12、秋の国の王
東風とケイトは王宮前に到着した。
足が地面に着いた途端、ケイトはよろけてしゃがむ。
「大丈夫?」東風が心配そうに尋ねる。
「大丈夫よ。少し酔っただけ。
歩いていれば治まるわ」
「ごめんね。
僕、あまり強い風じゃないから安定して運べなくて」
東風は申し訳なさそうだ。
風だけで何かを運ぶのは、難しい作業なのかもしれない。
寒風が抱えて運んだのは正しかったとケイトは思った。
「ケイト主任!」
一般謁見申請窓口でフーシャ達と合流する。
ケイトは工科大学でのことを話す。
「ふむ、それは急いで国王にお会いしないと。
もう一度窓口に行きますね」
フーシャは窓口の担当者に話しに行った。
ケイトは、ブロワからお茶入りボトルを受け取り飲む。
数分後フーシャが戻って来た。
「国王との謁見が許されました。
行きましょう」
服装はそのままでいいらしく、手洗いだけ済ませ、一同は王宮従業員が運転する車に乗る。
黒のオープンカーだった。
東風は車について行く形で飛ぶ。
ケイトは後部座席の窓から王宮を眺める。
一番奥の中央にあるのが、大宮殿だ。
左右から石垣が積まれ、その上に赤と黒を基調とした威厳ある造りの建造物が乗っている。
丁寧に重ねられた瓦屋根の端は反り上がっている。
大宮殿と同じ形の小さい建物も、途中で見える。
それらは赤と白を基調にしており、華やかな印象だ。
大宮殿に到着し、車から降りると、ヤギの獣人がいた。
緑色のトゥルマギに短めの黒い鳥帽子を被っている。
「ようこそ、お越しくださいました。
私はタレス。謁見の間へご案内いたします」
フーシャ達はタレスの後に続いて歩く。
彼ら以外の姿は無く、非常に静かだ。
天井には浮き彫りした花や龍や虎模様が並んでいる。
壁はクリーム色で、紅葉した木々が一枚の長い絵のように描かれていた。
所々に大きな壺や彫刻や鎧が飾られている。
「ねぇ、ケイト主任。
アンプリファイアは私達には反応しないの?
このタレスさんも、普段と変わらない様子みたいだし」
ブロワがコソッと尋ねる。
「アンプリファイア発動時に、感情の種類や対象者の取捨選択設定が出来ます。
王宮従業員と王都以外は対象外にしているのでしょう。
対象を拡げ過ぎると影響力が弱まりますし、従業員が動かないと王室が困りますからね」
ケイトは説明した。
黄金色の大きな引き戸の前で立ち止まる。
「春の国チューリップより、半妖精フーシャが参りました」
タレスは低く通る声で戸の前で言うと、ススススと静かに戸は左右に動き開いた。
玉座に向かう長い床板の上に朱色の敷物が敷かれている。
天井は塗の朱色がツヤを放っている。
藤の花で壁や柱を存分に飾っていた。
金色の玉座には赤色のトゥルマギ姿のヒグマの獣人が座っていた。
トゥルマギの胸元と両肩には金色の刺繍が施されている。
烏帽子を被っておらず、左肘置きに身体を委ねた座り方をしている。
反対の右手には、大きな朱塗りの酒坏があり、ずっと啜り続けている。
傍にいるツキノワグマの獣人の侍女が速やかに酒を注ぐ。
「この度は謁見のお許し誠にありがとうございます。
クロムウェル国王陛下」
フーシャが深々と頭を下げる。
ケイトやブロワ、チャックもそれに続き、東風も慌てて頭を下げる。
「フーシャとやら。余に何の用じゃ?
今日は休暇であるぞ」
クロムウェルはかなり酔っているらしかった。
「王都に呪いが伝染していると申しておるようじゃの?
下らないことを。
侍従や侍女達を見よ。
何も変わらぬではないか」
クロムウェルは酒坏を左右に動かす。
両壁際には、ツキノワグマやシロクマの侍従者達が静かに立っている。
「これは伝染先を選べるのです。
王室と王都住民に限定して効果が出ているのです」
「訳の分からんことを申すのぉ。
余は疲れたぞ」
クロムウェルは玉座に寝そべる。
溢れかけた酒坏を侍女が慌てて受け取る。
フーシャの後ろにいたケイトが一歩前に出た。
「恐れ入ります、国王陛下。
私は、地球から参りましたケイトと申します。
この数日の間に増幅器をご覧になられてたことはございますか?
高さは15センチメートルか、50センチメートルのどちらかです。
ガラス製の電球のような見た目をしています」
クロムウェルはケイトを見上げる。
「知らん、それが呪いの道具なのか?」
「はい。その特殊な増幅器が王室や王都住民の怠惰な感情を増幅させているのです。
王室のどこかに増幅器が設置されていると思われます。
我々が王室内を探索することをお許し願えますでしょうか?」
「考えるのも面倒じゃ。
用があるなら、そこのタレスに申せ」
「承知いたしました。
もう一つお願いがあります。
王妃様と王子様ともお話させて頂けませんでしょうか?」
クロムウェルが上体を起こす。
タレスやフーシャ達も、驚いた顔でケイトを見る。
「何故じゃ?」
「怠惰の感情の発生源が陛下ではないからです。
王室のどなたかが発生源となっており、陛下もそれに影響を受けている状態だからです。
増幅器を探すには、発生源となっている人物に会うことが一番の近道なのです」
クロムウェルの表情が変わった。
「無礼者!
余が王妃と王子を、呪いの根源と申すのか!?」
フーシャとブロワが慌てて謝ろうと頭を下げる。
しかしケイトは微動だにせず話し続ける。
「いいえ。発生源にされた人物は被害者です。
このまま放置すれば、感情のコントロールが効かなくなり、心身に危険が及びます。
何卒ご理解を」
「黙れ!
そなたらの顔なんぞ、もう見とうない!
即刻余の前から去らねば、牢獄に放り込むぞ!」
クロムウェルは立ち上がり、腕を大きく振り払った。
天井に届く程の背丈で、ケイト達を鋭い目で見下ろした。
「では、失礼いたします」
ケイトは頭を下げた。
タレスは静かに玉座の前の仕切りを降ろす。
国王の姿が見えなくなった状態で、ケイトと、怯えた様子のフーシャとブロワと東風を連れて、謁見の間を出た。
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廊下に出たところで、ケイトは改めてタレスに謝罪した。
「申し訳ございません。
国王陛下のお気を悪くしてしまいました。
ですが、事態は一刻を争います。
王妃様達にお会い出来なくとも、王宮内を探索させてもらえないでしょうか?」
タレスは閉じていた口をようやく開く。
「ええ、もちろんです。
この状況がおかしいのは、侍従者達皆の意見です。
そこでケイトさん、こちらからもお願いなんですが、アプリオリ王子に会って頂けますか?」
「王子に?」
「はい。
怠惰の感情が増幅していると聞いてピンときました。
最初に様子が変わられたように見えたのが、アプリオリ王子だからです」
タレスの表情は固い。
ケイトは頷いた。
「分かりました。
王子に会わせてください」