第7話「街道の罠。そして“冒険者でも盗賊でもない”者達」
南の街道は、地図で見るより荒れていた。
馬車の車輪が揺れ、土埃が舞い、遠くでは獣の遠吠えが木霊している。
陽射しは強いのに、空気はどこか重い。
“ここから先は無事では済まない”と告げられているかのような気配だ。
【マスター、周辺の反応を定期的に探知しています。今のところ魔物や大型獣は検知されません】
「ありがたいが……逆に静かすぎるな」
俺の言葉に、クロードがうなずく。
「南の街道ってのはよ、だいたい“序盤に魔物が襲ってきて強敵が出る”って流れなんだが……今日は妙だ。魔物の気配がねぇ」
ジャレッドも警戒の視線を前方へ向けたまま言う。
「状況が読めないのは一番危険だ。全員、気を抜くな」
護衛達はそれぞれ武器に手を置き、周囲を睨みながら進む。
数十分が過ぎた頃だ。
馬車の速度が唐突に落ちた。
「どうした?」
御者が手綱を引きしぼり、声を張り上げる。
「前方に倒木! 道を塞いでます!」
(……来たか)
護衛達はすぐに隊列を固め、周囲の警戒を強める。
だが――魔物の気配は依然として無い。
俺は馬車から降り、倒木を確認しに近づく。
幹は太く、根元から折れている。自然倒木のようにも見えるが──
幹の切断面を指でなぞる。
(刃物の跡……しかも“魔力加工した刃”か)
わずかに魔力が残っている。
つまりこれは、意図的に道を塞ぐために置かれた障害物。
ジャレッドが低く問う。
「盗賊か?」
「……いや、盗賊にしては違和感がある」
「違和感?」
「盗賊なら獲物を逃さないため、必ず《先制攻撃》を仕掛ける。倒木で道を塞いで“挟み撃ち”にするのが常套手段だ。だが攻撃がない。姿も見せない」
クロードが腕を組む。
「じゃあ何だ? 魔物の群れでも出てくるってのか?」
「それも違う。魔物はこんな精密な切断をしない。しかも魔力刃を使うような魔物は滅多にいない」
つまり──
(魔物でも盗賊でもない“高度な意図”を持った人間の仕事だ)
そう考えた瞬間。
風が変わった。
肌に絡みつくような圧迫感。
遠くの草原に“気配を消した視線”がいくつも向けられているのを感じる。
【マスター、周囲に十数の生命反応。魔力反応も非常に高いです。隠密スキル持ち……いや、それ以上】
俺も同時に察知する。
(気配察知すら突破しようとしている……レベルが違う)
護衛達はまだ気づいていない。
“見えていない敵”は、冒険者にとって最悪だ。
「全員戦闘準備だ! 敵は魔物じゃない、人間だ!」
俺が叫んだ瞬間だ。
草原の左右から、黒い布のフードを纏った者達が一斉に姿を現した。
合計十四人。
武器は短剣・魔導書・槍・杖とバラバラ。
盗賊のような乱雑さはなく、動きは軍人のように統率されている。
ジャレッドが叫ぶ。
「──敵だ! 全員構えろ!」
クロードは片手斧を構え、戦士達も盾を前に出す。
魔法使い達は詠唱の準備を始める。
だが敵は攻撃してこなかった。
服装の同じフードの集団が横一列に整列し、先頭の人物が一歩出た。
フードの奥には深い紅の瞳が潜む。
「……護衛隊に告ぐ。我々は商隊の荷物を狙っているのではない」
低く、落ち着いた声。
「では何が目的だ?」
ジャレッドが鋭く問う。
先頭の人物はゆっくりと後ろへ視線を向け、そして──俺を指差した。
「“玄道勝利”を引き渡せ。抵抗すれば全員殺す」
空気が凍った。
護衛全員が俺を見た。
ジャレッドの表情がわずかに強張り、クロードが歯を食いしばる。
俺は前に出て聞く。
「理由は?」
敵の指揮官はフードを少し上げた。
紅い瞳がまっすぐ俺を射抜く。
「理由を話す必要はない。ただ命令を遂行するだけだ」
その言い回しは盗賊のものではない。
狂信者でも傭兵でもない。
