13、アプリオリ王子
引き続き、ケイト達はタレスの後について王宮内を歩く。
外交の場である大宮殿から渡り廊下を通り、生活用の宮殿に向かう。
「どうして貴女は陛下が呪いの発信源ではないと分かったのですか?」
タレスが背後のケイトに尋ねる。
「私は感情増幅器専門の電気主任技術者です。
発生源かどうかは、ある程度見分けられます」
「ほう。
地球にはそのような技術者がいらっしゃるのですね。
ところで、ケイト主任。
ご理解頂きたいのですが」
タレスは立ち止まり、振り返る。
「国王陛下も王子も、普段は勤勉でお優しい方々です。
だからこそ、我々も戸惑っているのです。
先程の陛下の態度は、あくまでも呪いのせいなのです」
タレスの申し訳なさそうな態度を見て、ケイトは微笑む。
「ええ、分かってます。
感情増幅器、アンプリファイアの恐ろしいところは、僅かな感情を拡大させてしまうことです。
怠けたいという気持ちは、誰もが持って当然です。
それを本人の意思を無視して、抑えられなくなってしまうのです」
タレスは少しホッとした表情を見せた。
■■■■■
タレスは簡素な木製の扉の前で立ち止まる。
「アプリオリ様、タレスです。
客人を連れて参りました」
扉の向こうから反応はなかったが、タレスは「失礼します」と引き扉を開けた。
中は、金風のリビングを思わせる、酷い有様だった。
食い散らかした食べ物飲み物が部屋中を汚している。
壁いっぱいの本棚に、ギッシリと本が並んでいるが、それらはケチャップやジュースでベトベトに汚れている。
侍女数名が、ゴミを拾い、床を拭いた直後に新たな食べこぼしが落ちていた。
「タレス、そいつらは誰だ?」
青いトゥルマギを着た子どものヒグマがソファで寝そべっている。
両肩と胸元に金色の刺繍が施されている。
国王陛下と同じ模様だとケイトは気付いた。
侍女が持つ盆から、雑に菓子を掴み口に入れている。
「春の国チューリップにある大風車の館の主人フーシャとその妻ブロワ、ペットのチャック。
春の風の妖精東風。
そして、地球の電気主任技術者ケイト主任でございます」
タレスは身体を斜めにし、ケイト達を紹介した。
「ここ数日王室も王都も奇妙な状態が続いております。
それを改善する為に、ケイト主任達にお越し頂きました。
どうか話を聞いてあげてください」
「ふん、おかしなことなんか何もないよ。
僕はただちょっと疲れたから休んでいるだけだよ。
王子は休むことも許されないのかい?
疲れても勉強しろって言うのか?」
「いえ、そういうことでは……」
タレスが困った顔をする中、ケイトは室内を観察した。
ここは勉強部屋だろうか。
大きな勉強机がある。
机上には本が積まれ、菓子のごみがボロボロ落ちていた。
「王子、はじめまして。
ケイトと申します。
早速ですが、アンプリファイアをご覧になられたことはありませんか?」
アプリオリはビクンッと身体を起こす。
「な、何のことだか……」
「失礼ですが、王子。
あなたが今回の怠惰の感情の発信源です。
発信源ということは、アンプリファイアと接触しているはずです。
いつどこで見たか、話して頂けますでしょうか?」
「うるさい! 黙れ!
僕はそんなもの知らない!
あっち行け!」
アプリオリは苛立ちながら言った。
ケイトは眉を寄せる。
「承知いたしました。失礼いたします」と言って、ケイトは部屋を出る。
タレスやフーシャ達も続いて退室した。
「王子が呪いの発生源だったのですか?」
タレスは困惑した様子で尋ねる。
「はい、ほぼ間違いありません。
あとはアンプリファイアを見つけるだけです。
タレスさん、ご無理を承知でお願い申し上げます。
王子が内密に利用している部屋へ案内して頂けますか?」
タレスは驚いて目を見開き、耳をピンと立てる。
「王子が内密にしてる部屋?!
なぜそれを私に尋ねるのですか?」
「王子とあなたのやり取りを見て、信頼関係があると判断しました。
所詮は王子。
王子だけが把握してる部屋が王宮にあるはずありません。
陛下や王妃に隠しても、あなたは知っているのでは?」
ケイトは冷静に返す。
「どうして王子が何かを隠していると思ったのですか?」
タレスは焦った様子で言った。
「もちろん、推測ですが。
王子は普段は勉学に励んでいらっしゃるようですね」
「そうですよ。
未来の王にふさわしい教養とリーダーシップを身に着ける為に、日々座学を中心に学ばれております」
タレスはふんぞり返るように言った。
「勉学以外のことは、何かされていますか?
王子の趣味は何ですか?」
ケイトの質問に、タレスの耳が再びピンと立つ。
「ご趣味というものは特に……。
カリキュラムの中に、スポーツや楽器演奏も含まれておりますので、日々充実なさっていると思われますが……」
「王子は絵をお描きになられますよね?」
「なぜ、それを貴女が知っているのですか?!」
そう言った直後にタレスは口を手で覆う。
ケイトはハーッと息を吐いた。
「王子は勉学の傍ら、絵を描かれているのですね。
でもそれを国王陛下に認めてもらえていない。
陛下は絵にご興味があまりないのでしょうか?
宮殿のどこにも、絵画は飾られておりません」
タレスは奥歯を噛み締める。
「国を治めるという重大な使命があるクロムウェル陛下は、合理的で効果的なものを求められます。
名作絵画よりも、豪奢な彫り物や金の装飾の方が、国王としての威厳を主張する効果があると考えられております。
国民が絵画含め芸術を嗜むことは、広く推奨しています。
しかし、自分の使命を継ぐ王子には、お厳しいのです。
スポーツや演奏は身体機能向上効果があるからと、王子に励むよう指示しておりますが、絵画については……。
もちろん、陛下独自の見解ではあります。
ですが、我々が逆らえるものではありません」
「自分のやりたいことを、親に認めてもらえないのは、とても辛いことね」
ブロワがポツリと言った。
フーシャも大きく頷いた。
「1週間程前に、王子は賭けをしました。
王子が何ヶ月もかけて描いた絵を宮殿に飾ったのです。
王子が描いたことは隠してです。
残念ながら陛下は一瞥しただけで『取り外せよ』と命じられました。
アプリオリ王子はひどくショックだったようです。
王子は隠し部屋に籠もりました。
出てきた頃には、あのような様子になり、同時に陛下や王妃も怠惰な態度をお取りになるようになりました」
タレスは肩を落とす。
ケイトは穏やかに話しかけた。
「王子の隠し部屋へ案内してください」
タレスは「かしこまりました」と述べた。




