第6話「護衛依頼開始。信用なき実力者」
南門へ向かう途中、街の景色が徐々に変わっていく。
中心街の賑わいは消え、倉庫や馬小屋が並び、旅支度をする冒険者や商人の声が飛び交っている。
現実世界の物流拠点だ。人の生死が、金と品に直結する。
門前には木製の荷馬車が三台。
その周囲に鎧やローブを纏った冒険者達が十数人集まっていた。
依頼内容には推奨人数3〜6と書かれていたが、実際はもっと多い。
緊急依頼らしい緊迫感が漂っている。
(南の街道は今、“危険地帯”になっている……と)
商隊を守るのではなく、“守り切れるかどうかが試される”依頼だ。
【マスター、参加冒険者の戦闘力を簡易計測……平均よりやや上。精鋭ではありませんが弱くもありません】
「つまり、実力はあるが死ぬ可能性も高いってことだな」
【はい】
商隊側、そして護衛側のどちらも空気が張り詰めている。
一歩踏み出すと、すぐに視線が集中した。
「……あいつが例の“新人Cランク”か?」
「今日登録したばかりで昇格って噂の?」
「スライムを高品質で十数体倒したらしいぞ。普通あんなことできねぇ」
「いや、やりすぎて危険人物扱いだろ……」
ざわめきが波のように広がる。
その中心、商隊の責任者らしき男が腕を組んでこちらを見る。
鍛え上げられた体躯、鋭い目つき、灰色の短髪。
ただの商人ではない。
「名は」
一切の前置きなしの低い声。
「玄道勝利だ。今日から世話になる」
責任者の男は数秒沈黙したあと、短く返す。
「俺は商隊隊長のジャレッド。護衛の統括も担う。……一応聞くが、本当にランクCなのか?」
「あぁ。ギルドでそう言われた」
「そういうことじゃない。“実力がCか”って聞いてんだ」
周囲の冒険者たちの空気がさらに険しくなる。
玄道はあくまで淡々と答える。
「実力の評価は任せる。依頼は真面目に果たすだけだ」
その言葉に、ジャレッドは眉ひとつ動かさずさらに問う。
「仲間は? 連携スキルは? 過去の護衛経験は?」
「仲間はいない。一人だ。護衛経験もこの世界ではゼロだ。ただし──」
玄道はジャレッドの視線を正面から受け止めた。
「“守る”ことには自信がある」
そのひと言で、冒険者たちが一斉にざわついた。
「自信だけなら誰でも言えるだろうが!」
「護衛ってのはなぁ、火力自慢だけじゃ務まらねぇんだよ!」
「新人はすっこんでろ、足手まといになるだけだ!」
暴言が飛び交う。緊張が爆発寸前まで高まる。
だが玄道は揺るがない。
反論も怒号もなく、ただ静かに状況を観察している。
【マスター、反感指数が急上昇。衝突が起きる可能性97%】
「そりゃ望ましい状況じゃないな」
タイミングを測り言葉を選ぶ。
「俺はお前らの足を引っ張るつもりはない。役に立つ。だが、必要以上に前に出る気もない。指揮系統はジャレッドに従う。それでどうだ?」
言い切ると、ジャレッドは初めて表情を変える。
驚きではなく、興味だ。
「……自分が最強だと喚き散らすタイプではない、か」
「最強かどうかはどうでもいい。依頼を成功させて生きて帰れりゃそれでいい」
その一言は、玄道の本気の本音。
虚勢でも誇張でもなく、“現実世界で生き残るため”の思考だ。
冒険者たちの怒りが少し和らぎ、代わりに困惑が生まれる。
だが──空気を敵対に戻す者が一人いた。
重装鎧の大男がズカズカと歩み寄ってきた。
身長2メートル近い巨体、顔には無数の傷。
ワイルドさではなく“攻撃性”を塊にしたような男だ。
