第19話「影路へ──王都潜入と、破壊神の囁き」
帝国潜入は、戦争より静かで、戦争より怖い。
剣を握っている時より、
“笑って通行証を見せる時”の方が、よほど心臓がうるさい。
夜明け前。
俺たちは王都ヴァルトルナの外縁、交易路を見下ろす小高い丘に伏せていた。
城壁は高く、黒い石で組まれ、ところどころに赤い魔力灯が灯っている。
門は二重、検問は三段。
そこに並ぶのは武装兵と、魔導検査官。
「……厳戒態勢だ。俺が裏切ったせいもある」
アンシュラが唇を噛む。
「それに、破壊神の欠片を運用してる国だ。警戒が甘いわけがない」
サリオが小さな声で言う。
「玄道さん、正面突破は無理ですよね……」
「正面突破は“最後の手段”だ。
俺はできるだけ、国民を巻き込みたくない」
ここはゲームじゃない。
この門の向こうには、兵士だけじゃなく普通の民が暮らしている。
(救うために来たんだ。殺すためじゃない)
俺は息を吐き、エルに問いかける。
「エル、王都に“影路”はあるか?」
【存在します。地下排水路・古代回廊・死都の遺跡連結部。
侵入可能確率:64%
ただし、警戒結界あり。反応すると“帝国神殿騎士団”が来ます】
「神殿騎士団……厄介そうだな」
【非常に厄介です】
アンシュラが目を細めた。
「……神殿騎士団は皇族直属。
破壊神の欠片計画の“護衛”も担ってる」
つまり、そこに近づけば“神核”へも近づく。
「行くぞ。影路から入る」
サリオが頷く。
「了解です。支援、準備します!」
アンシュラは少しだけ笑って言った。
「……潜入の基本は、静かに、速く、痕跡を残さない。
昔の俺なら得意だったんだがな。
……今は、仲間ができた分だけ難しく感じる」
「仲間ができたのは弱点じゃない」
俺は言う。
「“帰る理由”ができたってことだ」
アンシュラは目を伏せたが、もう迷いの匂いは薄かった。
◇ ◇ ◇
影路の入口は、城壁から少し離れた古い排水溝の奥にあった。
草に埋もれた石蓋。
そこから微かに冷たい風が吹き上がってくる。
サリオが小声で詠唱する。
「創造《気配隠匿・薄幕》」
空気が一枚薄い布になるように、俺たちの気配を包む。
耳鳴りのように魔力が静かに馴染んでいく。
「よし」
俺は石蓋を持ち上げ、地下へ降りた。
湿った石の匂い。
水の滴る音。
遠くに響く金属の反響。
地下回廊は古く、そして広い。
帝国が建国するより前の遺構だろう。
エルが即座に地図を投影する。
【この先、三分岐。右が排水路、中央が古代回廊、左が封印区画。
神核の反応は──左方向】
「封印区画……そこか」
アンシュラが眉を寄せる。
「左は危険だ。昔、俺が案内された時も近づくなと言われた。
“開けたら戻れない”場所だ」
サリオがゴクリと唾を飲む。
「でも、そこに神核が……」
「行くしかない」
俺は歩き出した。
湿った床を踏む音が、小さく響く。
ここは戦場じゃない。音ひとつが命取りだ。
だが、しばらく進んだところで異変が起きた。
壁の紋様が、ゆっくりと“動いた”。
蛇のような影が、石に浮かび上がり、こちらを覗き込む。
【警告:結界反応。帝国の監視術式が起動しました】
「チッ……」
俺は即座に創造する。
「創造《監視眼の偽装・眠り》」
術式に“これはただの水の流れだ”と錯覚させる。
だが──
影が笑った。
声が、直接脳に響く。
――創造は、壊れる。
――救うは、壊れる。
――玄道勝利、壊れろ。
サリオが震えた。
「……今の、聞こえました?」
「聞こえた。破壊神の残滓だ」
アンシュラが苦しそうに額を押さえる。
「……あいつだ……
俺の頭をずっと壊してきた声……」
