第4話「冒険者登録と、最初の依頼」
ギルドの扉を押し開けると、空気が一変した。
狩人、魔法使い、重装の戦士、弓使い、商人風の依頼人らしき者たち──様々な職業の人間で溢れている。
笑い声、怒号、酒の匂い、焦げた肉の香りが混ざり合って、活気に満ちていた。
VRゲーム時代にも似た光景はあったが、ここは自動生成のNPC達の集まりではない。
思惑や欲や疲労を抱えた“生きた人間”の巣窟だ。
(……視線が刺さってるな)
さっきのチンピラを一瞬で倒した噂がもう広まっているのだろう。
玄道が足を踏み入れた瞬間、酒を飲んでいた者がグラスを止め、会話をしていた者が言葉を飲み、武器に手を置く者までいる。
警戒、興味、敵意、恐れ──色んな感情が渦巻いていた。
だが玄道は臆することなく受付カウンターへ向かった。
受付には若い女性職員がいた。
亜麻色の髪、凛とした態度、制服は濃い青。緊張したような面持ちでこちらを見る。
「旅人の方ですね? 冒険者登録をご希望ですか?」
声は丁寧だが、わずかに警戒が混じっている。
「あぁ。泊まる場所も仕事も必要だからな。手続きを頼む」
「承知しました。では“登録カード”の作成を行います。こちらの石版に手を乗せていただけますか?」
指示された場所には黒い板が置かれていた。
魔力を感知して人物情報を記録する、いわゆる身分証明のようなものらしい。
「こうか?」
手のひらを静かに石版へ置く。
《冒険者登録開始——対象者確認中》
淡い光が走り、情報が刻まれていくのがわかる。
数秒後、職員の手元に小さな金属カードが生成された。
「登録完了です。ランクは最低位の“F”となります。依頼達成で実績を積めば昇格できます」
職員がカードを差し出す。
その瞬間、カウンターの奥から別の職員が耳打ちしているのが見えた。
(……俺の戦いぶりを見て心配しているのか。警戒されるのは当然だな)
「また、街での暴力行為に関して注意事項を──」
「俺から仕掛けるつもりはない。売られた喧嘩を最小限で返しただけだ」
玄道がそう言うと、受付の女性はわずかに肩を緩めた。
「……でしたらいいのですが。ギルドは街の治安維持の役も担っています。無用な戦闘は避けてください」
「あぁ、気をつける。助言ありがとう」
女性職員は一瞬驚き、次にほっとしたように微笑んだ。
「では依頼をご案内します。初心者の方にはこの三つが人気です」
カウンター横の掲示板から紙を三枚抜き取って見せてくれる。
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◆依頼①《森のスライム討伐》
・南東の森にスライムが繁殖しています
・推奨人数:1〜3
・報酬:銅貨20枚
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◆依頼②《薬草採取》
・東の丘で〈生命草〉を10本採取
・推奨人数:1
・報酬:銅貨25枚
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◆依頼③《迷子の子犬の捜索》
・街の西の外れで迷子の犬を探してください
・推奨人数:1
・報酬:銅貨22枚
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討伐・採取・捜索、どれも初心者向けのスタンダードな依頼だ。
(魔物の強さの基準や、通貨価値も知りたい。まずは実地調査か)
「討伐依頼①を受ける」
玄道が紙を指すると、受付の女性は頷いた。
「《森のスライム討伐》ですね。討伐数は三体以上で達成と認められます。スライムは弱い魔物ですが、油断すると酸で装備が溶けたり、窒息の危険もあります。お気をつけて」
「情報助かる」
