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なんと!今年で90歳のお爺さん60年続いたゲームに転生することになりました  作者: 暁 龍弥


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第4話「冒険者登録と、最初の依頼」

ギルドの扉を押し開けると、空気が一変した。


 狩人、魔法使い、重装の戦士、弓使い、商人風の依頼人らしき者たち──様々な職業の人間で溢れている。

 笑い声、怒号、酒の匂い、焦げた肉の香りが混ざり合って、活気に満ちていた。


 VRゲーム時代にも似た光景はあったが、ここは自動生成のNPC達の集まりではない。

 思惑や欲や疲労を抱えた“生きた人間”の巣窟だ。


(……視線が刺さってるな)


 さっきのチンピラを一瞬で倒した噂がもう広まっているのだろう。

 玄道が足を踏み入れた瞬間、酒を飲んでいた者がグラスを止め、会話をしていた者が言葉を飲み、武器に手を置く者までいる。


 警戒、興味、敵意、恐れ──色んな感情が渦巻いていた。


 だが玄道は臆することなく受付カウンターへ向かった。


 受付には若い女性職員がいた。

 亜麻色の髪、凛とした態度、制服は濃い青。緊張したような面持ちでこちらを見る。


旅人たびんちゅの方ですね? 冒険者登録をご希望ですか?」


 声は丁寧だが、わずかに警戒が混じっている。


「あぁ。泊まる場所も仕事も必要だからな。手続きを頼む」


「承知しました。では“登録カード”の作成を行います。こちらの石版に手を乗せていただけますか?」


 指示された場所には黒い板が置かれていた。

 魔力を感知して人物情報を記録する、いわゆる身分証明のようなものらしい。


「こうか?」


 手のひらを静かに石版へ置く。


《冒険者登録開始——対象者確認中》


 淡い光が走り、情報が刻まれていくのがわかる。

 数秒後、職員の手元に小さな金属カードが生成された。


「登録完了です。ランクは最低位の“F”となります。依頼達成で実績を積めば昇格できます」


 職員がカードを差し出す。

 その瞬間、カウンターの奥から別の職員が耳打ちしているのが見えた。


(……俺の戦いぶりを見て心配しているのか。警戒されるのは当然だな)


「また、街での暴力行為に関して注意事項を──」


「俺から仕掛けるつもりはない。売られた喧嘩を最小限で返しただけだ」


 玄道がそう言うと、受付の女性はわずかに肩を緩めた。


「……でしたらいいのですが。ギルドは街の治安維持の役も担っています。無用な戦闘は避けてください」


「あぁ、気をつける。助言ありがとう」


 女性職員は一瞬驚き、次にほっとしたように微笑んだ。


「では依頼をご案内します。初心者の方にはこの三つが人気です」


 カウンター横の掲示板から紙を三枚抜き取って見せてくれる。


─────────────

◆依頼①《森のスライム討伐》

・南東の森にスライムが繁殖しています

・推奨人数:1〜3

・報酬:銅貨20枚

─────────────

◆依頼②《薬草採取》

・東の丘で〈生命草〉を10本採取

・推奨人数:1

・報酬:銅貨25枚

─────────────

◆依頼③《迷子の子犬の捜索》

・街の西の外れで迷子の犬を探してください

・推奨人数:1

・報酬:銅貨22枚

─────────────


 討伐・採取・捜索、どれも初心者向けのスタンダードな依頼だ。


(魔物の強さの基準や、通貨価値も知りたい。まずは実地調査か)


「討伐依頼①を受ける」


 玄道が紙を指すると、受付の女性は頷いた。


「《森のスライム討伐》ですね。討伐数は三体以上で達成と認められます。スライムは弱い魔物ですが、油断すると酸で装備が溶けたり、窒息の危険もあります。お気をつけて」


「情報助かる」


 受付は専用の魔法印を依頼書に押し、玄道に手渡す。


「最後に……念のためお聞きします。仲間はいますか?」


「今のところは俺一人だ」


 玄道が答えると、女性は胸を押さえるように息を呑んだ。


「なら本当に注意してください。ひとりでの依頼は死亡率が上がります。ここはゲームではありません。死ねば……もう戻ってきません」


 その言葉は、重く、鋭く胸を刺した。


(“死んだら終わり”……当たり前だ。これは異世界で、現実なんだからな)