俺は二人の肩に手を置く。
「無視しろ。
あいつは“命令”で人を壊す。
だが命令には穴がある。
──俺たちが“選ぶ”限り、命令は絶対じゃない」
サリオが小さく頷いた。
「……はい。僕は、玄道さんと一緒に救います」
アンシュラも息を整え、震えを止める。
「……俺もだ。壊す側じゃない」
その時だった。
回廊の先、暗闇の中に“足音”が響いた。
カツ、カツ、カツ。
鎧の音。
規律の音。
静かで、揃っている。
精鋭の足音だ。
次の瞬間、赤い魔力灯がいくつも点灯し、地下回廊が昼のように明るくなった。
そして現れたのは、銀の兜を被った騎士たち。
胸の紋章は帝国王家。
背に刻まれるのは黒い神殿印。
「侵入者確認」
騎士たちの先頭に立つ女が兜を外した。
白金の髪を短く束ね、片目だけに黒い刺青。
鋭い視線。
「神殿騎士団長、リュシア・アル=ヴァルトルナ。
ここから先は皇族の領域だ。
──名を名乗れ、侵入者」
アンシュラの顔が凍りつく。
「……リュシア……姉さん……?」
サリオが小さく息を呑んだ。
「姉……?」
リュシアはアンシュラを見て、表情を変えなかった。
「アンシュラ。生きていたのか。
……裏切り者がこの地を踏むとは、随分と恥知らずだな」
アンシュラが震える声で言う。
「姉さん……俺は……兵器じゃないって、気づいたんだ……
だから戻って──」
「戻る? 戻る場所などない。
お前は皇族に刃を向け、帝国の計画を壊し、そして敵側に立った。
その時点でお前は“帝国の敵”だ」
リュシアが剣を抜く。
その剣は普通の剣じゃない。
刃の周囲が“欠けた黒い光”をまとっている。
(破壊神の力を“武器にしてる”)
俺は一歩前に出る。
「リュシア。俺は玄道勝利。
目的は戦争じゃない。
神核を回収し、破壊神の残滓を止める」
「その口ぶり……“創造神の寵愛持ち”か」
リュシアの目が細くなる。
「ならばなおさら通せない。
皇子ジークの命令だ。
創造神の寵愛持ちは“帝国の未来を壊す”。
見つけ次第、拘束せよ」
俺はため息を吐いた。
「拘束って言葉、便利だな」
サリオが俺の横で魔力を整える。
「玄道さん、戦いますか?」
「戦う。だが──殺さない」
アンシュラが歯を噛みしめた。
「……姉さんと戦うのは嫌だ……でも、止まれない……」
「止める方法はある。
“勝って、通る”だけだ」
俺は刀を抜かず、拳を握った。
「来い。
神殿騎士団長が相手なら、ちょうどいい」
リュシアは冷たく言う。
「九十歳の老人が、神殿騎士団を相手にするというのか」
「九十年、負け続けたことがない。
ゲームでも、人生でもな」
俺は踏み込む。
瞬間、リュシアの剣が閃いた。
黒い欠光が空間を裂く。
当たれば“斬る”のではなく“存在を壊す”類い。
だが俺は、拳一つで受ける。
「――創造《存在補強・骨》」
自分の骨格の“存在強度”を一段上げる。
剣が触れた瞬間、黒い光が弾かれた。
「……なに?」
リュシアの瞳が揺れる。
「壊す力には、壊されない“土台”が必要だ。
お前の剣は強い。だが、壊すことしかできない」
俺は間合いに入る。
「守れない剣は──必ず負ける」
掌底が、リュシアの鎧の隙間へ吸い込まれるように入った。
衝撃は最小。
狙いは神経。
リュシアの腕が痺れ、剣が落ちた。
「ッ……!」
だが彼女はすぐに後退し、騎士団へ命令する。
「包囲! 結界展開! 侵入者を分断しろ!」
騎士たちが一斉に魔法陣を展開。
地下回廊が“格子状の障壁”で区切られ、俺たちが分断されかける。
「サリオ!」
「はいっ!」
サリオが即座に支援をかける。
「創造《結界見切り(シースルー)》!
