第8話「敵の目的。そして、“世界の裏側”の名前」
遭遇戦からおよそ一時間。
南の街道を抜けるまで、護衛隊の誰もが無言だった。
沈黙は恐怖ではなく、考え込む沈黙だ。
玄道は馬車の後部、揺れる木枠に背を預けていた。
風が土埃と草の匂いを運び、どこか乾いた空気が続く。
敵は一切の痕跡を残さなかった。
倒木も、魔力刃の残留も、魔力痺れを受けた兵も。
逃げる直前に何かの魔術で証拠を消している。
(あれは兵士ではなく“影”だ。表に出ない組織が動いてる)
そう理解した矢先、ジャレッドが声をかけてきた。
「……玄道。少し話がある」
馬車は止まらないが、戦闘警戒が緩み、仲間全員の耳がこちらへ注意を向ける。
「さっきの敵――お前を狙っていた。俺達商隊を狙っていたわけではない。それで間違いないか?」
「あぁ。俺以外の者を殺す意図は薄かった。脅しあっても、護衛全滅が目的じゃない」
「……敵は最初から“お前個人”を狙っていたわけだ」
クロードも腕を組んだまま、真剣な顔で聞いている。
「お前、心当たりは無いのか? 商隊の荷を狙ったわけでも、金でもねぇ。お前の名前だけピンポイントで把握してやがった」
「心当たりは……無い。俺は転生前の知り合いに恨まれてもいないし、この世界の人間に悪さをした覚えもない。今日来たばかりだ」
冒険者たちの間にざわりと困惑が広がる。
「じゃあなんで狙われんだ? 意味がわからんぞ」
「名前を知ってるのもおかしい……登録してすぐに襲撃って早すぎる」
「ギルドの内部情報か……もしくは王国の情報局か……?」
そこでジャレッドが深い呼吸をして、重く言った。
「……この依頼、ギルドからの通達は“魔物増加による護衛依頼”だった。だが裏ではもうひとつの情報がある」
玄道はジャレッドの視線をしっかりと受け止めた。
「玄道──この護衛任務は、“お前に戦わせて実力を測るための依頼”だった可能性がある」
馬車内がざわつき、クロードが鋭く問い詰める。
「どういう意味だよジャレッド。俺達を実験台に使ったってことか?」
「違う。ギルドが仕掛けたというより“ギルドの上層に潜り込んでいる別組織”が意図を混ぜたんだ」
ジャレッドは周囲を見渡し、言葉を慎重に紡ぐ。
「この国には──表向きの“王国”とは別に、《裏組織》が存在する」
冒険者の何名かが唾を飲んだ。
この話は一般に知られている噂ではない。
ジャレッドは続ける。
「国の中枢に“公的に存在しない兵力”があると言われている。王族の影、聖職の影、あるいは古い王家の残党とも噂されている。名前も目的も不明。だが……昔から、異常な力を持つ者を監視・排除する動きを見せる組織だ」
(そうか……俺が狙われた理由、それだな)
俺は“異常な力を持つ者”。
創造スキルと、スキルの深度。
隠しステータス“加護”──創造神の寵愛。
この世界に転生した瞬間から、俺は“特別”だった。
それを“排除すべき危険要素”と判断した勢力がある。
ジャレッドが絞り出すように言う。
「俺は今まで多くの護衛任務をしてきた。だが今回の襲撃は異質だ。“狙いが誰か一人”というのは、大きな恐怖を持った組織のやり方だ」
俺はジャレッドの言葉を正確に受け止めて言う。
「つまり──“俺がこの世界にいること自体が危険視されている”ってわけだ」
沈黙が落ちる。
冒険者たちは目を逸らさず、だが怯えずに聞いている。
それだけ護衛隊の覚悟は強いということだ。
そして、ジャレッドが声を潜めて続けた。
「……実は、商隊の荷物にも“同じ情報”が関係している」
俺はそれに静かに反応した。
「荷物……“ただの商品”じゃないってことか」
「あぁ。表向きは交易品だが、実際は“国の魔術研究所に送る資料”が積んである」
冒険者達が目を見開いた。
「魔術研究所……国家機密かよ」
「こんな依頼、よく受けたな……!」
「狙われるわけだ……」
ジャレッドは首を振った。
「だが、資料自体はそこまで重要じゃない。中身が“問題”なんだ」
「中身……?」
「“異世界人の存在に関する記録”だ」
空気が凍りついた。
クロードが低く呟く。
「……異世界人? つまり、玄道みたいに別の世界から来た奴か」
「そうだ。その記録が盗まれればこの国の均衡が崩れる。異世界人を兵器として研究する勢力が動き出すだろう」
俺は確信した。
敵は“俺の存在”を知った上での襲撃だった。
俺が異世界から来たと察知している勢力がいる。
ジャレッドが重い声で言う。
「玄道、今回護衛依頼を受けてくれて本当に助かった。恐らく俺達だけなら全滅していた。だが──ここから先は、お前に決めてもらいたい」
馬車が軋み、護衛達が息を飲む。
「俺達は荷物を届けなきゃいけない。だが同時に、敵は“お前を狙って追ってくる”。このまま護衛を続ければ、お前はさらに命を狙われる。逆にお前が降りれば、商隊は安全になりやすい」
ジャレッドは言い切る。
「選択権は──玄道、お前にある」
その瞬間、護衛全員が玄道を見た。
怯えではない。
不安でもない。
“覚悟ある者の目”だ。
クロードが叫ぶ。
「俺はどっちでも構わねぇ! 玄道が残るなら全力で戦う! 離れるなら絶対死ぬんじゃねぇぞ!」
魔法使いの青年も言う。
「俺は正直怖い……でも、玄道さんの判断に従いたい。命の恩人だから!」
弓使いの少女も震える声で続ける。
「玄道さんが一緒にいてくれたら安心する……けど、無理はしてほしくない……!」
みんなの視線が重なり、俺に託されている。
【マスター、選択肢の確率分析を行いますか?】
「いや、必要ない。これは計算で決める話じゃない」
俺は全員の顔を順に見た。
もう“仲間”だ。
俺だけ逃げて、この人達が死ぬ未来を想像できるわけがない。
(結論はひとつだ)
「俺は──このまま護衛を続ける」
その瞬間、馬車の周囲の空気が変わった。
恐怖が消えたわけではない。
だが“覚悟”が上書きした。
「敵が来るなら来い。守る依頼だろ? 最後まで守り切る。それが“護衛”だ」
ジャレッドは表情を崩し、深く頷いた。
「……ありがとう。全員、玄道に感謝しろ」
クロードが笑う。
「ははは! やっぱり好きだぜ玄道! 死ぬなよ!」
冒険者たちも武器を構え、次の戦いへ備える。
馬車は進む。
街の灯はもう見えない。
草原の先に、次の街の影がぼんやり浮かぶ。
だがその道は必ずしも平和ではない。
“異世界人”を狙う組織。
国の裏で暗躍する影。
そして、資料が示す“真実の歴史”。
玄道勝利は、静かに視線を前へ向けた。
「……やることが増えてきたな。だが、悪くない」
【マスター、心拍数上昇。精神状態は安定、士気は極めて高いです】
「だから分析するなって言ってんだろ」
【でも、誇らしい気持ちなのは本当ですね】
「……うるさい」
だが、確かに胸が熱い。
九十年前の少年のように、冒険の高揚がある。
そして──
本当の戦いが始まる。