 玄道は真摯に頷いた。


「忠告、ありがとな。気を引き締めて行く」


「はい……ご武運を」


 ギルドを出た瞬間、街の喧騒に戻る。

 だが今は、周囲を観察する目も違う。


 手にした依頼書を見つめながら、南東へ向かう道を歩く。


(スライム程度で苦戦することはありえない。だが問題はそこじゃない)


 魔物がどう動くのか。

 ゲームと同じ生態なのか。

 ドロップ素材は存在するのか、売れるのか。

 経験値という概念はあるのか。

 魔石の価値、素材の相場、街の経済、危険地帯、勢力図──


 全部確認しておかなければ、この世界で生き残れない。


【マスター、すでに戦闘シミュレーションを100通り計算しました。どのパターンでも勝率100%です】


「違ぇよ、エル。勝つのは当然だ。その上で“この世界のルール”を知るんだよ」


【なるほど……そういうことですね】


 森の入り口が見えてきた。


 鬱蒼と茂った草と湿った空気が肌にまとわりつき、奥から何か蠢く音が響く。

 剣を抜かず、拳も構えず、ただ一歩踏み込む。


【……敵、接近】


「来るか」


 草が揺れ、淡く光る粘液の塊が姿を見せた。

 紫色の球体、ぬるりと揺らぐ形。

 目も口もないはずなのに、こちらを“見ている”気配がした。


(スライム……だが、ゲームのとは違うな)


 粘膜が草を溶かし、酸の蒸気が上がっている。


「本物の“生物”ってことか。なら──」


 一歩踏み出し、足の甲で地面を軽く打つ。


 その衝撃で巻き起こった風圧だけでスライムの身体が震え、内部構造が破裂する。


「《討伐1》確認」


 声は機械的ではなく、近くの空気から響いた。


(……あぁ、そういう仕組みか。討伐の判定はこの世界にもある)


 とはいえ、これは開始に過ぎない。


「次、来い」


 すると森の奥から次々とスライムが湧き出す。

 紫、青、赤──複数種。

 明らかに成長した個体も混ざっている。


【マスター、戦闘人数に合わせて“調整”されている可能性があります】


「つまりゲームの頃の“レベル同期”みたいなシステムか。面白ぇじゃねぇか」


 玄道は笑う。


「殺す必要はない。データが欲しいだけだ。さぁ……実験開始だ」


 拳、剣、魔力、創造、炎、雷、無手、目潰し、関節破壊──

 次々と攻撃方法を試し、その反応・弱点・再生速度を記録していく。


 エルが横で解析し続ける。


【酸耐性──種によって濃度差あり】

【青種は硬化反応、魔法に弱い】

【赤種は爆発反応、刺激すると危険】

【紫種は寄生性、接触した対象の魔力を吸収】


(なるほど……スライムひとつにここまで個性があるのか。そりゃ油断したら死ぬわけだ)


 ゲームでは“序盤の雑魚”でも、現実世界では違う。

 未知の生態を侮れば死ぬ。それが自然の摂理。


「十分だ。全部倒すぞ」


 次の瞬間──


 玄道の姿が消えた。


 音も風も残さず、ただ気配だけが森中を駆け抜ける。

 スライム達が弾け、霧散し、地面に魔石だけが残っていく。


【討伐数、規定を大幅に突破。依頼達成です】


「よし……帰るか」


 玄道は魔石を拾いながら歩く。

 酸による危険度、爆発反応の温度、寄生タイプの接触速度──全て記録済み。


(これで金にもなる。経験にもなる。街での情報源にもなる)


 森を出たところで、思わず空を仰ぐ。


「……やっぱ、最高だな」


 戦う意味が、ここにはある。


 玄道勝利。“九十歳のゲーム廃人”は、今ようやく本気で息をしている。

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