密室裁判 ~ 裁判長、執行猶予は3秒でいいですか?
レモンをナイフで切ると、シャクリという音が響く。この音と香りがたまらない。輪切りにしたレモンを口にくわえると、黄色く爽やかな香りが部屋中に漂った。
昭和30年1月。俺は、賭場の借金に追われていた。
ある方法で、なんとか乗り切ったものの一時しのぎでしかない。八百屋の店先で、ポケットに放り込んだレモンをくわえ、街の酒屋でちょろまかして来た焼酎をラッパのみする。グラスなどという洒落たものは、この部屋にはない。
ふぅ…どうしたものか。
ため息しか出ない。
―― ドンッ
その時である。ドアが音を立てて大きく開かれ、数人の男が飛び込んできた。
後頭部に強い衝撃を受ける。カラリと右手のナイフが床に転り、俺は、意識を失った。
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「兄さん。密告はよくねぇな。」
街の小さな麻雀店『明治蛭子常盤座』の常連たち…。しかも、玄人と呼ばれる賭場を専門とする危ない面々が揃っている。まずいっ!バレた…。
隙間風が吹き込むトタンの壁。壁の周りには、男たちが並び、その前には 油のにおいがするドラム缶や、茶色いセメントの袋が無造作に積まれている。
「おいっ。何とか言ったらどうだ。
お前が密告したのは、もう分かってんだよ。」
借りていた賭場の金。それが、どうしても返せなかった。俺の取ることのできる道は、警察への密告しかなかったのだ。
「待ってくれ。俺じゃねぇ。
知らない。俺は、その日、金策に走ってたんだ。」
嘘でも何でもいい。この場を逃れなくてはならない。俺は、思いつく限りの言葉を並べた。
「ほぅ。言うねぇ。
まぁいいや。じゃぁ陪審員の判断を聞いてみようか。」
壁際に並ぶ男たちが前に出てきた。
「ほとんどの人間は、お前のせいで豚箱に入ってきた。
お前に警察はいらない。ここで、裁きを下す。」
「有罪っ。」
「もちろん有罪だ。」
「有罪。」
壁に並ぶすべての男たちが意見を述べていくが、『有罪』以外の声は無い。
「分かったな。ギルティ。有罪だ。
3秒だけ時間をやろう。神に祈りなっ。」
壁際の男の一人が、ドラム缶を転がす。もう一人は、セメントの袋を破り始めた。
俺の前に立つ男が、胸ポケットからナイフを取り出した。黄色い香りがする。あぁ、さっき俺がレモンを切っていたナイフだ。
1・・・ 2・・・ 3・・・。
3秒後、俺の首元で、シャクリというレモンを切るような音が聞こえ、赤く薄汚れた鉄の匂いとともに、世界は真っ白になった。
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こちらは『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用、超短編小説です。
そのままでも楽しんでいただける形に仕上げたつもりですが、下の短編もあわせてお読みいただくと、より楽しくお読みいただけます。
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