“組織の命令で動く暗部”特有の冷徹だ。
【マスター、彼らの装備・身体能力・魔力……どれも高水準。護衛隊全員を守りながら戦うのは難易度S以上です】
「ん……やっぱり“護衛依頼の本質”は“護衛側の実力試し”じゃなかったわけだ」
【おそらく最初から“あなたを狙っていた”可能性が高いです】
(だろうな。俺がギルドで注目された瞬間から、すでに見張られていた)
敵は一斉に武器を構える。
「返事は一度だけだ──玄道勝利を渡すか?」
ジャレッドが答えようとした瞬間、俺が先に言う。
「馬鹿言うな。俺は荷物じゃねぇ。俺は護衛の一員だ。渡す義務なんざない」
「……交渉決裂だ」
敵の指揮官が短く呟いた。
魔力が一斉に爆ぜる。
詠唱の気配……矢の気配……魔力の渦……暗殺者の歩法。
四方向からの同時殺害パターン。
そして俺は理解した。
(俺は強くても、“守る依頼”で失敗すれば全滅する)
ジャレッド達もただじゃ済まない。
クロードは戦士と言えど、不意を突かれれば死ぬ。
魔法使いたちも詠唱中を狙われるのは致命的。
“俺が生きるため”じゃない。
“護衛任務を成功させるため”に必要なのは──
敵の攻撃を受ける前に、すべて制圧すること。
「全員伏せろ!!!!」
叫ぶより先に体が動く。
エルが指示を重ねる。
【敵魔法詠唱完成率68%! 矢射出予測3秒後! 槍突撃2秒後! 暗殺者接近0.8秒後!】
「全部把握した──任せろ」
俺は馬車から跳躍し、空へ飛び上がった。
敵の視線が一斉に上へ向いた瞬間。
「《創造》──『絶対防御の陣』!」
空中に魔法陣を描き、爆発的に展開させる。
円状の陣から光の壁が波紋のように広がり、護衛隊と馬車を瞬時に覆う。
矢・魔法・槍・暗器・衝撃……すべて光の壁に弾かれた。
その隙に俺は空中から敵陣地へ急降下。
「寝てろ」
地面に拳を軽く突き立てる。
爆発でも衝撃でもない。
無数の“魔力痺れ”を地中に流し込み、広範囲の人体神経を一瞬だけ麻痺させた。
十三人の影が同時に膝をつく。
立っているのは、敵指揮官一人だけ。
紅い瞳が、微かに動揺した。
「……やはり化物か。力の階級が違う」
「まだ抵抗するなら続けるが?」
「いや、撤退する。命令の失敗は許されるが、損耗は許されない」
指揮官は短剣で自らの腕を切り裂いた。
血が地面へ落ちた瞬間、術式が展開される。
紅い霧が一気に発生し、全員の姿が掻き消され──無音のまま消失した。
【消えました……位置追跡不可です】
俺は深く息を吐いた。
「……ただの盗賊なんかじゃないな。国規模か、宗教か、諜報機関か」
静寂を破るように、護衛隊が立ち上がる。
クロードが俺の肩を掴み、大声で笑う。
「ははは! とんでもねぇなお前!! 背中預けるどころか俺達全員“守りやがった”!!」
ジャレッドも押し殺した声で言う。
「……本当に……護衛だったんだな。仲間を守るために戦った」
冒険者達が次々と頷く。
「玄道がいなきゃ今頃全滅だった」
「ありがとう……命を救われた」
「本物だ……間違いなく“本物”の護衛だ」
その言葉を聞きながら、ひとつだけ胸の中で確信した。
俺はただ強いだけじゃダメだ。
“守れる強さ”こそ、この世界を生き抜く答えだ。
馬車は再び街道を進み始める。
だが、敵指揮官の最後の言葉が頭に残った。
──“玄道勝利を引き渡せ。抵抗すれば殺す”──
(なぜ俺の名前と存在を知っていた? ギルドは今日登録したばかりなのに)
違和感が膨れ上がっていく。
【マスター……敵の発言に矛盾があります】
「わかってる。俺を狙っていた“理由”がある」
風が吹き抜けた草原で、俺は静かに目を閉じる。
守るべきものは増えつつある。
だが同時に、俺を狙う影は確実に広がっている。
この先の戦いは、ただの依頼じゃ済まない。