受付は専用の魔法印を依頼書に押し、玄道に手渡す。
「最後に……念のためお聞きします。仲間はいますか?」
「今のところは俺一人だ」
玄道が答えると、女性は胸を押さえるように息を呑んだ。
「なら本当に注意してください。ひとりでの依頼は死亡率が上がります。ここはゲームではありません。死ねば……もう戻ってきません」
その言葉は、重く、鋭く胸を刺した。
(“死んだら終わり”……当たり前だ。これは異世界で、現実なんだからな)
玄道は真摯に頷いた。
「忠告、ありがとな。気を引き締めて行く」
「はい……ご武運を」
ギルドを出た瞬間、街の喧騒に戻る。
だが今は、周囲を観察する目も違う。
手にした依頼書を見つめながら、南東へ向かう道を歩く。
(スライム程度で苦戦することはありえない。だが問題はそこじゃない)
魔物がどう動くのか。
ゲームと同じ生態なのか。
ドロップ素材は存在するのか、売れるのか。
経験値という概念はあるのか。
魔石の価値、素材の相場、街の経済、危険地帯、勢力図──
全部確認しておかなければ、この世界で生き残れない。
【マスター、すでに戦闘シミュレーションを100通り計算しました。どのパターンでも勝率100%です】
「違ぇよ、エル。勝つのは当然だ。その上で“この世界のルール”を知るんだよ」
【なるほど……そういうことですね】
森の入り口が見えてきた。
鬱蒼と茂った草と湿った空気が肌にまとわりつき、奥から何か蠢く音が響く。
剣を抜かず、拳も構えず、ただ一歩踏み込む。
【……敵、接近】
「来るか」
草が揺れ、淡く光る粘液の塊が姿を見せた。
紫色の球体、ぬるりと揺らぐ形。
目も口もないはずなのに、こちらを“見ている”気配がした。
(スライム……だが、ゲームのとは違うな)
粘膜が草を溶かし、酸の蒸気が上がっている。
「本物の“生物”ってことか。なら──」
一歩踏み出し、足の甲で地面を軽く打つ。
その衝撃で巻き起こった風圧だけでスライムの身体が震え、内部構造が破裂する。
「《討伐1》確認」
声は機械的ではなく、近くの空気から響いた。
(……あぁ、そういう仕組みか。討伐の判定はこの世界にもある)
とはいえ、これは開始に過ぎない。
「次、来い」
すると森の奥から次々とスライムが湧き出す。
紫、青、赤──複数種。
明らかに成長した個体も混ざっている。
【マスター、戦闘人数に合わせて“調整”されている可能性があります】
「つまりゲームの頃の“レベル同期”みたいなシステムか。面白ぇじゃねぇか」
玄道は笑う。
「殺す必要はない。データが欲しいだけだ。さぁ……実験開始だ」
拳、剣、魔力、創造、炎、雷、無手、目潰し、関節破壊──
次々と攻撃方法を試し、その反応・弱点・再生速度を記録していく。
エルが横で解析し続ける。
【酸耐性──種によって濃度差あり】
【青種は硬化反応、魔法に弱い】
【赤種は爆発反応、刺激すると危険】
【紫種は寄生性、接触した対象の魔力を吸収】
(なるほど……スライムひとつにここまで個性があるのか。そりゃ油断したら死ぬわけだ)
ゲームでは“序盤の雑魚”でも、現実世界では違う。
未知の生態を侮れば死ぬ。それが自然の摂理。
「十分だ。全部倒すぞ」
次の瞬間──
玄道の姿が消えた。
音も風も残さず、ただ気配だけが森中を駆け抜ける。
スライム達が弾け、霧散し、地面に魔石だけが残っていく。
【討伐数、規定を大幅に突破。依頼達成です】
「よし……帰るか」
玄道は魔石を拾いながら歩く。
酸による危険度、爆発反応の温度、寄生タイプの接触速度──全て記録済み。
(これで金にもなる。経験にもなる。街での情報源にもなる)
森を出たところで、思わず空を仰ぐ。
「……やっぱ、最高だな」
戦う意味が、ここにはある。
玄道勝利。“九十歳のゲーム廃人”は、今ようやく本気で息をしている。




