10、食いしん坊の金風
チャック号はトゥンナム飛行場に到着した。
整備員や飛行場管理員が不慣れな様子で、チャック号を車庫へ案内した。
恐らく他都市から急遽駆り出された為だろう。
フーシャは穏やかに整備員達に礼を言った。
ケイト達が車庫に出ると、チャックが軽自動車位の小さなチャック号を運転しながら現れた。
「街中は、このミニチャックカーを使います。
主任、後部席へお乗りください」
助手席にフーシャ、後部席にケイトとブロワが乗り、ミニチャックカーは軽快に走り出した。
「王室に向かうのですか?」ケイトが尋ねる。
「いや、金風のいるアパートメントに行きます。
寒風からの連絡で、どうやら様子がおかしいみたいです。
ケイト主任に見てもらった方が良いでしょう」
フーシャは答えた。
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秋の国の首都であるトゥンナム。
王都であり、学問研究都市でもある。
石畳の道の両側に紅葉した木々が並ぶ。
落ち着いた色味の木造建造物が軒を連ねる。
カフェや本屋が多いようだ。
「やはり変ですね」ブロワが呟く。
「トゥンナムの春は、学術や研究発表の時期。
いつもなら、学生や研究者達が、カフェでミーティングをしたり、本屋巡りをする姿で賑わうはずだ」
フーシャも言う。
確かにケイトが見る限り、カフェに客はほとんど入っておらず、本屋も休業日の看板を掲げている。
街を歩く住民の姿はほとんど見られない。
歩行者通路は、紅葉で埋め尽くされていた。
トラックが何台も走り、荷物を運ぶ人や獣人の姿はある。
皆忙しない様子で、大通りを西方面へ向かっている。
「王宮へ食糧を運んでいるのでしょう。
トゥンナム以外の住民でしょう」
フーシャが言った。
ミニチャックカーは北へ向かう為に進路変更した。
金風が住んでいるというアパートメントに到着した。
チャックは3人をエントランス前に降ろし、駐車場へ車を停めに行った。
東風も空から降りてきた。
町並みと同じ色合いの木造3階建てのアパートで屋根は黒い瓦だった。
軒に紫色の藤の花が飾られている。
外は涼しいが建物内は不要なようにも思える暖かさだ。
床からジンワリと温もりが伝わる。
「秋の国は床暖房が普及していて冬の寒さをしのぐのです。
でも今は春。
もう床暖房は必要ないはずなのに、まだ動かしているのでしょうか」
フーシャが首を傾げる。
階段を昇り、3階へ向かう。
共用廊下に寒風が浮いたまま直立していた。
「フーシャさん。
金風に呼び掛けても、出てこないのです。
返事はするのですが」
寒風が困った顔で言った。
床暖房の不要な暖かさが、寒風がいることで涼しく調整されていた。
「では、私が合鍵を持ってるから開けるとしよう。
金風、フーシャだ。
中に入るよ」
「どーぞぉー」
間抜けな声が扉の向こうから聞こえてきた。
フーシャは木製扉を解錠し、ノブを回した。
扉を開けた途端、こもった空気が飛び出した。
涼しさは無く、ムッとしている。
玄関からリビングまでの廊下はごみだらけだった。
汚れた皿やコップ、無造作に開いたままの本や雑誌が、足場が無くなるほど落ちている。
「これは靴ごと入るしかないな」
フーシャは鷲鼻をつまみながら廊下を進む。
順番にブロワ達も中に入る。
チャックは臭いに耐えられず扉の外で待っていた。
リビングに入ると、部屋を殆どを埋め尽くしそうな巨漢の男がいた。
身体のあちこちがブクブクしているが、床から50センチ程浮いている。
うつ伏せの姿勢でゴミ袋並に大きなサイズのポテトチップスの袋に手を突っ込み、バリバリ食べていた。
「金風!?
