第20話「創造は、壊されない」
地下回廊が、悲鳴を上げていた。
黒い影が天井から滴り落ち、床を這い、壁を侵食していく。
それは魔法でも呪いでもない。
概念そのものの腐食。
ネヴァンが掲げる黒水晶から、破壊神ダゼル=ノアの“意思の残滓”が溢れ出している。
「ほらほら、いい音だろう?」
ネヴァンは愉快そうに言った。
「世界が“ほどける音”だ。
創造で繋ぎ止めた因果が、元に戻ろうとしてるだけさ」
神殿騎士団の数名が影に呑まれ、存在が削られて消えていく。
死ですらない。
最初から存在しなかったかのように、消える。
リュシアが歯を食いしばる。
「ネヴァン! ここまでとは聞いていない!!
これは帝国の計画を逸脱している!」
「逸脱? 違う違う。
完成形だよ」
ネヴァンは俺を見て、にたりと笑った。
「創造神の神核を宿す君が現れた。
破壊神の欠片も揃った。
もう“均衡”なんて要らない。
世界は一度、壊れた方が美しい」
サリオが叫ぶ。
「そんなの……ただの自己満足じゃないですか!!」
「神の自己満足だよ。
人間は、いつだってその下で潰れる側だ」
アンシュラの影が怒りに揺れた。
「……だから俺たちは“兵器”だったのか……
人でも、意思でもなく……」
「そうだよ。
君たちは“神の道具”。
その中で唯一イレギュラーなのが──」
ネヴァンの視線が俺に刺さる。
「玄道勝利、君だ。」
黒水晶が脈打つ。
俺の胸の奥で、何かが共鳴した。
――ドクン。
心臓の鼓動ではない。
神核の欠片が、はっきりと反応した。
【マスター、警告。
破壊神の残滓が“神核”に直接干渉を開始しています】
「来たか……」
俺は拳を握る。
(マール様……今度は俺が支える番だ)
ネヴァンが囁く。
「さぁ、玄道勝利。
選べ。
世界を壊すか。
それとも──一緒に“作り直す”か」
その瞬間、俺の視界が白く染まった。
◇ ◇ ◇
――白い空間。
そこにいたのは、震えるマールだった。
「玄道様……!
ダメ……神核が……!」
「落ち着け。
俺はまだ立ってる」
マールは首を振る。
「ネヴァンは……人間ではありません……
彼は……“器”です……
破壊神が、人の形を借りた存在……!」
「やっぱりな」
「このまま神核が奪われれば……
私は完全に壊れ……
世界は……」
「壊れない」
俺は即答した。
「壊させない」
マールが涙を流す。
「……どうして……
どうしてそこまで……」
「理由?
簡単だ」
俺は笑った。
「九十年生きて分かった。
壊すのは簡単だ。
でも“続ける”方がずっと難しい。」
マールの目が見開かれる。
「世界は続ける価値がある。
失敗しても、歪んでも、間違ってもな。
だから俺は──創造を選ぶ」
白い空間が揺れた。
「玄道様……!」
「力を貸せ。
神としてじゃない。
“仲間”としてだ」
マールは、ゆっくり頷いた。
「……はい。
私の全てを、あなたに」
◇ ◇ ◇
現実へ戻る。
俺の身体から、柔らかな白金の光が溢れ出した。
それは破壊を拒む光。
守るための創造。
「……何だ、その光は……?」
ネヴァンが初めて、焦りを見せた。
「創造《共鳴拡張》」
俺は言った。
「俺一人で戦う気はない。
仲間の力を“重ねる”」
「サリオ! アンシュラ!」
二人が即座に理解する。
サリオが杖を掲げる。
「創造《情報融合・戦場全域共有》!!
僕たち三人の感覚を同期します!!」
視界が広がる。
影の動き、敵の意図、破壊の流れ。
アンシュラが影を踏みしめる。
「創造《破壊干渉・逆位相》!!
壊す力を……壊す!!」
黒い影が反転し、ネヴァンの影とぶつかり合う。
俺は一歩踏み出す。
「これが──
**寵愛三重奏**だ」
ネヴァンが歯を噛みしめる。
「そんな……連携など……
神の力は個で振るうものだ……!」
「それが間違いだ」
俺は言い切った。
「神は一人で完結する。
だが──世界は“一人”じゃ続かない」
拳を構える。
「創造《因果固定・人の意志》」
殴る理由は一つ。
壊すためじゃない。
「存在を否定する思想を、否定する。」
拳が、ネヴァンの胸を捉えた。
衝撃は小さい。
だが、内側の“破壊神の命令構造”だけを破壊する。
ネヴァンの身体が硬直した。
「……あ……ぁ……?」
黒水晶が砕け、闇が悲鳴を上げる。
地下回廊の奥で、巨大な扉が軋みながら動き始めた。
刻まれた紋章。
創造と破壊、二つの神印。
【神核反応、最大。
地下神殿への扉、解放開始】
サリオが息を呑む。
「扉が……!」
アンシュラがネヴァンを見下ろす。
「……終わりだ。
お前は“神の声”じゃない。
ただの、壊れた器だ」
ネヴァンは崩れ落ち、かすれた声で笑った。
「……いいよ……
君たち……本当に……
神に、なっちゃったんだね……」
「違う」
俺は首を振る。
「俺たちは──
人のまま、神に抗っただけだ。」
扉が完全に開く。
奥から溢れ出す、白と黒が絡み合う光。
神核の間。
世界の心臓部。
俺は仲間たちを見る。
「行くぞ。
ここから先が──本当の勝負だ」
三人は、静かに頷いた。
破壊神を終わらせ、
創造神を救い、
世界を“続ける”ために。
九十歳の老人は、
今日も一歩、前へ進む。




