第5話「依頼達成と、揺らぎ始める評価」
ギルドの建物が見えてきた。
スライムの魔石がずっしり入った革袋を肩にかけ、俺は入口の重厚な扉を押し開ける。
中は相変わらず騒がしい。
昼間にも関わらず飲んだくれている連中、カード賭博に熱中する連中、依頼人と交渉している冒険者……混沌そのものだ。
ただ、一つ前と違っていることがある。
(……視線が増えたな)
俺が入った瞬間、酒杯を止めた者は二十人以上。
武器の柄に手をかける者も数名。
“新人が大勢のチンピラを瞬殺した”という噂は完全に広まっている。
冒険者たちの視線には、恐れだけでも羨望だけでもない。
“強い者を評価し、同時に警戒する”ハンター特有の目だ。
その空気を無視して受付へ向かう。
さっき応対してくれた女性職員が、緊張が走った表情で立ち上がった。
「お、お帰りなさい! ……ま、まだ昼ですが、もしかして……」
「あぁ。《森のスライム討伐》達成だ」
革袋をカウンターへ静かに置く。
女性職員が袋を開き、中を確認した瞬間、目を大きく見開いた。
「こ、こんなに……しかも魔石の状態がとても良い……! 破損や溶解は一つもありません……」
「損害の出る倒し方はしてないからな」
まるで宝石を扱うように魔石を慎重に取り出し、魔力測定器にかけていく。
ひとつひとつ判定するたびに、女性の表情が驚愕へ変わっていく。
「討伐数、規定を大幅に上回っています……品質も全て〈一級〉……!」
周りの冒険者たちがざわつき始めた。
「スライムを一級品質で回収?狂ってやがる……」
「普通なら酸で溶けるか、爆発するか、魔石が濁るんだぞ……」
「“新人”のやることじゃねえ」
「いや討伐数が異常だろ……袋一つじゃ収まってねえじゃねえか?」
ひそひそ声が大きなうねりとなり、場の雰囲気が一変していく。
(良くも悪くも注目を浴びすぎだな……だが隠す理由もない)
やがて女性職員が改めてカードを携え戻ってきた。
「玄道勝利様──依頼達成を確認しました!報酬として銅貨20枚と、追加報酬の銅貨10枚……それに品質が高すぎるため〈ボーナス〉として銀貨3枚が支給されます」
「銀貨3枚? ずいぶん太っ腹だな」
「通常ではありえません。魔石が一級で揃うことなどまず無いので……ギルドとしても評価せざるを得ません」
女性職員はカードを両手で差し出した。
「──冒険者ランクを“F”から“C”へ昇格します」
ギルド中が息を飲む音がした。
「C……? は? 今日登録したばっかだろ」
「まだ依頼一回目だぞ!?」
「ありえねぇ……」
「規格外すぎだ……」
冒険者たちのざわめきがさらに大きくなる。
女性職員は真剣な目つきで俺を見る。
「玄道様。おめでとうございます……ですが、注意もあります」
「聞こう」
「この速度で昇格すると──あなたを“排除しようとする者”と、“利用しようとする者”が必ず現れます。お気をつけください」
その声には心配が滲んでいた。
(優しいやつだな……だがその懸念は当然だ)
圧倒的強者は、構造上“敵”を生みやすい。
自分が上に立つだけで、妬む者・利用する者・恐れる者が増える。
それはゲームでも、現実でも、そしてこの異世界でも変わらない。
「忠告感謝する。覚えておくよ」
俺はカードを受け取った。
《冒険者ランク:C》
文字が刻まれた瞬間──ギルドの空気が決定的に変わった。
酒杯を置き、距離を詰めてくる者。
仲間に目配せをして警戒体制に入る者。
俺を観察しようと目を凝らす者。
【マスター、殺気が高まっています。距離8・6・4メートル、三方向から接近──】
(わかってる)
武器にはまだ手を伸ばさない。
無用な戦闘を避けるためなら言葉での牽制も必要だ。
静かに振り返り、一言。
「俺は喧嘩を売らない。だが買ったら返す。以上だ」
ただそれだけ。
だが──それで十分だった。
圧迫でも威嚇でもなく、淡々とした事実の宣告。
冒険者達は三歩ほど後退し、殺気が霧散した。
(ここは“殺伐”でも“友情”でもなく、実力の世界だ。虚勢はすぐに剥がれる。必要なのは本物だけ)
受付の女性が安堵の表情で囁く。
「……本当に強いんですね。見ていてわかります」
「強いだけじゃダメなんだろうけどな」
「え?」
「生き残るのに必要なのは強さだけじゃない。“見極め”だ」
女性は少し考えるように目を伏せたあと、小さく頷いた。
「──次の依頼、紹介できますが……挑戦しますか?」
俺は迷いなく言う。
「もちろんだ。街で生きるための土台は早めに作る」
「では……適正を考えて、この依頼がおすすめです」
差し出された依頼書には大きな文字で書かれていた。
─────────────
◆緊急依頼《南の街道の護衛任務》
・輸送商隊が魔物の襲撃を受けています
・依頼ランク:B
・推奨人数:3〜6
・危険度:高い
─────────────
「依頼ランクB……Cの俺が受けられるのか?」
「普通は無理です……ですがあなたなら、という評価が上から」
(つまり、早速ギルドの上層に“目をつけられた”ということだ)
女性職員が真剣な目で続ける。
「倒すことだけが目的ではありません。護衛は失敗=死者が出る可能性があります。戦闘力だけでなく判断力も必要です」
「わかってる。だが選択肢は他にない」
名声が広がる=利用価値と危険性が同時に上がる。
ならば評価を“実績”へ変えて固定化するしかない。
ここがターニングポイントになる。
「引き受ける」
依頼書を持った瞬間──ギルド中が再びざわついた。
「BランクをCになったばっかの新人が受けたぞ!?」
「死ぬぞあいつ!」
「いや……ひょっとしたら本物かもしれん」
評価、懐疑、恐怖、希望──全部ひっくるめて俺の背中へ降り注ぐ。
それでいい。
俺はただ、やるべきことをやる。
「南の街道へ向かう商隊はあと一時間で出発します。集合場所は街の南門です。どうか……気をつけて」
「あぁ。ありがとう」
ギルドを出ようとしたとき──受付の女性が小さく呼び止めた。
「あの……」
「ん?」
「どうか……無事で戻ってきてください。あなたみたいな人が死んでしまうのは、嫌です」
その言葉は冗談でも営業でもなく、本心だった。
(……守りてぇと思わせる顔だな)
「約束するよ。必ず戻る」
扉を押し開ける。
【マスター、心拍数が上がっています】
「黙ってろエル、分析すんな」
【はいマスター(でもちょっと嬉しそうですね)】
「うるさい」
南門へ向かって歩きながら、思考を整理する。
スライム討伐は単なる始まり。
次は“護衛任務”──仲間を守る必要がある。
そして失敗は死に直結する。
(面白くなってきたじゃねぇか)
九十年の人生でも得られなかった“生の高揚感”が、今ここにある。
玄道勝利、異世界転生後の最初の大仕事へ出陣。




