その日、私は上京し…
お家がない…。
こんなにたくさん家が建ってるのに、私のお家がないなんて、なんて悲しいことだヨヨヨ。本当に笑えない状況だ。
今朝の婚約破棄なんて目じゃない。て言うか、あんなの全く気にならないな。
私は故郷の山奥深くから王都に今朝ついたばかりだった。婚約者のライルが王都に勤めだしたので、雪解けを待って故郷を離れ、王都で結婚式。晴れて一緒に住むはずだった。そう、住むはずだったのだ。まあ、その婚約者が浮気をしてて、待ち合わせ場所のオシャレなカフェに(山奥暮らしの私が一度行ってみたいと憧れていたお店だっ!)、赤毛でちょっとつり目のそこそこ美人が颯爽と登場、今は修羅場ってる感じだけど。
そういえば、注文した王都限定♪とろけるパンケーキ~フルーツとクリームをてんこ盛りで~は食べられるだろうか?空気を読んだ店員さんは持ってきてくれそうにないな。
ソワソワした婚約者に、確かにちょっとおかしいなぁとは思ったんだ。やたら、待ち合わせの場所を自分の家にしようとしてたのも今思えば、こうなることが分かってたんだろう。あの腰抜けが!
カフェで注文して、ワクワク楽しみにしていた時に、ロングヘアーをきっちりまとめた割りと美人が登場して、「あなたが借金のかたに婚約を迫った悪役令嬢ね」、ときたもんだ。
?が飛び交う私に、チワワもビックリなほどぷるったライルが、聞こえないほどの小声で婚約破棄を~と言ってるような言ってないような。
まあ、借金のかたと言うか、去年不作で現金のないライルの家族に大雪で壊れた家の修繕費を貸したのだ。その時は、近い将来、嫁ぎ先になるかもと思ってたし。まぁ、ライルのおじさん(義父予定)が結婚したらうやむやにならないかなぁと考えていそうだとは思っていたが。
年の合うひとがたの生き物が他にいないような山奥だし、これで手を打つのも仕方ないかと納得していた。ライルは猟なんて全くできないが、優しいし、勉強がそこそこ出来て、何より料理がうまいのだ。
それが、たまたま視察に来た領主様の目にとまり、王都の学校に奨学金で通えることになり、この度、したっぱ役人として仕事につけたのが良かったんだか悪かったんだか。どうせ結婚を断るなら、私が村から出る前に言えばよいのに、きっとぐたぐた考えて母姉に言い訳できずに、この状況なのだろう。まったく、こんな年上猫目の華やか美人を捕まえるなんて、ライルの癖に生意気な。
と言うのを、間違いなく美人(一目見たときから分かってましたよ~、私とは大違い)が私の悪行を盛大に説明している間に考えてました、まる。
やっと美人さん(どこで知り合った?)の断罪も終わったので、私からも一言、いや、ここはすべて言い尽くしておこう
「オッケー、オッケー。浮気してて、私と彼女にウソついていたってことで、言い残すことはないんだねぇ。」
婚約破棄してっの一言から、なにも言わず、むしろ彼女に見とれていたライルに視線を向ける。チワワからスライム並みに細かいぷるり加減になったが、真の恐怖はここからだ!
「別に破棄は構わないけど。借金のかたになるような大層な労働力じゃなし、むしろお金で返してくれた方が嬉しいし。長男だけど跡取りでもなし。むしろお金で返してくれた方が嬉しいし(大事なことだから二回言ったってやつですね)。だから断罪されるような謂れはないんだよね~」
えっ!と小さく呟く、王都で一番流行っていると言うお店(二ヶ月遅れでやっと手に入れたファッション雑誌でチェックしていた)の最新春物ワンピースを着た彼女。あのお店、ちょっと良い値段だから、どうにか一着は買いたいと思ってたんですが。
ふんわりが今春のトレンド、淡いパステルカラーの色づかいが心弾ませるって雑誌にあったし...。今はそれどころじゃないか。
大海を這う深海魚並みに目が泳ぎまくってるライルぅ~、さぁどうする。
まあ、待ってても大したことは言えないだろうから、ここは私からズバッと!
「浮気してて婚約破棄とは片腹痛い!慰謝料の請求とおじさんに貸した修繕費の取り立ては後できっちりするとして、こっちから、婚約破棄してやらぁ~」と言い捨てて、パンケーキを諦めてカフェから立ち去ったのが、お昼前のまだ陽がまだ真上に上りきらない時だった。
そして、今は夕陽が眩しい時間帯...。もとは今日から、嬉はずかしライルと同居予定だったから当然宿屋は取ってない。なのに、この春祭りの時期では、今さら飛び込みで宿がとれるわけがなかった...、ということで新妻予定から一気に宿無しに!
今日はそれこそ、どうにか酒場で一晩明かすとしても、明日からどうしよ。家は引き払っているが、村に帰るか。それは出来ればやりたくない。ライルの家族とは当然気まずいし、他にあの村付近に結婚できそうな生物もいないのだ。
なら、どこか別の場所と言っても、今まで村以外に住んだことはないし、この王都は物価が高くて、良い仕事を見つけないととても住まえない...。ああ、お家がない...。
そして、陽はとっぷり暮れていくのであった。