11、アンプリファイアの歴史
ケイトは金風の背に乗り、寒風と東風と共にアパートメントの窓から飛び立った。
金風は大変嫌がったが、フーシャとブロワに強く言われ、軽くシャワーを浴び、シャツとチェックパンツを着替えた。
今の身体にはサイズが合っておらず、袖は肘で止まり、裾はへその上にある。
パンツのジッパーは上がらず、ダボンとお腹の肉が乗った状態になっている。
「飛んでいたらサイズピッタリになるよ」
フーシャは笑いながら、4人を出発させた。
ケイトは急いで出発したかったが、金風の背中に乗る以上、彼の身だしなみを整えることへの反対は躊躇った。
体重が増えてスピードを上げられない金風の飛行速度は時速数十キロ程度だった。
後ろから東風が温かい風のクッションで下支えをしてもなお、それ以上スピードが出ないらしい。
シートベルトも無く、金風の上に跨っているだけのケイトからすれば、安全に飛んでいけることを考えると仕方ないと思った。
もっと上空を飛んでいる寒風を、ケイトは見上げた。
風の妖精達は、風に言葉を乗せることが出来るらしく、小鳥のような大きさになっている寒風と、苦労なく会話が出来る。
「……と言う訳で、俺達とケイト主任は秋の国に来たんだ」
寒風が一通り説明を終えた。
「ふーん。アンプリファイアかぁ。
そう言えば、ちょっとだけ資料を読んだことあるなぁ。
感情増幅器のことでしょ?」
金風は言った。
「そうです。何かご存知のことはありますか?」
ケイトが金風に尋ねる。
「いやいや。
僕は資料を漁るのが好きなだけで、機械やエネルギー科学についてはさっぱりさ。
ただ、感情増幅器って、昔あって今はない技術があるよね?」
ケイトは目を見開く。
「はい、そうです。
アンプリファイア発明初期は、専用ケーブルを使って、生命体の感情とアンプリファイアを繋ぎ増幅させていました。
でも今はケーブルは使っていません」
「どうして使わなくなったの?」
東風が質問する。
「ケーブルに繋がれた人間の心身が大きく壊れる危険性があったからだよ。
繋がれると、アンプリファイアにエネルギーを提供するだけの道具になってしまう。
だからロイズモット王国が技術を滅失したんだよね」
金風が答えた。確認をしたくてケイトの方に首を動かす。
「その通りです。
ケーブル技術は遥か昔に衰退しました。
発明した一族も……」
途中でケイトはハッと気付き、話すのを止めた。
ある推測が頭を過ったからだ。
「金風。あなたは普段どういった研究をなさっているの?」
「最近は『昔あって今はないもの』について、過去資料を漁ってまとめてるって感じかな。
主に、技術や文化。
どうして廃れたのか、本当に廃れたのか、ってね。
あと廃れたけど、現在復活することは出来るのか、とか」
「面白いわね……」ケイトは呟く。
「フーシャさんが言ってた。
去年の金風の研究発表が本になって、受賞したんだよね」
と東風。
「まぁねー。
ジャーナリスト賞だったのは笑ったけど。
あの本を書く時、現地住民への取材とかやったからなぁ」
金風は朗らかに言った。
小気味よく話す中に知性を感じる。
彼は本来もっとスマートなのだろうと、ケイトは思った。
■■■■■
4人はトゥンナム工科大学に到着した。
広大な敷地に、ガラス張りのビルが点々と建っている。
建物間を、透明で筒状の空中通路が繋いでいる。
街の雰囲気から一転して、SF世界のようだった。
金風達はレンタル用ラボ棟に向かう。
年季の入ったコンクリート造の建物で、白く塗られた壁にはヒビが入っている。
無理矢理取り付けたような配管が壁側面に集まっている。
建物内管理機器をまとめて柵で囲んでいた。
金風は管理人窓口にあるベルを鳴らした。
小窓の向こうから、アライグマの獣人が顔を出した。
「はい、何でしょう?」
「ここ1週間の間の予約状況を教えてください」
「え?! 予約するんじゃなくて?
過去の予約を知りたい?!
