14、王子の想い
タレスは学習専用の王宮にケイト達を案内した。
途中でタレスは改めてケイトに尋ねる。
「どうして、王子が絵を描いているとお気付きになられたのですか?」
「先程の部屋の勉強机に、画集や絵画史、デッサン教科書がありました。
その本は全く汚れていなかったのです。
本棚の本は、ひどく汚れてたのに。
感情を操られても、それだけは守りたいもの。
王子が心から大切にしているのだと思いました。
また、本棚は何の本なのか私には読めませんでしたが、絵画の本は宇宙共通語だったので分かりました。
つまり、国王陛下に気付かれにくい本をわざと選んで読んでいたのでしょう」
「素晴らしい観察眼ですね」
タレスは感嘆した。
「アンプリファイア専門の技術者は、エネルギー源となる生命体の心理や感情に関する心得も必要なのです」
ケイトは当たり前のように言った。
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一同は、王子に読ませる為の本が揃った書物庫に入る。
壁一部に棚は無く、掛け時計が掛けられている。
その部分だけ、カラフルで鮮やかなブロックが組み合わっていた。
タレスは掛け時計の縁に手を伸ばす。
カチッとスイッチを押す音が小さく響いた。
すると、時計と隣の壁がスーッと動いた。
ブロックが細かく移動し、入口が出来た。
「ほぉ、見事ですな。仕掛け細工ですか」
フーシャがじっくりと壁と入口を眺める。
「どうぞ、中へ。
照明は自動で付きます。
私はここで待機しております。
王子に中に入るなと、固く言われておりますので」
タレスは言った。
ケイトはタレスに会釈し、かがみながら中に入った。
次いで東風とブロワとチャックも入る。
フーシャも入るのを遠慮し、タレスに扉の仕組みを尋ねていた。
パッと青白い蛍光色が室内を照らす。
白い天井と壁。薄い色味の木目床。
所々、絵の具や墨の汚れやフロスが落ちている。
壁に沿ってイーゼルが連立しており、描きかけや完成してそうな絵が立てられている。
棚には画集や絵画技術書が並び、その下に、絵の具や筆等が細かく配置されている。
机には、スケッチブックと鉛筆が無造作に置かれていた。
独特の匂いが「絵を描く為の場所」であることを教える。
「あれは……?」東風が指差す。
真ん中辺りにイーゼルが立っている。
そこに置かれたキャンパスの画布が、ベロリと上半分が破られ垂れていた。
ケイトがそこに近付き、めくれた画布を元に戻す。
「わぁ……」「素敵」
東風とブロワが声をあげた。
赤色の服の裾をたなびかせるヒグマの後ろ姿だった。
長い黒烏帽子を被り、肩に金色の模様が描かれている。
背景の奥に民衆が細かく描き込まれている。
「国王陛下の絵を王子は描いたのね。
タレスさんが言ってた賭けに使った絵なのかしら?
こんな立派な絵を破く程にショックだったのね」
ブロワは少し涙目になっていた。
「国王陛下も、自分を描いた絵なんだから、肖像画として飾れば良いのにね」
東風が言った。
「肖像画は顔が描かれていなければ意味が無い……。
と、陛下はお考えになられたのでしょう。
雄大なお背中。
国民への温かな眼差しが想像出来ます。
きっと王子が実際に見た国王陛下の姿でしょう。
この絵は王子にしか描けません」
ケイトはじっくりと絵を眺めた。
「あら?」
ケイトはイーゼルの裏にフロスの山があることに気付く。
汚れていない未使用のようだ。
ケイトはしゃがんで一番上のフロスを取る。
数枚取り除くと、光輝くランプのようなものが見えた。
「あった……!」
ケイトは右手指先でアンプリファイアの下部を持って立ち上がる。
高さ10センチ程で、上部が丸く膨らみ、下へ行く程細い筒上になっている。
下部の直径は2、3センチ程だ。
山吹色の光を放っているが、中にフィラメントのようなものは入っていない。
光源が球体の中に浮かんでいるようだ。
「これが、アンプリファイア……」
ブロワが興味深く見る。
「どういう仕組みで発光してるの……?
