15、エドの目的
ケイトは寒風の風で運んでもらい、ラボ棟に到着した。
東風の時よりも安定しており、ケイトも慣れたので、酔わずに辿り着くことが出来た。
ただ少し冷えたので、チャック号に戻ったら、しっかり身体を温めなくてはと思った。
金風が手を振っていた。
二人は窓から廊下に降り立った。
金風は少し見ない間にすっかり痩せたようだ。
服のサイズがピッタリになっている。
細身ではなく、ふっくらした頬と体型を維持している。
「調べてたら止まらなくなっちゃって。
休館中だったけど、頼み込んであちこちの図書館や資料館を回ったんだ」
笑いながら言う彼の足元は浮いていた。
「アンプリファイアを盗んだエドという男。
かなり興味深いね」
3人は4号室に入る。
中は金風がかなり整理していた。
床にシートを敷き、様々なものをメモを添えながら並べている。
「ケイト主任、これを見てくれる?」
金風がフッと手を上げると、フワリとシートに置かれていた部品が1つに浮かび上がり、3人のところにやってきた。
表面は灰色で、紐状の切れ端だった。
両先に細い針金のようなものが数本見える。
「これはもしかしてアンプリファイア専用ケーブル?
でも私、実物を見たことがないの。
触っていいかしら?」
ケイトは言った。
金風は「どうぞ」と返す。
ケイトはそっとケーブルらしきものを持つ。
切れ端の断面を慎重に見て触る。
針金に指先が触れるとパチンと鳴った。
「感情に反応してる。
エネルギー運搬用ケーブルにも似てるけど違う。
これはやはり、ケーブルの試作品てこと?」
「多分ね。
過去に潰えたと言われるアンプリファイアと生命体を繋ぐケーブル。
あと、これも見てほしい」
金風は別の部品を浮かして運ぶ。
同じく灰色で、小さな正方形をしている。
よく見ると、こちらにも針金がついている。
「これはアンプリファイア専用コネクターだわ。
10年以上前に使われていたもの。
感情をエネルギー化した分を運搬用ケーブルで蓄電池に送っていたのです。
今は無線で蓄電池にエネルギーが溜まるように改良されています」
2つの部品がフワリとケイトの手から離れる。
「ねぇ、ケイト主任。
ここに残っていたのは、アンプリファイアに接続出来るコネクターと、アンプリファイアと生命体を繋ぐケーブルの破片だけで、もう1つの部品は見つからなかったんだ」
金風はコネクター、ケーブルと並べて浮かせる。
そして、ケーブルの隣空いた側をクルクル指差す。
「生命体に接続する側のコネクター。
歴史資料で形状の特徴とかを調べてから、室内を探してもやはり見つからない。
エドは慌てて僕らから逃げた。
でも生命体側コネクターだけは持ち運んだ。
て、考えられない?」
「エドは生命体側コネクターを持っている?」
ケイトの顔が青ざめていく。
「ずっと気になっていたんです。
どうしてエドはアンプリファイアを盗んだのか。
もしかしてエドは……」
「バンクオカ一族の末裔」
金風は静かに言った。
ケイトは右指付け根辺りを噛む。
「それしか考えられません。
彼はここで、現在型のアンプリファイアを改良し、ケーブルで生命体と繋げられるように試みた。
潰えたケーブル技術を復興する為に」
「バンクオカ一族って?」寒風が尋ねる。
「ケーブル技術を発明した一族だよ。
でも廃止することが決まって、一族も技術も潰えたと言われている」
金風が説明した。
「その潰えた技術を、エドは復興させようとしてるのか。
何の為に?」
「ロイズモット王国への復讐でしょう。
廃止が決定した際、バンクオカ一族は当然反発しました。
それに対し、ロイズモット一族は武力行使したのです」
ケイトは苦々しい顔をした。
「彼の出身まで深く把握しておりませんでした。
堅実な電気工事士だったとしか。
彼を見抜けなかった私のミスです」
ケイトは噛んでいた右手でヘルメットごと頭を抱える。
「ここまでデカい野望を持って行動してるんだ。
むしろバレる方が難しいようにしてるよ」
金風は軽やかに言う。
そして優しい眼差しでケイトを見る。
「逃げたエドが次にすることって何かな?
そもそも何で秋の国で、ケーブルも使わず現行のアンプリファイアを発動させたんだろ?」
ケイトは顔を上げる。
その表情は厳しいままだ。
「エドは慎重な技術者です。
きちんと段階を踏んで取り組みます。
まずはアンプリファイアがフェイスで有効か実験した。
次は、ケーブルの試運転をどこかでするはずです。
盗んだアンプリファイアは3つ。
内2つはサブ用の小型。
もう1つの大型は最後に、真の目的の為に使うでしょう」
「またどこかで事件が起きるかもしれないってことですね。
フーシャさんに伝えて情報収集しよう!」
寒風が言った。
ケイトは頷いた。
まだ固い表情は続いている。
■■■■■
3人は1階までエレベーターで降りた。
すれ違った利用者がブルッと身震いした。
「管理人室に鍵を返してくるよ」
金風がスーッと飛んで行く。
ケイトは色濃い日差しに気付く。
日が傾き、夕日が荘厳な黒い王宮の背後で輝く。
「美しい夕日ね……」
ケイトは呟く。
身体を西に向ける。肩の力が抜けるようだ。
夕日を浴びるケイトの背中に、黒い影が出来る。
長く伸びる影は、更にどんどん伸びていく。
やがて、その影からトプンと頭が出てきた。
「ケイト主任! 伏せて!」
寒風の指示と同時に冷たい風がビュンッとケイトの頭上を過ぎる。
咄嗟にケイトは頭を下げる。
過ぎた後もヒリヒリした空気が漂う。
寒風がケイトの後ろに回る。
ケイトが振り向くと、宙に浮くテールコートを着た少女が、離れた場所にいた。
墜落時に見た少女と同じだとケイトは気付く。
「ふーん、生きてたんだぁ。
寒風と手を組んだとはね」
白い額を指でトントン叩きながら、少女は微笑む。
薄紫色の瞳。
目の周りは黒と紫色で彩られている。
唇は青紫だ。
頬の血色は良く、愛らしい美しさもあった。
「やはりお前が主任達を襲ったんだな、ヒカゲ」
寒風は言った。
「邪魔者は早めに消したいって、エドが言ってたし。
だから、さっさと始末しようと思ったけど、やーめた。
もっと楽しい形でやろーっと」
ヒカゲはニヤニヤしながら言う。
「エドはどこにいるんだ?
アンプリファイアを返すんだ!」
「そんなの今言ったらつまんないじゃん。
感情をエネルギーに変えるんだよ。
とことん、複雑で濃厚な感情を使いたいじゃん。
フフフ、楽しみだなぁ〜」
寒風は腕を振り、ヒカゲに風を当てる。
しかし、ヒカゲはユラリとかわした。
後ろのラボ棟の窓ガラスがビリビリ鳴る。
「ケイト主任、好きなだけ、僕達を探すと良いよ。
貴女の焦る気持ちも、アンプリファイアや僕らの美味しいご馳走になりそうだ」
ヒカゲはそう言って、近くの木の影に沈むように消えた。
「寒風!」金風が飛んで来た。
「今のヒカゲじゃないか!
アンプリファイアとヒカゲなんて、最悪な組み合わせじゃん!
早く残りのアンプリファイアを見つけないと!」
寒風はじっと木の影を見る。
「ああ、そうだな。
フーシャさん達の所に早く戻ろう」