えっと……ねぇどこ見ればいいの?」
アライグマは振り向いて大声で言う。
よく見ると、奥に別のアライグマがだらしなく寝転がりながらドーナツを食べていた。
今対応しているアライグマも手伝いに来てるのだろう。
「ええ? 面倒くさい。
履歴一覧を印刷して渡せば?」
奥のアライグマは言う。
「もう、知らないよー」
アライグマはカタカタとパソコンのキーボードを叩く。
ガガーとプリンターから紙が出てきて金風に渡す。
「ありがとう。あと、マスターキーも」
サラリと金風が言うと、アライグマは「はいはい」と言いながら渡してくれた。
「さぁ、行こう」
金風はエレベーターへ歩いていく。
まだ身体が浮かないらしい。
ケイトが続き、東風がふよふよとついて行く。
寒風は建物外で待機した。
一連のやり取りを見て、ケイトはこの星に個人情報管理や防犯の概念はないのかもしれない、と思った。
自分達が生きていることを、エド側に知られるのも時間の問題だとケイトは覚悟した。
「一番値段が高い制作室をずっと同じ人が使ってる。
その部屋の上下左右も同じ人が借りているね。
見慣れない名前だし、ここが怪しいかな」
エレベーターが出て、静かなリノリウムの廊下を進む。
『制作室 4号室』と書いてある。
金風は借りたマスターキーで解錠し入室した。
「ごめんくださーい」
広い室内には誰もいないようだった。
あちこちに機材らしきものが置いてある。
作業台には工具が散らかったままになっている。
床には、金属片やネジやプラスチック片らしきものが、無造作に放置されている。
飲食もここでしていたのだろう。
電源が入ったままのコーヒーポットがあり、まだ中身が残っていた。
食べ終えた栄養ゼリーの袋が乱雑にゴミ箱に入っている。
ついさっきまで誰かがいて作業していた、とケイトは直感した。
大きな作業台をケイトは見る。
「誰もいないね」東風が言う。
「でも誰かはいたね。探ると色々出てきそうだ」金風は楽しそうだ。
「あ!」ケイトが声を出す。
「これは波及防止装置の破片!
エドはここでアンプリファイアを使えるように改造したんだわ!」
ケイトは部屋を出ようとする。
東風が追いかける。
「ケイト主任、予約履歴とマスターキーをどうぞ」
金風は投げ渡すと、引き続き室内を物色した。
「寒風! 近くに誰かいないか探して!
私達は他の制作室を見てくるわ!」
ケイトが廊下の窓に向かって言う。
窓越しに寒風が頷き、飛んで行く。
ケイトと東風はマスターキーを使い、片っ端からドアを開けていく。
エド達が押さえていた他の部屋は空っぽだった。
エド以外が使用中になっている部屋にも入る。
どこも作業を中断して不在にしている。
利用者が居た部屋もあるが、飲食しながら寝ている様子だった。
ケイトと東風は全ての部屋を見終えて建物を出る。
寒風が飛んで来た。
「周辺には、人間らしい姿は見当たりませんでした。
影の妖精も、見つけられませんでした。
連中は気配を消すのが上手いので……」
寒風は申し訳なさそうに言う。
「建物内にもいなかったよ。
影の妖精の気配も感じなかった」
東風が言った。
「でもエドが意図的にアンプリファイアを使用した証拠が掴めました。
私達も王宮に向かいましょう。
王室がエネルギー発生源になっているなら、アンプリファイアも王宮近くにあるはずです」
ケイトは言った。
寒風はヒュンっと上階窓へ飛び、すぐに戻ってきた。
「金風はしばらく制作室を調べたいらしい。
予約履歴とマスターキーは管理人室に返却しましょう。
東風、今度は君が主任を王宮まで運んでくれ」
「分かった!」東風はニコっと笑った。
■■■■■
東風が手を振り上げると、ケイトの周辺に暖かい風が舞い上がり、足元が浮いた。
まるで小さな竜巻に包まれているようだ。
「金風の背に乗ってる時よりも不安定だけど、スピードは上がるよ。
体重を前に傾けて」
ケイトが重心を前に意識すると、身体は斜めになり、地面と平行する体勢になった。
見えないハンモックに寝そべっているような感覚だ。
確かに真っ直ぐ維持するのは難しい。
「僕が風で運ぶから、ジッとするだけで良いからね」
そう言うと東風は上昇を始める。
ケイトの身体も連動してついて行く。
「キャ……キャー!?」
さっきの何倍のスピードで3人は王宮の方へ飛んで行った。