第25話「神を求める者たち」
ルーヴェンを発って、五日。
俺たちは街道を外れ、丘陵地帯を進んでいた。
風は穏やかで、草の匂いが強い。
だが――
空気の奥が、ざらついている。
「……また、です」
サリオが足を止めた。
「魔力の流れが……
ここだけ、渦を巻いてます」
アンシュラも周囲を見渡す。
「敵の気配はない。
だが……静かすぎる」
マールは胸元を押さえ、ゆっくり息を整えた。
「……空隙種……
小さいですが……
この先に……複数……」
「増えてきたな」
俺は頷く。
神のいない世界は、
時間が経つほど“歪み”が溜まる。
しかも今回は――
不自然な集まり方だ。
丘を越えた先で、それは見えた。
人だ。
十数人。
ローブ姿で、円陣を組み、
地面に紋様を描いている。
その中心で、歪んだ空間が震えていた。
「……儀式……?」
サリオが声を潜める。
「魔法体系が……
どこの国のものとも違う……」
マールの顔が強張った。
「……あれは……
“神性呼び戻し”……」
「神を……戻す……?」
アンシュラが低く唸る。
「正気か……
あれが何を引き起こしたか……」
俺は、はっきり言った。
「正気じゃないからやるんだ」
人は、
不安になると、
“責任を押し付けられる存在”を求める。
神は、その最たるものだ。
◇ ◇ ◇
円陣の中心で、
一人の男が叫んでいた。
「神よ!!
なぜ沈黙された!!
なぜ我らを見捨てた!!」
他の者たちが唱和する。
「神を返せ!」
「奇跡を返せ!」
「秩序を返せ!!」
空隙が、歪みを増す。
空気が裂け、
何かが“向こう側”から覗き返す。
「……まずい……」
サリオが詠唱しようとした瞬間――
俺が腕で制した。
「待て」
「玄道さん!
このままじゃ……!」
「分かってる」
俺は前に出る。
足取りは、少し重い。
だが、止まらない。
「やめろ」
低く、だが通る声で言った。
円陣の男が振り向く。
「誰だ!
神の儀式を邪魔する者は!!」
「神はいない」
俺は、淡々と言う。
「少なくとも、
お前たちが呼んでる“都合のいい神”はな」
ざわめき。
「嘘だ!」
「神は死なない!」
「神がいなければ世界は――!」
「続いてる」
俺は空を指した。
「壊れてない。
燃えてもいない。
お前たちは今も生きてる」
男の顔が歪む。
「だが……
奇跡が……
救いが……」
「奇跡はな」
俺は一歩、近づく。
「一回きりだから奇跡なんだ」
円陣の空隙が、さらに膨らむ。
不安定だ。
もうすぐ――
空隙種が暴走する。
マールが叫ぶ。
「……お願い……
やめてください……!!
それは……
“救い”じゃなく……
“傷口を抉る行為”です……!」
信徒たちが彼女を見る。
「……少女……?」
「誰だ……?」
マールは、震えながらも前に出た。
「私は……
かつて……
神と呼ばれていました……」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
怒号。
「嘘をつくな!!」
「神がこんな姿なわけがない!!」
「神を冒涜するな!!」
俺は、ため息をついた。
「……ほらな」
信仰は、
現実より“期待”を信じる。
アンシュラが歯を食いしばる。
「……止めるしかないな」
「壊すなよ」
「分かってる」
◇ ◇ ◇
空隙が、限界を超えた。
空が、裂ける。
影が溢れ出す――
中規模の空隙種。
「サリオ!」
「はい!」
サリオが即座に補助魔法を展開する。
「創造《因果固定・拡散抑制》!」
だが――
いつもより、反応が遅い。
俺の胸が、ズキリと痛む。
(……俺か)
創造の基点である俺が、
弱っている。
アンシュラが前に出る。
「なら……俺が壁になる!」
影を展開し、空隙種の進行を止める。
マールが必死に支援する。
「……お願い……
これ以上……
壊れないで……!」
俺は、歯を噛みしめた。
「……くそ……」
ここで倒れるわけにはいかない。
俺は、深く息を吸った。
「創造《因果補助・継承》」
創造の権限を、
一部――
マールに渡す。
彼女の目が見開かれる。
「……え……!?」
「全部じゃない。
“支える分”だけだ」
「……で、でも……!」
「やれ」
短く言う。
マールは、震えながら頷いた。
彼女の手から、淡い光が広がる。
神ではない。
だが――
世界を知る者の手。
空隙は、ゆっくりと閉じた。
信徒たちは、呆然と立ち尽くす。
◇ ◇ ◇
儀式の跡地。
俺は、その場に膝をついた。
「玄道さん!!」
サリオが駆け寄る。
アンシュラが支える。
「……今度は……
誤魔化せないな……」
俺は苦笑した。
「見られちまったか」
マールの声が、震える。
「……あなた……
無理を……」
「してるさ」
正直に言う。
「だが……
これからは……
一人で背負わない」
信徒の一人が、震えながら言った。
「……神は……
本当に……いないのですか……?」
俺は、その目を見る。
「いるかどうかじゃない」
静かに答える。
「頼らなくても、続けられるかだ」
沈黙。
風が、丘を吹き抜ける。
マールは、その信徒に向かって頭を下げた。
「……奇跡は……
もう……簡単には起きません……
でも……
直すことは……できます……
一緒に……」
信徒の一人が、泣き崩れた。
「……怖かっただけだ……」
俺は、その様子を見て思う。
(……始まったな)
神のいない世界で、
神を求める人間との戦いが。
剣でも魔法でもない。
――思想だ。
そして、
俺の時間は、
確実に削れている。
だが――
まだ、終わらせない。
世界が続く限り、
直す手は必要だ。




