第18話「女神の涙と、帝国潜入の夜」
国境戦争が終わり、兵士たちが撤退していった後の大地は、まるで時間が止まったように静まり返っていた。
焦げた地面。
冷めた風。
そして──倒れたままの“破壊神の欠片”ゼオル。
アンシュラがゼオルを背負いながら言う。
「……こいつ、まだ生きてはいる。
だけど魔力構造がぐちゃぐちゃだ。普通の治療じゃ治らないぞ」
「だから研究所に持ち帰る。
あいつは“敵の兵器”じゃなく、“救うべき犠牲者”だ。」
サリオが笑う。
「玄道さん、本当に……優しいんですね」
「違う。九十年生きて悟っただけだ。
“壊された人生”をそのままにするのは、見ていて気分が悪い。」
ラディンが肩を叩いてくる。
「はは、いい性格だよジジイ。
……だが本当にこれから帝国に行くのか?」
「行く。
ゼオルの造られた経緯、神の欠片計画、それに──マール様が壊れた原因。
全部、帝国の奥にある。」
アンシュラが神妙な表情で言う。
「帝国は簡単に入れる場所じゃない。
国民管理も軍の監視も厳しい。
寵愛持ちは特に“国の資源”として扱われる。
俺が裏切った以上、“厳戒態勢”になっているはずだ」
「だからこそ潜入だ。
堂々と行くより、こそこそ行く方が俺は得意だ。」
九十年の人生で鍛えた“生活の知恵”と、
MFWで鍛えた“ゲーム的スニーキング”の融合。
隠れて歩くのは得意だ。
※※主にお祭りで出店裏から抜け道を探すのが趣味だったからである※※
「じゃあ研究所に一度戻るか?」
「いや──今日はもう休む。
“夢に入る”必要がある。」
サリオが首を傾げる。
「夢に……ですか?」
「ああ。
マール様の気配が、さっきからずっと俺の背中に貼りついてる。」
アンシュラが驚く。
「女神が……泣いているように見えたのは気のせいか?」
「気のせいじゃない。
俺の創造スキル《世界の記憶》が言ってる。
“女神が不安定だ”ってな。」
サリオは息を呑んだ。
「じゃあ……女神様の異変が起きている可能性が?」
「間違いない。
マールはずっと“何かを隠していた”。
それを聞かなきゃ──次に進めない。」
◇ ◇ ◇
王国の近くにある森林の宿営地に、俺たちは拠点を作った。
焚き火を囲み、夜風が草木を揺らす。
アンシュラが座り込みながら言う。
「それにしても玄道……あれだな」
「なんだ?」
「お前……九十歳の割に頑丈すぎないか?
魔力も筋力も、なんか……若者より元気だぞ?」
「九十年“毎日ゲームして深夜二時まで起きてた人間”を舐めるなよ」
「それは……健康に悪いのでは……?」
ラディンが吹き出した。
「ハハハ、確かにジジイは強ぇが、健康的とは言えねぇな!」
「うるせぇ。俺の生活習慣は俺の自由だ。」
軽く笑い合う中、サリオが真面目な声で言った。
「玄道さん、寝るんですよね?
