2、妖精の星
ケイトは宇宙移動船の窓から外を覗く。
沢山の小さな星達が散りばめられた漆黒の空間で、輝く群青色の球体が浮かんでいる。
内側から発光しているような輝きに加えて、ツルンとした表面に光が反射しているようだ。
宝石のように煌めく星の姿にケイトは溜息を漏らす。
「これが、宇宙で最も美しいと呼ばれている、妖精の星フェイス」
緊急事態でなければ、もっと穏やかに鑑賞することが出来たのに、と彼女は思った。
「ケイト様! 間もなく突入モードに入ります」
護衛兼パイロットのベスが操縦席から振り返る。
後方座席にいたケイトは眉をひそめる。
「ケイト主任です。間違えないように」
「はい、すみません」ベスは即座に謝った。
ケイトは座席のシートベルトを装着する。
窓の景色は高速で流れ始める。
機体が小刻みに揺れる。
しばらくすると揺れがおさまった。
ケイトが再び窓から外を見る。
白い雲が絨毯のように拡がっている。
時折見える隙間から、水と陸があるのが分かる。
「主任、無事にフェイスへ突入出来ました。
着陸地点であるサクラに向かいます。
サクラは春の国の首都で、宇宙連合支部がある都市です」
ベスが報告する。
「着陸準備は完了しているのかしら?
宇宙連合から連絡は来てるの?」
「確認します。
パイロボット、新規メッセージは届いてる?」
ベスは隣に座るロボットに声かける。
この船専用のパイロットAIロボットだ。
操縦と運行管理は、ほとんどパイロボットが行っている。
「メッセージは、届い、ててててててててて」
パイロボットが意味不明な機械音声を出し始めた。
目の部分にあたる2つのレンズが不規則に光り出す。
「どうしたの?」
異変を感じたケイトが言った。
「分かりません。
急にパイロボットが……。
手動操縦に切り替えます」
ベスがスイッチを押した途端、警告音が機内に響き渡る。
「何者かの射程圏内に入ってる?!
パイロボットが表示させてなかったの?!
……あっ!」
ベスの声に、ケイトも正面を見る。
フロントガラスの向こうに確かにいた。
黒い鳥のような形の機体。
自分達が追いかけていたものだ。
「エド!」
ケイトが叫んだのも束の間、機体が大きく揺れた。
ケイトは衝撃で背もたれに押し付けられる。
警告音の数が増え、音量が更に大きくなった。
「ケイト様! 脱出します!」
ベスがやって来て、ケイトのシートベルトを外す。
「避難船に移動しましょう!
もうこの船はダメです」
ガタガタする機内を、ベスの誘導で四つん這いで進む。
避難船入口のハッチをベスが開け、ケイトが先に入る。
「お座りになれましたか?
次に私が参りま……グッ?!」
ベスが倒れるように避難船に入った。
「ベス?!」
入口にパイロボットが立っていた。
レンズの眼は怪しく光っている。
右手にスパナを持っていた。
「ひっ?!」
ケイトは慌ててボタンを押し、避難船の扉を閉める。
扉の向こうで金属で打ち叩く音が聞こえる。
「発車させてください……」
後頭部を殴られたベスが床を這いながら言う。
「あなたがまだ着席出来てないわ!」
「このままでは、パイロボットにドアを開けられます!
早くボタンを!」
ベスの声に圧倒され、ケイトはボタンを押した。
ギュンっと身体に圧がかかる。
ベスは隣の席にしがみついていた。
二人を乗せた小型避難船は宇宙移動船から離れ落下する。
「自動操縦でパラシュートが開き、安全に着陸出来るようになっています。
着陸後、救難信号を出します」
ケイトは頷いた。
手を伸ばし、ベスの着席を手伝おうとした。
彼女の首筋に血が垂れていた。
ガクン!
再び衝撃が機体を襲った。
警告音が鳴り響く。
不意を突かれたケイトは頭を強く打ってしまった。
「ううう……」
朦朧とするケイトの視界に、それは映る。
青白い空間に浮かぶ、人間の少女のような姿。
裾が2つに分かれた黒いテールコートを纏い、タイトなミニスカートから白い脚が伸びている。
顎のラインで切り揃えられた黒髪が揺れている。
少女は妖しげに微笑み、飛んでいく。
その先に、エドの黒い船があった。
機体が猛スピードで落ちているのが全身に伝わってきた。
「キャアアア!!」
恐怖から逃れたくて、ケイトは悲鳴をあげる。
ベスは隣の座席にいない。
焦げた臭いと煙が漂ってくる。
ケイトは死を覚悟し、瞼を閉じる。
グワンッ!
機体が急に止まるような動きがあった。
身体を突き刺すような感覚が落ち着く。
ケイトは目をゆっくり開けた。
フロントガラスは焦げついて黒くなっており、外の様子が見えなかった。
しかし焦げたガラスの隙間から、何かがこちらを覗きこんでいた。
それは煌めく群青色の瞳だった。
まるで妖精の星のようだとケイトは思った。