22、イビスコ都市部
朝食後、各自身支度を済ませ、タープテントに集合する。
チャックが運転するミニチャックカーに、フーシャ、ブロワ、ケイトが乗る。
東風、炎風、金風、寒風が、ミニチャックカーに並走して飛んでいく。
「全員揃うなんて珍しいな!
金風はお勉強で来ないと思ったぜ」
炎風が言った。
彼は東風のすぐ隣を飛んでいる。
金風と寒風はチャックカーを挟んだ位置で並んで飛ぶ。
「大統領選挙を間近で見られる機会は滅多にないからね。
アンプリファイア調査にもなりそうだし」
金風は言った。
彼は小脇に銀色のノートパソコンを抱えている。
「炎風はあまり寒風と金風に近付かないでね。
二人共、暑さに強くないんだから」
東風が言った。
炎風が壁になり、寒風が見えにくいのが不満そうだった。
「バーカ、東風。
ここは夏の国だ。
俺は力のコントロールをしてるぜ。
フーシャさん達は過剰に暑がってなかっただろ?
あいつらがへばっているのは、イビスコが暑いから。
それだけさ」
「分かってるよ」東風はプイッと顔を背けた。
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海上道路出入口との合流地点辺りから車道が混み始めた。
「随分と車が多いわね」ブロワが言う。
「夏の国の春はバカンスに最適な季節だ。
バカンス客と選挙見物客が被ったんだろう。
海港が使えないのも大きい」
フーシャさんは助手席で顎髭を掴みながら言った。
「そういえばケイト主任。
先程スコープ先生から連絡がありましてね。
ベスさんが目覚められたそうです」
「本当ですか?!」
ケイトは後部座席で思わず声を出す。
「ええ。
体調は問題ないのですが、混乱してるらしいです。
宇宙連合支部と一緒に対応していくと、スコープ先生は言ってました。
後で、映像付きメッセージを送りましょう。
ベスさんは貴女の身を案じているようです」
「連絡なら、今すぐ取りたいです。
出来ますか?」
「向こうのタイミングがあります。
先生の指示通りにやりましょう。
ベスさんのことがヒカゲ達に知られるのは防ぐべきです」
フーシャは落ち着いた口調で返した。
ケイトも仕方なく黙った。
無事に目覚めたなら良かったが、ケイトが近くにいない状態は彼女にとってひどくストレスだろう。
無事だと聞かされても、異世界の者の言葉を信じて良いか判断に迷うはずだ。
ベスが治療を受けている姿を見ることが出来たから、ケイトはフーシャ達を信用することが出来た。
それが出来ないベスと、応対するスコープ医師達。
双方難儀している状況であることは予想がつく。
しかし、それをあの時は気付けなかった。
配慮の足りない自分の行動をケイトは悔やんだ。
「フーシャさん、都市部までずっと車道は混んでるッスよ。
これじゃあ演説に間に合わねぇ」
炎風が助手席の窓外から話しかけた。
チャック号同様、何ら問題なく外と会話が出来るようだ。
「仕方無い。
主任だけでも風に乗せて、先に君達だけで行きなさい。
主任、良いですね?」
フーシャの言葉にケイトは頷く。
「そんな遠慮はいらねえッスよ。
全員まとめて運びます」
炎風が言った途端、ミニチャックカーがガクンと動く。
他の車が蛇の鱗のように並んでいる様が窓から見える。
「都市部の駐車場で、空いているところは……?」
炎風は右手を上に掲げている。
その手の上に、ミニチャックカーが浮いていた。
着地状態と変わらない程に車体が安定している。
それでいて、熱風が巻き起こっている訳ではない。
力の安定ぶりを見せつけられていると、寒風は感じた。
「おっ! あそこ空いてそうだな」
炎風は狙いを定めると、腕をいっぱいに横に反った。
そして全身をひねるように腕を振り、車体を真っ直ぐ維持したままミニチャックカーを投げた。
「ギャー!!!」
車内から叫び声が聞こえたが、すぐに遠くなった。
「何やってんだ?!」寒風が叫ぶ。
「これが一番速いからな。
さっ、俺達も追い掛けるぞ。
寒風、お前は冷房係だ。
着いたらちゃんと皆の近くにいろよ」
炎風はニヤッと笑った。
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ミニチャックカーは見事に都市部の空き駐車場の1つにぴったり着地した。
炎風に投げ飛ばされる直前に、チャックがブレーキをかけたので、問題なく駐車出来た。
車体はともかく、車内の皆はグッタリしていた。
「ケ、ケイト主任、大丈夫……?」
ブロワが背もたれに全身をくっつけた状態で言った。
「だ、大丈夫です。
ちゃんとシートベルト着けといて良かったですね……」
「炎風には、後で言っておきます。
アイツは、手加減を知らない……」
フーシャも息をゼーゼー吐きながら言った。
チャックも無言でハンドルに全身を任せていた。
イビスコ都市部は、高層ビルが建ち並ぶ大都市だった。
大通りに出ると、高級そうな店のウィンドウが華麗に彩っている。
行き交う半妖精の多くが、艶やかな軽装でサングラスをかけている。
大半が、コーヒーの紙コップか、タピオカドリンクか、フルーツアイスバーを片手に持っていた。
「演説は中央広場で特設会場を作ってやるんスよ。
少し離れたショッピングモールのテラスなら、そんなに混んでなくて全体も見渡しやすいぜ。
館内にパブリックスクリーンも出るし」
炎風がテキパキと説明する。
彼が選挙に協力しているというのは事実なのだろう。
「ショッピングモール、良いわね!
服とか買いましょうよ。
冬の国にも行くんだし」
ブロワが目をキラキラさせる。
金風が「席を取っとく」とスーッと飛んで行った。
「でも私、宇宙連合共通のマネーカードしか持ってなくて。
フェイスじゃ使えないですよね?」
ケイトが言う。
そもそもこの星に貨幣制度があるのか疑わしい。
何度かフーシャ達が物資を仕入れる様子を見たが、金銭的やり取りをしてる姿を見たことがない。
「心配しないで!
私もフーシャも寒風も、サンクスポイントが結構溜まっているから!」
ブロワはニコッと笑う。
「サンクスポイント?」
「夏の国特有のシステムです。
何かをしたお礼に、サンクスポイントがもらえます。
そのポイントを使って、物資の調達やサービスを利用するのです。
私とブロワは、以前バカンスでイビスコのホテルに長期滞在しましてね。
その時にちょこちょこ設備の修理なんかをしてたので、ポイントをもらっているのですよ」
「寒風もなの?」
「寒風は冬の国で暗晦を封印した功績でね。
暗晦の存在は他国にとっても脅威でしたから、当時の夏の国の大統領が贈呈したのですよ」
フーシャが説明した。
「ねっ!
だから支払いとか気にしなくて良いから。
たーくさん、買い物しましょう!」
ブロワはケイトの手を取りながら言った。
「じゃあ俺は演説の準備手伝ってくるからよ。
また後でな。
東風、お前も来るか?」
炎風がフワッと皆の頭を越えた位置で言った。
「行かない」東風はパシッと断った。
その程度では凹まないのだろう、炎風はあっさり去って行った。
「寒風、僕達も場所取りしに先に行こうよ」
東風が寒風のコートの裾を摘んだ。
「僕は主任達と一緒にいるよ。
着たばかりで暑さに慣れてないだろうし」
東風はグッと言葉を飲み込んだ。
代わりに「じゃあ僕もそうする」と言った。