僕たちは起きて見張ってますから」
「頼んだ。」
俺は火から少し離れた草地に横たわる。
目を閉じればすぐに眠れるのは、歳の特権だ。
(……マール様。
そろそろ話してくれよ。
お前が抱えてる“痛み”を。)
深呼吸と共に意識が沈む。
そして次の瞬間──
◇ ◇ ◇
俺は“白い空間”に立っていた。
何もない。
音もない。
風もない。
ただひとつ──
涙を流す少女の姿だけがそこにあった。
「マール様……」
白い髪がゆっくりと揺れ、女神は俺を見上げた。
その瞳には恐怖が宿っていた。
「……玄道様……来て下さったのですね……」
「マール。
お前、何を抱えてる?」
マールは唇を噛みしめ、胸元でぎゅっと手を握った。
「私は……壊れています」
「知ってる。
命令がめちゃくちゃで、感情の波も不安定だ。
一体何が起きた?」
女神の肩が震えた。
「私の“創造の権能”が……“他の神”に侵食されています」
「……他の神?」
マールはゆっくり頷いた。
「私が創った世界には、本来“もう一柱”いました。
破壊と終焉を司る神──
**《ダゼル=ノア》**という存在が……」
空気が凍る。
「創造神と破壊神……お前たちは対になっていたわけか」
「はい。
しかし5,000年前……ダゼル=ノアは滅びました。
その欠片が、この世界のどこかに眠っているはずでした。」
「その欠片を……帝国が手に入れた?」
「はい。そして……」
女神の声が途切れ、涙がぽたりと落ちる。
「その破壊神の欠片が……私の命令権に干渉し始めたのです……
私の“意志”が捻じ曲がり……
創造の力が汚染され……
その結果──」
震える声が絞り出される。
「玄道様を殺せという命令が、“神の言葉”として世界に流れてしまったのです……!!」
心臓が強く打つ音が自分でも聞こえた。
「お前が……そんな命令を出すはずがない。」
「私は……言っていません……
でも“神の命令”という形で世界に浸透してしまった……
止められないのです……」
「じゃあ暴走したサリオやアンシュラは……」
「私ではなく……破壊神の残滓が……
私の声を利用し、命令として流したのです……」
マールの瞳は絶望で染まっていた。
「私は……世界を創った神なのに……
世界を守れない……
守るどころか……壊す側に利用されている……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は女神の肩を掴んで言った。
「お前が悪いんじゃねぇ。」
「え……?」
「お前はただ“悲しんでいるだけの女の子”だ。
神だろうがなんだろうが関係ねぇ。
泣いてるなら助ける。
壊れそうなら支える。
それが──俺がここに来た理由だろ?」
マールの目が見開かれる。
「玄道様……」
「お前を助けずに、世界なんて救えるかよ。」
女神の瞳から、ぽたぽたと涙が落ちた。
「そんな……そんな……
優しいこと言わないでください……!」
「好きで言ってるわけじゃない。
俺は“本気で世界を救う気なんだ”。
そのために──お前の手も借りる。」
「私の……手……?」
「世界を創った女神だ。
“破壊神の欠片”を封じる方法を持ってるはずだ。
教えてくれ。」
マールは震える指で胸元を押さえた。
「……破壊神を封じるための“神核”というものがあります。
本来、私の心臓部にあったもので……
それは、私が消滅するときに世界へ散らしました……」
「散らした? どこに?」
「三つ。
ひとつは“帝国の地下神殿”。
ひとつは“王国の禁書庫”。
もうひとつは……」
マールは俺の胸へ手を置いた。
「玄道様──
“貴方の魂の中”です。」
「……は?」
「貴方に渡した“創造の寵愛”には、“私の神核の欠片”が含まれています。
だから貴方は強い。
だから貴方は創造を自在に扱える。
だから──貴方だけが、破壊神の力を打ち消せるのです。」
世界の命運が俺の中にある?
(……じいさんの人生、重くなりすぎだろ)
だが悪くはない。
「つまり帝国にある神核を手に入れれば、破壊神の欠片に対抗できる……そういうことか?」
「はい……
それだけが、私を……世界を救う方法です……!」
「よし。わかった。」
俺はマールの手を握った。
「世界も救う。
お前も救う。
全部やってやる。」
女神は声を上げて泣いた。
「玄道様……
ありがとうございます……!!」
◇ ◇ ◇
遠くで誰かに呼ばれる声が聞こえる。
――玄道さん!
――玄道!!
俺はゆっくり目を開いた。
焚き火の明かり。
夜明け前の空。
アンシュラとサリオが心配そうに覗き込んでいた。
「玄道さん……すごい汗……!
夢で何があったんですか?」
「全部わかった。」
俺はゆっくりと起き上がり、二人に告げた。
「帝国には……“神の心臓”がある。
破壊神を止める唯一の鍵だ。」
アンシュラの顔から血の気が引いた。
「それ……帝国の地下に隠された“禁忌の間”か……
皇族しか入れない領域だぞ……?」
「だから潜入する。」
サリオが拳を握る。
「行きましょう。
女神様も、世界も、救うために!」
「ラディンにも後で合流してもらう。
だが先行潜入は──俺たち三人だ。」
夜明けの光が地平を照らし始める。
帝国王都ヴァルトルナ。
破壊神の欠片。
神核。
そして、崩れ始めた創造神マール。
すべてを救うために──
老人と、二人の若き寵愛持ちが歩き出す。




