21、朝食
寒風と炎風はようやくケイト達の前まで降りてきた。
その頃に合わせてフーシャとブロワも出てきた。
「ケイト主任、その格好じゃ暑いでしょう。
冷却スプレーがまだ残ってたから使いますか?
服の上から使えるわよ。
汗で衣服が汚れるのも防げるし」
ブロワは水色のボトルをケイトに渡した。
フーシャとブロワはツナギ姿だが、暑がっていない。
ケイトも試しに肩辺りにかけると、ヒンヤリと気持ち良かった。
遠慮なく全身にまんべんなくかけさせてもらう。
「炎風、久しぶりだね。
元気にしてたかい?」
フーシャが目を細めて言った。
「おう、フーシャさん。
おかげさんで、毎日充実してるぜ!
今は大統領選挙にちっとばかり協力してるんだ」
炎風は寒風の肩を掴まえたまま話す。
寒風は離れたくて仕方なさそうだ。
「ところで、俺に頼みがあるって聞いたんスけど」
「ああ、実はね……」
フーシャは今までの過程を一通り炎風に説明した。
その間に寒風は炎風から離れ、ブロワとチャックと一緒にタープテントを張る。
テントの布地はチャック号と同じ黄土色と白で、先端に耳と目鼻があしらわれていた。
タープテントの下に組立式テーブルと椅子を並べる。
テーブルの長辺に3席、短編に1席。
合計8人がけだ。
設置後ブロワは、フーシャ達に座るよう促した。
「……と言う訳で、冬の国へ行く為に海を渡るから君にも同行してほしいんだ」
炎風は宙に浮いたまま胡座をかいて、話を聞いていた。
「まぁ、もちろんそれは良いですけど。
ケイトさん、本当にエドって奴はアンプリファイアを夏の国で使うのかよ?」
「ケイト主任だ! 炎風」
寒風が野外コンロの設置をしながら言った。
「うるせぇ。この人は、俺の上司じゃねぇだろ。
で、どうなんだよ、ケイトさん。
アンプリファイアにやられている奴はいそうなのか?」
ナイロンのように硬くハリがある布地の椅子に腰掛け、ケイトはギュッと考える。
「まだ分かりません。
人が多い場所に行けば、影響を受けた者を見つけられるかもしれません」
「じゃあ、都市部に行こうぜ。
午後から大統領最終候補の御三方が演説をするんだ。
無駄に騒ぐ連中もいるから、狙われやすいだろうな」
炎風が言った。
「ねぇ、ここ1週間位で、いつもと違う様子は起きてる?」
バケツ並に大きなコップでゴクゴクと氷入りアイスティーを飲みながら、金風は炎風に尋ねた。
「さぁな。大統領選挙ピーク時だ。
いやでもあちこち興奮してるからな」
「アンプリファイアは僅かな感情を増幅させることに長けています。
選挙で興奮した大衆の感情には反応しないでしょう。
むしろ、逆。
今回なら些細な落胆などの感情の方に作用しやすいかと思います」
ケイトは言った。
炎風はその言葉を聞いて、太い眉を捻らせた。
眉毛も鮮やかな朱色をしている。
「朝食と買い出しをしたら、チャックカーで都市部に行きましょう」
フーシャが言い終える頃に、ブロワがサッと料理を並べていった。
昨日作ったというサツマイモのパンと、皮を剥いて切った洋梨と柿だった。
金風の前に置かれた皿だけ、パンと果物の数が他の3倍位あった。
「炎風も食べるでしょ?」
ブロワが言うと、炎風はニカッと笑って「もちろん戴きます」と返し、フーシャの横に座った。
寒風はゴミ捨ての為に、場から離れようとしている。
それを見た炎風はすかさず声をかける。
「そんなもん、食ってから行けよ」
「僕は遠慮しとくよ」
「相変わらず悲劇のヒーローぶりやがって……。
ブロワさん、戴きます」
炎風は一旦両手を合わせてから、食べ始めた。
その仕草を見たケイトは少し微笑んだ。
寒風は木製のゴミ箱を持ってキャンプスペースを出た。
残りの皆は席につき、食事を始めた。
タープテントの日陰が身体を大分楽にする。
冷却スプレーの効果も絶大だった。
「ごめん、寝坊しちゃった!」
東風がチャック号から飛び出した。
「東風、先に食べてるよ」
フーシャが声をかける。
東風は申し訳無さそうに、空いた席に座る。
ブロワの隣、金風の向かいだった。
自分の向かい側に座る炎風の手が止まったことに、ケイトは気付く。
彼は東風の方をジッと見ている。
その視線は何を意図しているのか、ケイトは勘付いた。
「ブロワさん、ごめんなさーい。
後片付けはちゃんとやるからね」
「フフフ、気にしないで。
しっかり眠れて良かったわね」
「昨日パン作りに力入り過ぎちゃったからかなぁ……。
て、あれ? 炎風がいる?!」
「気付くの遅」金風はボソッと言った。
「よう、東風。元気にしてたか?」
炎風は机に肘をつき、余裕ある風を見せる。
「寒風は?!
夏の国なんだから、遠くにいなくて良いのに!」
炎風の目が見開く瞬間をケイトは見てしまった。
「東風、寒風は今ゴミ捨てに行ってくれているんだよ」
東風の斜め向かいに座るフーシャが言った。
※長辺に東風・ブロワ・ケイト。向かい長辺に金風・フーシャ・炎風。東風・金風側短辺にチャックが座っている。
「折角、夏の国に来たのに!
早く寒風戻って来ないかなぁ?」
皆、ハハハと小さく笑いながら食事を続けた。
東風も気持ちを切り替えてパンを齧り始めた。
炎風はまだ固まっているが、触れない方が良いだろう。
寒風が戻ってきたら厄介そうだと、ケイトは思った。
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各自食事を終えると次の支度を始めた。
東風が「お皿はカゴに入れといて。後で食洗機に運ぶから」と言っていた。
金風は「空調、変えときますよ」と言って、チャック号へ調査をしに戻った。
フーシャとチャックはミニチャックカーの準備をする為、チャック号の裏手に回る。
ケイトとブロワがカゴに食器を入れていると、寒風が戻って来た。
場には炎風と東風も残っていた。
「遅いよ! 寒風!」東風が言う。
「ついでに買い出しもしてきたんだ。
ブロワさん、これダイニングルームに運んでおきますね」
寒風は持ち手付きの大きな籐カゴを前に出した。
ブロワが中を見る。
「食材と、冷却スプレーと日焼け防止クリームね。
助かるわ!
それに、見て! 主任!」
ブロワが茶色いデザインの缶を取り出す。
絵柄を見てケイトもすぐに分かった。
「ココナッツミルクよ!
今晩使いましょう」
「ありがとう、寒風」ケイトは言った。
「昨日、金風が教えてくれたので……」
寒風は視線を横に向けていた。
寒風がチャック号へ入って行った。
ブロワとケイトは、テーブルやミニキッチンを掃除する。
「東風、俺が運んでやるぜ」
炎風がそう言って汚れた食器類が入ったスチールカゴを浮かせる。
「大丈夫だよ。僕一人で運べる。
いい加減、僕を子ども扱いしないでよ」
東風はカゴを自分の方へ寄越し、チャック号に向かう。
「空調が切り替わるまで、中に入らないでね。
寒風は暑さに弱いんだから」
と、言ってから扉をピシャリと閉めた。
ケイトは背後で先程とは違う熱さを感じたが、振り返ってはいけないと、入念にテーブルや椅子を拭いた。