一体どうしたんだい?」
フーシャとブロワが驚いて叫ぶ。
「フーシャさん、ブロワさん、こんにちは〜。
どうもこうも最近やる気が起きなくて。
でもお腹はどんどん減るから、ちゃんとご飯は食べているんですよ〜」
「それは大変だね。
でも、妖精の君はそもそも食べる必要がない。
食べた分は飛んで消費しないといけないよ」
フーシャは語りかける。
「金風、こんなにダラダラしていて良いの?
もうすぐ研究発表の日じゃないの?
冬の間にずっと部屋で論文を書いていたんでしょ?」
ブロワも心配そうに問いかける。
「あー、あれは中止になったんですよ。
冬籠り勉強期間が終わって登校したら、大学はお休み。
ゼミも講義も発表会もお休みって言われたんです。
やれやれですよ」
金風は大きな口を開けて、チップス袋の残りカスをザザザと入れた。
「カフェも本屋も博物館もお休み。
でも食べ物飲み物は頼めばすぐ届くんですよ。
もう少ししたら、チーズピザが80枚届きますんで、一緒に食べます?」
フーシャとブロワは呆れた様子で金風を見る。
茶色い髪の毛先はバサバサに乱れて、服もヨレヨレで食べこぼしが沢山ついている。
ケイトは部屋を見渡す。
食べ残しやゴミは、比較的新しい。
そのゴミの下には、沢山本が積まれ、パソコン機器や文房具も机に置かれている。
やる気を失くす前は、熱心に勉学に励んでいたのだろう。
「あの失礼いたします。
金風さん、大学が休みになったのはいつからですか?」
ケイトが尋ねた。
「それは忘れもしないよ。
4日前。
朝一番に大学図書館に行きたくて行ったら休館だった。
研究仲間や他の学生も驚いていたよ」
金風は不満そうに言った。
「4日前。
エドは既にフェイスに着いているはずの頃ですね」
ケイトの表情が固くなる。
「この街は電子系の研究や機械制作もさかんですか?」
「ええ。トゥンナム工科大学が有名ですわ。
個人が借りられる制作室もあります」
ブロワが答える。
「ここまで短期間で街全体に影響させている。
エドが意図を持ってアンプリファイアを使った可能性が高いです。
持ち出されたアンプリファイアは波及防止機器を取り付けてあります。
エドなら、工具があれば外せるでしょう」
「よく分かんないけど、工科大学に通っている知り合いが、ここ最近制作室が予約で埋まってて使えないって言ってたよ」
金風はオレンジソーダのペットボトルを一気飲みしながら言った。
食べ飲み終えたものは手を離すとポトリと落ちる。
これから食べる、または途中の菓子類が、金風の近くでプカプカ浮いていた。
「エドがいるかもしれません。
金風、工科大学へ案内してください!」
「えー?! 面倒くさい。
てか、お姉さん、誰?」
金風が嫌そうにしていると、寒風がヒュッと右手を振る。
すると金風の身体に冷たい風がビュンと当たった。
「ヒャッ?!」
金風は思わず身体を起こす。
勢い余り、ゴミだらけの床に尻もちをついた。
ドシャッと重量ある音がした。
「頭は冴えたか?」
寒風が静かに言った。
「ああ……冷たさと痛みで眠気がすっ飛んだよ」
金風は起き上がり、身体を浮かそうとする。
が、出来ない。
床がミシミシ鳴っている。
「丁度良い。
運動も兼ねて、主任を工科大学へ連れて行きなさい。
寒風と東風は、金風が飛ぶのを手伝ってあげなさい。
エドがいるなら影の妖精もいるかもしれない。
くれぐれも気を付けるように」
フーシャが言うと、寒風達は元気良く「はい!」と応えた。
「ブロワ、私達は王宮へ行き、国王陛下へ謁見申請を出してこよう」
「分かったわ」ブロワが言った。
「金風、事情は空の上で聞きなさい」
フーシャはニッコリ微笑んだ。