいたお二人が何の半妖精か分からなくて……」
「地球は人間が支配していると聞いたことがあります。
ここの住民の見た目に驚くのは無理ないでしょう。
ウォーミィ、女性の方はイグアナ。
男性のヒートは、カナヘビですよ。
わざわざ皆聞くことはないです。
でもその人を説明をする時に困ることがありますから、予め何と言えば良いか聞いておくことはありますよ」
ジェンガの説明にケイトは頷いた。
「妖精か半妖精かを誤ることは時々ありますね。
炎風のように、姿を変えられると分からないこともある。
彼は常に浮いているから誰でも分かりますが。
彼なんかは逆に妖精に間違えられやすい」
ジェンガは岩壁が迫った場所に到着し、そこに触れた。
すると岩壁の表面がボコッと膨らんだ。
膨らんだ一部が伸びてそれは腕の形を作る。
「よいしょっと!」
岩壁から人の形が飛び出てきた。
「よう、炎風。
ご婦人を連れてくるとは珍しいな」
ジェンガカラーのタンクトップとサファリパンツを身に着けた大男だった。
身長は2メートル越えそうだ。
黒灰色の岩石を関節ごとに繋いだような身体と頭部。
顔の部分は、粘土の切れ目が数本動いているようだ。
目の位置に当たる2つの切れ込みの奥がキラリと光る。
「紹介するよ。
大統領選ロト代表チームの警備責任者のウボンゴだ。
私の婚約者でもある」
二人の表情が一瞬緩む。
「彼は礫岩の半妖精だ。
植物や地質の半妖精は珍しく、世代交代回数も少ない。
妖精の力も他の半妖精に比べると強い傾向だ。
彼も半妖精3代目に当たる」
「3代目とは?」とケイトが尋ねる。
「妖精が半妖精になれば初代。その子どもが2代。
ウボンゴは祖母が元・岩の妖精なのさ。
大昔は誰が何代目かを気にする時代があったらしい。
今は全く無いけどね。
そんなギスギスした考えはフェイスに合わない」
ジェンガがウボンゴの方を見る。
穏やかさは変わらないが、眼差しがほんのり違うとケイトは感じた。
「自己紹介はそれくらいだ。
時間はあまりかけない方が良い」
炎風が言った。
腕を組み、指をトントン動かしている。
「ああ、ごめんよ。
ウボンゴ、二人が影の妖精の情報を持ってきた。
一緒に聞いてほしい」
「分かった。上で作業しながらでも良いかい?
鉱脈の途中が詰まったらしく冷房が一部壊れてる」
「それは大変だ。
炎風、私とケイトさんを風で運んでくれ」
「はいよ」
ケイトとジェンガは風の座席シートに乗って洞窟天井に向かって昇る。
岩壁をウボンゴがガシガシと豪快に素早く登っていく。
天井近くでウボンゴが岩壁の表面を撫で始めた。
ウボンゴは「どうぞ」とケイトに話すよう促した。
ケイトはアンプリファイアとヒカゲの件を話した。
ジェンガとウボンゴが真剣な様子で聞いていた。
「先日まで、ヒラソルが慌ただしい様子でした。
選挙と食糧の大量注文が被ったからです。
トゥンナムでそんなことがあったからだったんですね」
ジェンガは言った。
「影や闇の妖精には常々気を付けているが、そのように具体的に動く奴がいるのは珍しい。
油断しないようにしないとな。
目的があって動くなら、予測を立てて警備出来る。
知らせてくれてありがとうよ、ケイト主任」
岩壁に貼り付いていたウボンゴが、顔をこちらに向ける。
切れ込みの角度から、微笑んでいるのが分かる。
「ついでに角岩の墓まで運んでくれないか?」
ジェンガは炎風に言った。
「おう、良いぜ。俺も挨拶しとくか。
ケイトさんも付き合ってくれ」
炎風は二人を連れて更に奥へ進む。
ウボンゴは留まって作業するとのことだった。
天井の空気口を通って3人は洞窟を出た。
深い緑が茂る山の斜面だった。
アクアマリンの水平線が日を浴びて輝いている。
きらめく海面にいくつかの島や岩が影を作り、複雑な光と色を演出していた。
手前は岩壁が入り組んでおり、不規則な波が地層を撫でる。点々と生えている大きな葉がアクセサリーのように岩壁を飾っている。
「三角の形をした小さい岩が浮いているでしょう。
あれが角岩の墓です。
彼が消えた場所を、我々が墓と言っているのです。
あの三角の岩や周辺の離島が、私とウボンゴの故郷であるロトの一部です。
角岩はウボンゴの祖母と親友でした。
我々も彼に沢山のことを教わりました」
ジェンガは海の方を指差しながら言った。
「もっと沖の方まで行くか?」炎風が尋ねる。
「このままで良いよ。すぐ戻らないといけないしね」
ジェンガは返答した。
「角岩は、岩の妖精だ。
でも、ある日突然消えた。死んだんだ」
炎風がケイトの方を見て言った。
「理由は多分、環境の変化だと思う。
角岩が消える少し前から、この海で新しいホテル開発が始まっていた」
ケイトはジェンガの演説を思い出す。
「とても悲しいことだったのでしょうね」ケイトは言う。
「俺が夏の国に来たばかりの頃、角岩には世話になった。
妖精達との生活は、色々勝手がまた違う。
角岩は、俺がここの妖精達と馴染めるように気を配ってくれたんだ」
ケイトは炎風を見る。
彼はじっと墓の方を見ていた。
その横顔に、いつもの明るさはなかった。
「俺はここに来て正解だった。
力も使い方も上達して、苦労なく暮らしてる。
妖精が環境の変化に弱いのは、自分に合う環境じゃなきゃ力が充分に出せないからだ。
寒風も本当は冬の国で暮らした方が良いんだ」
3人の足元を寒風と東風が飛んで行く様子が見えた。
「あいつも頑固だから、意地になって春の国から離れねぇ。
でもそんなことを続けてたら、負荷に耐えられなくなる。
あいつは、本当はもっと強い妖精なんだ。
暗晦を封じられるんだからな」
炎風は呟くように言った。
最後の方は本当に微かに聞き取れる程度だった。




