第9話 「保護って言葉ほど、信用できないものはないよな?」
目的の街が見え始めたのは、夕焼けが空を赤く染め始めた頃だった。
高い城壁に囲まれた中規模の城塞都市。
門の上には王国の紋章が掲げられ、見張りの兵士が行き交っている。
遠目にもわかるくらい、ここが“防衛拠点”として重要な街だと伝わってきた。
(ふむ……ゲームの時にも似た街はあったが、ここはもっと“戦争の匂い”が濃いな)
門の前には長い列ができていた。
旅人、商人、冒険者──それぞれ身分証を提示し、荷物検査を受けている。
ジャレッドが御者台から降り、護衛隊に言う。
「ここから先は俺が話す。全員、怪しい動きはするな。特に玄道、お前は目立ちすぎる」
「努力はしてみるよ」
とはいえ、もう十分目立っている気はする。
“倒木と敵襲の現場で戦ってきた男”と、“ただの街に来た旅人”はどうしても雰囲気が違う。
列に並び、順番を待つ。
その間も兵士たちの視線が時折こちらへ向く。
【マスター、門兵の視線の頻度が他者より高いです。何人かは明らかにこちらを“確認対象”としてマークしています】
「ギルドの情報、もう回ってるか」
【おそらく、“南の街道で謎の襲撃あり”という報告もセットで伝わっている可能性が高いです】
やがて隊商の番が来た。
門兵の代表らしい男が前に立ち、ジャレッドと慣れた様子で言葉を交わす。
「よく無事に戻ったな、ジャレッド。南の街道はかなり荒れていると聞いていたが」
「あぁ、正直ギリギリだった。魔物じゃない連中に襲われたんだ。“名も名乗らない連中”にな」
門兵の表情が険しくなる。
「……またか」
「また?」
俺が思わず口をはさむと、門兵は一瞬だけこちらを見た。
「あんたが玄道勝利か?」
(名前、もう出回ってるのかよ)
「あぁ、そうだが」
「そうか……後で“話がある”そうだ。今は通行手続きを優先する」
門兵はそれ以上は語らず、手際よく手続きを進めていく。
商隊の積荷は書類と照合され、問題はないと判断された。
全員が街に入った瞬間──空気が変わった。
門の内側、少し開けた広場に、規律正しく並んだ兵士たち。
その前には、豪奢な軍服を纏った男と、白いローブの魔術師風の女が立っていた。
(あぁ、来たな。“上”が)
ジャレッドが小さく舌打ちする。
「玄道、気をつけろ。あれは王国軍の中でも“普通じゃない方”だ」
「見ればわかる」
軍服の男が一歩前に出た。
髪は金色、背筋は真っ直ぐ、声はよく通る。
「王国第三駐屯軍・ラディン男爵だ。商隊ジャレッドの一行と、その護衛──よく無事に戻った。礼を言う」
一応、礼から入るあたり礼儀はわきまえているらしい。
ジャレッドが答える。
「ラディン様、無事戻れたのは護衛の皆と──特に玄道のおかげです」
「そうか。……玄道勝利、前へ」
指名されるのをわかってはいたが、改めて呼ばれると少しだけ面倒くささが増す。
俺は一歩前へ出た。
「玄道勝利だ」
ラディンは俺をじっくり観察する。
品定めというより、“危険物かどうか”を確かめる視線だ。
「南の街道で“正体不明の武装集団”に襲撃を受けたな?」
「あぁ。商隊と護衛隊ごと“俺の身柄”を狙ってきた。盗賊の類じゃない」
「報告は受けている。君が防いだそうだな」
「皆と一緒にな。俺一人じゃ守り切れなかった」
俺の言葉に、護衛隊の何人かが少し照れたように笑う。
クロードは堂々とうなずいている。
ラディンは目を細めた。
「謙虚だな。だが、我々は君を警戒しなければならない立場でもある」
(まぁ、そう来るよな)
その瞬間、白ローブの女が一歩前に出た。
青い瞳、冷たい表情、細身の体。
いかにも“研究者”といった雰囲気だ。
「王国魔術研究所・第七特別観測班所属、リエラ。あなたの魔力と加護を“検査”するために来ました」
「……検査?」
「ええ。“保護”とも言います」
保護、という言葉に、護衛隊の何人かが眉をひそめた。
クロードは露骨に不快そうな顔をする。
「保護ってことは要するに、“勝手なことすんな、国の管理下に入れ”って意味だろうがよ」
「そう解釈されても仕方ありませんね。ですが、王国としては“放置できない”のも事実です」
リエラは淡々と言う。
「あなたは異世界人。規格外のステータス。創造神の寵愛持ち。正直に言えば、“世界の安定を崩し得る存在”です」
(……スキル構成まで筒抜けかよ)
俺はわざと軽く笑ってみせた。
「俺のステータスまで把握してるってことは、さっきの連中と“繋がってる”可能性もあるんじゃないか? 異世界人狙いで動いてる組織がいるらしいが」
その言葉に、ラディンの表情が微妙に揺らぐ。
リエラは目を細め、一瞬だけ言葉を選んだ。
「……さっきの襲撃者については、現在調査中です。ですが、私達とは別系統の暗部でしょう」
「別系統ね」
「どちらにせよ、“あなたが狙われている”現状に変わりはない。だからこそ、王国の管理下に置き、安全を保証する必要があるのです。……それに、“あなた自身も”知りたくありませんか?」
「何をだ?」
「あなたが、この世界でどう扱われるのか。
異世界人が過去、何をして、どうなったのか。
創造神マール・ヌーヴォーと呼ばれる存在が、この世界で“どこまで認識されているか”。」
胸の内に、ほんの少し刺さるものがあった。
マールの名前を、王国の魔術研究所の人間が知っている。
それはつまり、「この世界の歴史に、女神マールが絡んでいる」証拠だ。
