第16話 「三人の寵愛持ち、世界を救うか壊すか」
国境線突破の警報が鳴ってから、研究所は一気に慌ただしくなった。
――《ヴァルトルナ帝国軍、北東国境を突破! 前線駐屯地が壊滅状態!》
――《帝国側に“未知の高位戦力”を確認。詳細不明、寵愛持ちの可能性アリ》
さっきまで“研究所の中”の問題だったのが、一気に“国全体”の火事になったわけだ。
「……派手にやってくれるな」
俺は医療区画の簡易ベッドのそばに立ち、寝かされている二人を見下ろす。
ひとりは黒髪紅眼の青年──サリオ。
もうひとりは黒フードを脱ぎ、短く切り揃えた銀髪を露わにした中性的な顔立ちの青年──アンシュラ。
どちらも創造神の寵愛持ち。
そしてさっきまで、“俺を殺そうとしていた側”。
今は、力なく寝ているだけの少年だ。
「二人とも、身体の状態は?」
俺が尋ねると、リエラが魔力診断水晶を見ながら答えた。
「魔力枯渇ぎりぎり。だけど命に別状はないわ。
意識も、そろそろ戻るはずよ」
すぐ隣でラディンが腕を組んだままうなる。
「玄道、お前……これからどうするつもりだ?」
「決まってる。“国境に行く”。」
「単独でか?」
「いや──三人でだ」
そう言った瞬間、ベッドの片方が小さく軋んだ。
サリオが眉をひそめ、ゆっくりと目を開ける。
「……ここは……?」
「研究所の医療区画。さっきまで暴走してたが、止めた」
「……また、迷惑かけたのか、俺……」
自嘲ぎみに笑いかけたところで、俺は軽く頭を小突いた。
「痛っ!? な、なにするんですか玄道さん!」
「暴走したのはお前のせいだけじゃない。命令をねじ曲げたバカがいたんだよ。
お前はただ“巻き込まれた側”だ」
サリオはアンシュラの方を見て、目を丸くする。
「アンシュラ……生きてる……?」
アンシュラも少し遅れて目を開けた。
焦点が合わない目で周囲を見回し、俺を見る。
「……俺は、また……失敗したのか……?」
「失敗じゃない。ギリギリ間に合った」
「俺はお前を殺せなかった。
神の命令も果たせなかった。
兵器としても失格だ」
言葉は酷く虚ろだ。
俺は肩をすくめて言う。
「兵器として失格で結構だ。
俺は“兵器じゃないお前”が欲しい」
アンシュラの瞳が微かに揺れる。
「……欲しい?」
「ああ。世界を壊すためじゃなく、世界を救うために戦う仲間としてな」
沈黙。
ラディンとリエラが息を飲んで、こちらを見ている。
サリオが、おずおずと口を開く。
「……玄道さん、本気ですか? アンシュラは……」
「サリオ。お前は“アンシュラを信じたい”か? 信じたくないか?」
「……信じたいです。
だって……あいつ、命令を上書きされた時も、“本当は嫌だ”って顔してた……」
アンシュラの指が震える。
「……俺は……お前を殺そうとしたんだぞ、サリオ……?」
「殺そうとしたのはアンシュラじゃなくて、“命令”です。
アンシュラが、全部自分のせいだと思ってるだけです」
サリオの言葉に、アンシュラが目を見開いた。
俺はそこで、とどめの一言を入れる。
「それに──お前を兵器として作ったヴァルトルナ帝国にとって、一番困るのは何だと思う?」
アンシュラはかすれ声で答えた。
「……兵器が壊れること……?」
「違う。“兵器が敵側に寝返ること”だ」
アンシュラの呼吸が止まった。
「お前が俺達の側に立てば、“帝国の最大戦力が、そのままこっちの切り札になる”。
それはきっと、帝国の連中にとって、
神の命令を書き換えられるより嫌な未来だ。」
しばしの沈黙。
アンシュラは、ゆっくりと拳を握りしめた。
そして──かすかに笑った。
「……悪くない。
兵器として最悪の裏切り方だな、それは」
「気に入ったか?」
「少しだけな」
アンシュラは上体を起こし、床に膝をつくと、深く頭を下げた。
「玄道勝利。
俺、アンシュラ・ヴァルトルナは……
帝国兵器としてではなく、ひとりの寵愛持ちとして──
お前の側に立つ」
サリオも慌てて立ち上がり、ぎこちなく頭を下げる。
「さっきまで足引っ張ってた俺ですけど……
それでもよければ、もう一度、一緒に戦わせてください!」
俺は笑った。
「よし。じゃあこれで──」
指を三本立てる。
「寵愛持ち三人パーティ、結成だ。」
ラディンが豪快に笑う。
「ははは! ジジイのくせにやることが少年漫画だな!」
「ジジイ言うな。九十年分のゲーム脳だ」
リエラは半ば呆れ、半ば嬉しそうにため息をついた。
「……ほんと、研究者泣かせの人材を次から次へと……」
エルドが、いつもの穏やかな笑みで口を挟む。
「では、こちらの方で国への“段取り”は整えておきましょう。
正式な書類としては──
・玄道勝利:独立特別戦力(対寵愛・対外勢力)