障壁の“脆い点”が見えます! 玄道さん、左上です!」
「アンシュラ!」
「任せろ!」
アンシュラの影が伸び、障壁の結び目を“縫いほどく”ように切る。
「創造《影断》!」
障壁が崩れる。
その瞬間──リュシアの背後の空間が、黒く歪んだ。
そこから聞こえたのは、笑い声。
「いいねぇ。いいねぇ。
やっぱり“創造の寵愛持ち”は面白い」
男の声。
軽く、愉快で、しかし底が冷たい。
歪みから姿を現したのは、黒い外套を纏った細身の男だった。
仮面をつけ、片手に黒い水晶。
エルが即座に警告する。
【警告:対象は“破壊神の残滓”と高い同調率。
識別名:不明。危険度:極】
男が言った。
「僕は帝国の“神官”だよ。
神殿騎士団長リュシアの監視役。
そして──破壊神の声を“翻訳”する者」
アンシュラが血の気を失う。
「……お前……俺の頭に命令を流し込んでた奴……!」
神官は楽しそうに笑った。
「そうそう。君、いい反応するよね。
心が折れる音がとても綺麗だった」
サリオが怒りを露わにする。
「……人の心を何だと思ってるんですか!」
「道具だよ。
兵器だよ。
世界を作る素材だよ」
神官が水晶を掲げる。
「そして今──君たち三人は、最高の素材だ」
黒い水晶が脈打つ。
地下回廊の壁が泣くように軋み、黒い影が増殖する。
リュシアですら顔色を変えた。
「神官、ここは戦闘許可区域ではない。
皇族の領域で勝手な儀式を──」
「黙って。
君は剣を振っていればいい。
世界は僕が“壊して作り直す”」
その言葉と同時、俺の脳内に“あの声”が響いた。
――玄道勝利。
――お前の中の神核を、よこせ。
――創造を壊し、世界を終わらせろ。
マールの声に似ている。
だが似ているだけ。
冷たく、空っぽで、命令しかない。
(破壊神の残滓……本体が近いな)
俺は一歩前へ出る。
「神官。名前は?」
「名前? あぁ……そういうの好きなんだ。
じゃあ名乗ろうか」
仮面の男が微笑んだ。
「僕は ネヴァン。
破壊神ダゼル=ノアの“代弁者”だよ」
アンシュラが震える声で言う。
「代弁者……そんなの……」
「あるさ。神は言葉を持たない。
だから僕が言葉を与える。
君たちが神を止めたいなら──僕を倒さないと無理だ」
ネヴァンが指を鳴らすと、騎士団の後方が黒い影に呑まれ始めた。
兵士の悲鳴。
肉体が壊され、存在が削られる感覚。
ここはもう潜入じゃない。戦争だ。
「クソ……!」
ラディンがいない。
リエラもいない。
ここで頼れるのは俺たち三人だけ。
俺は深く息を吸った。
「サリオ、アンシュラ。
ここから先は──“殺さない”とか言ってる余裕はなくなるかもしれん」
サリオが震える声で、それでも言った。
「……でも、僕は救います。
誰かを壊すためじゃなく、壊させないために戦います」
アンシュラも頷く。
「……俺も。
壊す力は持ってる。
だがそれを“壊すため”に使うのはもう嫌だ」
俺は笑った。
「よし。じゃあ、やることは一つだ」
拳を握り、宣言する。
「この帝国の地下で、
破壊神の代弁者をぶちのめして、
神核を奪って、
世界を救う道をこじ開ける。」
ネヴァンが楽しそうに拍手した。
「最高。
……さぁ、見せてよ。“創造神の心臓を持つ老人”。
君が壊れる瞬間を。」
黒い影が俺たちへ襲いかかる。
そして戦場は、帝国の地下深くで静かに燃え上がった。