妖精の力を使わずにこんなことが出来るなんて」
ケイトは慎重に左手の平でアンプリファイアを包み込む。
すると中の光はスウゥと消えた。
「このアンプリファイアを発動停止しました。
徐々に皆、目覚めていくでしょう」
ケイトは静かに言った。
「主任、動かないで!」
東風が突然言い、右手を前にかざした。
フワッとフロスの山が浮き上がる。
ボトボトとフロスは落ち、黒い細長い塊が宙に残った。
「モノカゲだわ!」ブロワが言った。
東風は両手を滑らかに動かし、モノカゲを引き寄せる。
モノカゲは昨日見たものよりも大きく太かった。
ケイトの人差し指位ありそうだった。
「ここにずっと潜んでいたんだ。
日に当たってないから、大きくなってる」
東風の両手の平の中で浮かぶモノカゲは動いておらず。
仰向けになっている。
「僕が眠らせたからもう大丈夫。
この後、日に当ててくるよ」
東風は言った。
ケイトがアンプリファイアが動作不良を起こしていないか確かめた。
設定通りに動いており、故障した様子はない。
「モノカゲは離れた場所にいる影の妖精に、その場の情報を伝えることも出来ますし、命令通りに動くこともあります。
ここに潜んでアンプリファイアを発動させたのかもしれませんね」
ブロワが言った。
ケイトの表情は険しくなっていく。
「とにかくもうここから出ようよ。
フーシャさんや寒風にも知らせないと」
東風が声がける。
ケイトはジャケットの胸ポケットにアンプリファイアを差し込んだ。
この小型タイプなら、安全に運べる構造のポケットになっているのだ。
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ケイト達はタレスとフーシャに秘密部屋でアンプリファイアが見つかったことと、動作停止したので、間もなく皆の目が覚めることを伝えた。
「タレスさん、落ち着いてからで結構ですので、王子に国王陛下ときちんと話をする機会を持つよう助言なさるのがよろしいかと思います。
王子も陛下を尊敬していらっしゃいますが、それと自分の生き方を捻じ曲げることは別物です。
お互いの為にも、話し合うことが必要かと存じます」
「ええ、本当に。
私も今一度アプリオリ様に進言いたします。
ありがとうございました」
タレスは深く頭を下げながら言った。
王宮を出た一同は、ミニチャックカーに乗り、飛行場へ向かった。
秘密部屋にいたモノカゲは、寒風が上空へ運び消滅させた。
車内でケイトの顔はずっと暗かった。
右人差し指の付け根近くを噛んでいる。
「え?! あれ?!!
どうしよう! プレゼンもうすぐなのに!
今まで何やってたんだろ?!!」
「急いで、研究発表の打合せしなきゃ!
嘘?
カフェも本屋も閉まってる?!!!」
「あれー?
あなた、コスモスで働いてるんじゃなかったの?
何で、ここにいるの?!」
フーシャが車の窓を開けているので、街中の声が入って来る。
アンプリファイアの影響が収まり、住民達も元に戻ってきているようだ。
「ケイト主任、どうしたの?
ずっと難しい顔をしているわ」
ブロワが心配そうに尋ねる。
「ちょっと気になることがあって……」
ケイトは視線を送らずに答える。
「チャック号に戻ったら、アンプリファイアを再び奪われないように安全に保管しましょう。
話はその後です」
フーシャが言った。
ケイトは「そうですね」と頷いた。
飛行場に到着し、フーシャはチャック号内の工作室に向かった。
沢山の工具や部品が壁の棚に配置されている。
室内の横幅や天井高さは、どう考えてもチャック号の外観に比べて広い。
「半妖精の私にも多少妖精の力がありましてね」
フーシャがフフフと笑った。
ブロワが「これが良いだろう」と長方形の透明ケースを出してきた。
「まずはモノカゲが入り込まないようにしておきます。
後程、主任と一緒に微調整しましょう」
ケースはアンプリファイアより一回り大きい位だ。
台の上にアンプリファイアを載せ、フーシャがそっと透明カバーを被せる。
アンプリファイアは長方形のケース内に綺麗に納まった。
「見た目よりも頑丈で火や水にも強いです。
チャック号の金庫に保管しておきましょう」
フーシャ、ブロワ、ケイトが金庫室に移動する。
モノカゲ退治に同伴していた東風が戻ってきて合流する。
重厚な黒い金庫にケースごとアンプリファイアを入れる。
金庫の扉の鍵はフーシャが常に持っているらしい。
「私も簡単には影の妖精にやられませんよ!」
フーシャは軽快に言った。
「チャック、秋の森に戻るよ。
カエデさんに報告しないとね。
戻ったら、今晩は泊まって明日に備えよう」
チャックはワンっと鳴き、操縦席へ走って行った。
「私達はダイニングルームで休憩しましょう。
ケイト主任が気になっていることも話して頂きましょう」
ダイニングルームに着き、ブロワと東風が軽食の支度をする中、フーシャとケイトはテーブルで黙って待っていた。
「飛行準備が出来たら、チャックから連絡が来ます」とフーシャは言った。
ケイトはダイニングルームの窓から、飛行場管理員と話している様子のチャックを眺めていた。
「フーシャさん! ケイト主任!」
窓の外から寒風が話しかけてきた。
「どうしたんだい?」
「金風から連絡が来ました。
主任にトゥンナム工科大学のレンタルラボ棟に来てほしいそうです」
ケイトはガタリと立ち上がる。
「分かった。
主任、我々は出発の準備があります。
寒風がいれば大丈夫ですので、行ってきてください」
「僕も行くよ!」
ケトルを持ったまま東風がキッチンから顔を出す。
「東風はここに残って、準備を手伝っておくれ。
アンプリファイアの見張りも必要だしね」
フーシャが穏やかに言う。
東風がグッと言葉を飲み込み、キッチンに戻った。
「ケイト主任、行きましょう!」
ケイトは「分かったわ」と言い、チャック号を出た。