・サリオ:保護対象兼補助戦力
・アンシュラ:亡命希望者兼帝国情報提供者
……といったところでしょうか」
「ずいぶん早いな」
「監察官ですから。“紙の上の戦争”も得意分野です」
その言い方が妙に気に入って、俺はクスッと笑ってしまった。
笑っている場合ではないのだが。
◇ ◇ ◇
準備に割ける時間はほとんどなかった。
国境線の状況は刻一刻と悪化しているらしい。
――《前線魔導障壁、破壊》
――《帝国軍の突撃部隊に“高密度魔力結晶兵”を確認。通常兵力では対応困難》
――《避難開始。時間稼ぎの戦闘が必要》
つまり、時間稼ぎをしないと人が死ぬってことだ。
俺たちは最低限の装備だけ整えた。
俺はMFW時代の愛刀を創造で再現し、簡易の軽鎧だけ纏った。
重装備を選ばないのは、九十歳の膝が悲鳴をあげるからだ。
「玄道さん、歳を言い訳にしないでください。
さっき研究所の廊下を全力ダッシュしてた人の台詞じゃないですよ」
「うるさいぞサリオ。ジジイにはジジイなりの事情があるんだ」
サリオは、自身の得意とする“補助系創造スキル”を整えている。
「俺の創造スキルは、主に情報と支援です。
戦闘そのものより、“戦況の可視化”と“バフ付与”がメインになると思います」
「助かる。お前は味方に居るだけで戦力だ」
アンシュラは、自分のローブを脱ぎ捨て、研究所支給の黒い軽鎧を着込んでいた。
「俺の創造スキルは、破壊と干渉に偏っている。
魔力構造を崩す、命令を上書きする、戦場を混乱させる。
裏から敵の戦術を壊す役なら、得意分野だ」
「表で戦うのは俺。裏で壊すのがお前。横から支えるのがサリオ。
……悪くない布陣だな」
ラディンが大剣を肩に担ぎ、にやりとする。
「おい、忘れてねぇかジジイ。
“騎士団長候補”ラディン・バーンハルト様も同行だ」
「肩書き長いから、“斬り込み隊長”でいいだろ」
「それはそれで嫌だな!」
リエラは、俺たちの前に立って両手を合わせた。
「……本当は、ここから先は研究所から出したくないのだけど。
でも、あなた達がここでじっとしていたら、絶対後悔するでしょう?」
「まぁな」
「だから、研究者としてじゃなくて、ひとりの人間としてお願いするわ。
──生きて帰ってきて。
データじゃなく、“武勇伝”を論文に書かせなさい」
「ハードル高いな。まぁ、やってやるよ」
最後にエルドが、いつもの柔らかい声で補足する。
「政治的な裏工作は、私に任せてください。
あなた達が戦場で派手に暴れている間に、
“国の意思決定”も、いい方向にねじ曲げておきます」
「頼りになる監察官だ」
「お互い様ですよ。“世界を救うジジイ”」
その呼び名はちょっとだけ気に入った。
◇ ◇ ◇
国境近くへの移動は、研究所保有の“長距離転移陣”を使った。
視界が歪み、空間がひっくり返るような感覚の後──
そこは、焦げた大地と黒煙が立ちこめる戦場だった。
空には黒い旗。
ヴァルトルナ帝国の紋章が揺れている。
崩れかけた城壁の陰で、この国の兵たちが必死に持ちこたえていた。
魔術障壁はひび割れ、槍は折れ、盾は砕けている。
「──来たか、“異世界人”」
戦場の向こう側、黒い鎧を鋭く輝かせた騎士が一人、歩み出た。
その背後に並ぶのは、歪な鎧を纏った帝国兵と、魔力結晶を埋め込まれた強化兵たち。
騎士は面頬を上げ、冷たい笑みを見せた。
「我が名はジーク・ヴァルトルナ。
ヴァルトルナ帝国の第三皇子にして、“寵愛計画”の責任者だ」
アンシュラの肩が僅かに震えた。
「……ジーク様……」
「おや、アンシュラ。生きていたか。
兵器としては失格だが、“敵側に寝返る”という最悪の裏切りをしてくれたな。
だからこそ──殺す価値がある」
ジークの視線が、俺達三人へ向けられる。
「創造神の寵愛持ちが三人──壮観だ。
ならばこちらも、用意した寵愛持ちを出すとしよう」
ジークの背後で、もう一つの寵愛の気配が立ち上がる。
四人目。
しかも、禍々しく濁った権能。
(……こいつが、“マールの命令を本格的に歪めている核”かもしれねぇな)
サリオがごくりと喉を鳴らす。
「玄道さん……行けますか?」
「九十歳ナメんな。
俺はここまで“準備運動”しかしてないんだよ」
刀を抜く。
アンシュラが闇を握り、サリオが光の補助魔法を展開する。
三人の寵愛持ちと、外敵の寵愛持ち。
帝国と王国。
そして、壊れかけた“神の命令”。
全部まとめて相手だ。
「じゃあ──始めようか。
世界を救う戦争の、一回戦目を。」
俺は、国境の焦げた大地を踏みしめて前に出た。
玄道勝利九十歳。
異世界転生して、
本気で“世界を遊び尽くす”時間が、ようやく始まった。