(……正直、興味はある)
過去の異世界人。
創造神の認識。
この世界の“ルール”。
知識は力だ。情報は戦力だ。
それを得られるなら、王国の研究所に一度足を踏み入れる価値はある。
だが──
「保護、ね」
俺はゆっくりと言葉を選んだ。
「“任意同行”か、“強制連行”か。どっちだ?」
ラディンとリエラが一瞬だけ視線を交わす。
ラディンが答えた。
「建前としては任意同行だ。だが君が拒むなら、“危険人物として拘束せよ”という命令が上から出ている」
「……素直だな」
「隠しても意味はない。君ほどの実力者を騙そうとしても、むしろ信用を失うだけだ」
確かに、そこは評価できる。
嘘で誤魔化そうとしないあたり、最低限の信頼は置けるタイプだ。
護衛隊の誰かが息を呑んだのがわかった。
クロードが前に出て叫ぶ。
「おい、ちょっと待てよ! 玄道は俺達の命の恩人だぞ! 命懸けで守ってくれた奴を、今度は囚人扱いかよ!」
ジャレッドも口を開く。
「ラディン様。玄道は確かに常識外れかもしれませんが、少なくとも俺達に危害を加えるような人間じゃありません。扱いを間違えれば――」
「わかっている」
ラディンは二人を制し、俺をまっすぐ見た。
「だからこそ、“丁重な保護”という形を取る。檻に入れるつもりはない。研究所の宿舎を使い、一定の自由は保証する」
「“一定の”ってところが怖いんだがな」
「君の立場を考えれば、完全な自由は与えられない。だが、“共に世界を守る側”としての関係を築ける可能性はある」
(共に世界を守る、ね……)
マールの言葉を思い出す。
――どうか、100人トッププレイヤーをまとめあげた貴方に世界を救って欲しいのです。
あの時、マールは確かにそう言った。
今の会話と、妙な一致を見せている。
【マスター、選択肢です】
「わかってる」
【1:王国の“保護”を受け、研究所へ同行する
2:拒否し、ここから即座に離脱する
3:一時的に同行しつつ、内情を探る前提で動く】
(3だな)
俺はラディンとリエラを見ながら言う。
「わかった。“同行”しよう。ただし条件がある」
「聞こう」
「一つ。商隊と護衛隊には一切危害を加えないこと。俺を狙ったことで、これ以上周りを巻き込みたくない」
「約束しよう。彼らは立派に任務を果たした。むしろ褒賞を与えるべきだ」
ジャレッド達が安堵の表情を浮かべる。
「二つ目。“俺に関する研究内容は、必ず俺に開示すること”。黙って実験台にされるのはごめんだ」
リエラがわずかに目を見開き、それから苦笑した。
「……強気ですね。でも、いいでしょう。少なくとも私の班では、あなたを“モルモット扱い”するつもりはありません」
「三つ。俺がこの国にとって“世界を守る戦力”にならないと判断した時は、きちんと話し合うことだ。その時には、俺も遠慮なく席を立つ」
ラディンは数秒考え、それから頷いた。
「いいだろう。その条件、ここで俺が承認する。王国第三駐屯軍の名において約束しよう」
その一言で、護衛隊の表情から大方の不安が消えた。
クロードが頭をかきながらぼやく。
「……まぁ、玄道が決めたなら俺は何も言わねぇ。ただひとつだけ言わせろ」
「なんだ?」
「絶対死ぬな。檻の中でも牢の中でも、敵のど真ん中でもいいから、生きて帰ってこい。次は一緒に酒を飲むぞ」
「酒は弱いんだがな……努力はしてみるよ」
そう返すと、クロードは豪快に笑った。
ジャレッドも手を差し出す。
「ここまで護衛してくれて、本当にありがとう。……また必ず会おう」
「おう。次に会う頃には、俺も少しはこの世界に慣れてるだろうさ」
握手を交わし、短い別れを告げる。
そして俺は王国軍の馬車へ乗り込んだ。
行き先は──魔術研究所。
リエラが向かいの席に座り、静かに俺を観察する。
「……ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「怖くないんですか? 私達に付いてくることが。利用されるかもしれないのに」
俺は少し考えてから答えた。
「怖くないと言えば嘘になる。だが──何も知らないまま敵だけ増える方がもっと怖い」
「……」
「それに、マール様に言われたからな。“世界を救って欲しい”って。
だったらまず、この世界が何を抱えてるのか、ちゃんと知る必要があるだろ?」
リエラは初めて、わずかに表情を崩した。
それは、研究者としての興味と、人としての敬意が入り混じった、複雑な笑みだった。
「……やっぱり、あなたは“普通じゃない”ですね」
「九十年間ゲーム廃人やってたジジイに普通を求めるな」
「ふふ……それは確かに」
馬車が城壁の内側を進んでいく。
石造りの建物、魔力灯、兵士の訓練場、魔法の光が走る塔──
この国の“頭脳”へ向かっているのが、嫌でもわかる。
【マスター、環境変化。安全度は一時的に上昇しましたが、監視度も急増しています】
「監視されるのは今に始まったことじゃないさ。どうせこの世界に来た時点で、マールにも見られてる」
【それは……まぁ、そうかもしれませんね】
「なら、堂々としてりゃいい。俺は俺のやり方で、この世界を“遊び尽くす”」
そう口にした瞬間、心のどこかでマールの笑顔が浮かんだ気がした。
──異世界転生した九十歳のゲーム廃人、
今度は“王国の頭脳”の真ん中へ突っ込むことになったらしい。
面白くなってきたじゃねぇか。




