出会い
僕が咲くと言ったあの花が、芽吹くことは決して無かった。
僕はよく放課後に図書室で本を読んでいた。
確かに本は好きなのだけれど、のめり込む程時間を潰したい一冊があった訳では無い。
僕だって高校生だ。
若気の至りというか、青春っていうか……、
ただ何となく読書を沢山するっていう行為が知的でかっこいいと思った。
でも、大人には厨二病という病にかかっているように見えるらしい。
人とは違うと思われたい僕の性分としては、そういう風に決めつけられるのが凄く嫌だった。
「ねぇねぇ」
肩を二度叩かれた。
この事事態も僕にとっては珍しいのだが、どうやら声から察するに自分の知り合いでは無いようだ。
「えっと……」
僕はポケットからボロボロの詩織を取り出して、開かれた小説のページに挟む。
そして声の主の方を確認した。
どうやら、女の子らしい。
いや、学校にいるのだから、一つ上か一つ下かくらいしか年齢差がある人はいないのだが、何となく幼さというかあどけなさを感じた。
荷物は持って無いが、一冊の小説を手に持っている。
タイトルまでは見えなかったが、本の背表紙についたシールの色で恋愛小説という事は分かった。
「君、よく図書室くるよね」
女の子は言った。
「まぁ……」
曖昧な返答をする。
ここで僕のコミュニケーション能力というものが透けた。
「本が好きなの? 」
「嫌いでは無いです」
どうしても『好き』とは言えなかった。
「私もいつも……というか毎日図書室に来てるんだけど見覚えない? 」
彼女がそういうので、顔をじっと見てみる。
綺麗な黒髪のロング、好奇心と探究心がかけ合わさった様な瞳。
何だか不思議なものを感じて、僕はそのままじっと見つめ続ける。
すると、彼女の頬が真っ赤になって離れた。
「ど、どう? 思い出した? 」
「えぇ、覚えてます」
またやってしっまった。
僕は彼女の事なんて知らない。
「ほんと!? いや〜覚えてくれてて嬉しいよ」
彼女は子供みたいに無邪気に喜んだ。
僕はそれをみて密やかな満足感を覚える。
「じゃ、じゃあさ。名前とか分かる? 」
「……分かりますよ」
僕はチラッと、彼女の足元を見る。
そこには上履きがあった。
そう、上履きには名前が書かれている。
ん?
緑色?
うちの学校は学年別で上履きの色が変わるのだが、彼女の上履きの色は緑色だった。
緑色は三年生。
つまり1番上だ。
てっきり年下かと思っていたら先輩だったのか。
それよりも、まずは名前を確認しなくてはいけない。
もう一度、バレないように一瞬だけ上履きを見る。
「葵 蒼」
僕はそう、呼んだ。
だけど、彼女は何だか期待通りでは無かったのか、ちょっぴりがっかりした表情を浮かべる。
僕は何だか小さな喪失感を味わった。
「私はね、葵 蒼って言うんだ。あおいあお。当たり前の話」
彼女がそう言った直後、彼女の携帯が通知音を鳴らした。
『ちょっとごめんね』と言って携帯を取り出して画面を開いた彼女は、露骨に嫌な顔をする。
「はぁ……、ごめんね」
申し訳なさそうに謝られる。
それより話しかけてきた理由が知りたい。
「私行かなきゃ、ありがとね」
しかし、僕の返答を挟む間も設けず、行ってしまった。
何故声をかけられたのかも分からない。
謎だらけだ。
さっき閉じたページを開くと、窓から吹いていたそよ風がいきなり強くなり、詩織を外へと飛ばす。
勢いよく手を伸ばせばキャッチ出来たかもしれないが、僕は風に舞う詩織を見つめる事しか出来なかった。
もう一度だけ風が強くなる。
これが僕と彼女の最初の出会いだった。