「俺はギルドランクB、クロードだ。力でのし上がってきた。こういう“急成長野郎”が大嫌いなんだよ」
(来たな、“力ずくで順位を決めるタイプ”)
クロードが玄道を睨みつける。
「この依頼は命懸けだ。足引っ張る奴は殺されて当然の世界だ。だからよ──お前の実力、ここで証明しろ」
挑発ではなく、本気の確認。
仲間を守るため“弱い奴はいらない”という考えだ。
周囲の冒険者たちが息をのむ。
玄道は深く息を吐き、肩を落とす。
「証明しろって……どうすりゃいい?」
「──俺を倒してみせろ」
静まり返る空気。
みんなが悟った。
これは半端な戦いでは終わらない。
ジャレッドが止めようと口を開く。
「待てクロード、ここで揉めれば──」
「ジャレッド、俺の役割は“挑発”じゃねえ。“選別”だ。弱い奴を入れたら商隊の全滅に繋がる」
それは正しい。
残酷だが、護衛依頼という現実において間違っていない。
「方法は問わねえ。素手でも武器でも魔法でもいい。俺を倒せりゃ認めてやる。倒せなきゃ帰れ」
クロードは両腕を広げ、無防備な姿勢で立つ。
「正面から来い。背中から殴ったら殺す」
玄道は一度だけ空を仰いだ。
(……面倒くせぇ)
だが“証明”は最短で済ませるべきだ。
玄道は前へ歩く。
誰もが次の瞬間を固唾を飲んで見守っている。
剣も魔法も使わない。
姿勢も変えない。
ただ、クロードの目の前まで歩く。
クロードは鼻で笑う。
「武器も構えねぇのか? 終わったな──」
「始まってすらいない」
玄道は 足元の石畳を“軽く踏んだだけ” だった。
空気が爆ぜた。
小石が跳ね、土埃が舞い、衝撃波がクロードの体を真横から吹き飛ばす。
重装甲の巨体が、木箱・樽・荷袋をなぎ倒しながら十数メートル転がった。
だが──鎧はひとつも壊れていない。骨も砕いていない。
正確に“吹き飛ばしただけ”。
クロードは壁に背中を打ち付け停止する。
数秒の沈黙の後、笑い声が爆発した。
「……っは、はは……! いいぜ……! 完敗だ……!」
踏みつけられたプライドではなく、強者を認めた笑み。
クロードは立ち上がり、玄道の肩を掴む。
「よくやった。手加減が化け物じみてる。お前なら背中預けられる」
大男のその言葉は想像以上に大きな影響を与えた。
硬直していた冒険者達が、一斉に評価を覆す。
「クロードが認めた……!?」
「じゃあ実力は本物だ」
「心配しすぎだったみたいだな」
「頼りになる奴が増えるのは歓迎だ」
敵意も緊張も、音を立てて崩れた。
ジャレッドが前に進み出る。
「……実力、しかと見た。玄道勝利──護衛隊へ正式に迎える」
握手を差し出してくる。
「あぁ、よろしく頼む」
手を取った瞬間、戦う前の空気とは完全に違うものが生まれていた。
敵ではなく仲間。
信用ではなく信頼の芽。
「全員乗れ! 出発だ!」
ジャレッドの声で冒険者達が馬車に乗り込む。
クロードは隣に座り、豪快に笑う。
「お前がいてくれるなら安心だ! 今日は俺、死ぬ気が起きねぇ!」
「勝手に死ぬなよ。護衛の意味がなくなる」
「はっは! その冗談いいな! 好きだぜ玄道!」
【マスター、評価指数の大幅上昇を確認。人間関係の構築、極めて順調です】
「ああ……わかってる。こういうの、悪くないもんだな」
荷馬車が軋む音とともに、街の門が開かれる。
南の街道──危険地帯。
魔物、盗賊、さらには“人外”まで現れると噂される地。
風が強く吹き、草木がざわめく。
玄道勝利は、新たな戦場へ足を踏み入れた。




