第14話 「三つ巴の乱戦──檻を壊すのは拳か、意志か」
警報が鳴り響き、研究所のあちこちで光が明滅する。
――《中央裁定院より通達! 玄道勝利を即時再拘束! 抵抗時は殲滅を許可!!》
その放送が終わるのと同時、廊下へ複数の転移光が降り注ぐ。
黒鎧の部隊が浮かび上がった。
中央直属の対異能殲滅部隊──
王国の戦力の中で“最強、最悪、最も言い訳できない暴力”。
冷たい声で宣告する。
「これより作戦を開始する。標的──玄道勝利。
抵抗勢力は全て殲滅。捕獲不要。死体でも問題なし。」
研究所兵の顔色が一気に青ざめた。
中央が動く時、それはすなわち“国が敵意を宣言した”に等しい。
だが、先に剣を抜いたのは意外な人物だった。
「──黙れ」
鋭い声と共に、ラディンが長剣を抜いた。
刃先が中央部隊へまっすぐ向く。
「玄道は俺が守る。命の恩人だからじゃない。
俺の“戦友になる予定の男”を無抵抗のうちに殺されて黙っていられるか」
中央隊長が目を細めた。
「騎士ラディン。貴様は国家反逆の意思ありと判断した」
「反逆で結構だ。お前らの“国家”に俺は仕えてねぇ。守るべきは国民だ」
さらにリエラもラディンの横へ立つ。
「観測者リエラ・フェネリア、中央命令に反対します。
私は“研究の名の下に人を殺す”つもりはありません」
研究所兵の半分ほどが、ラディンとリエラの側へ移動し剣を抜いた。
しかし残り半分──
上層部の命令に従う研究所兵は、中央側の前へと立ち塞がった。
空気が一気に殺気へと変わる。
同じ施設、同じ制服、同じ研究所の仲間が──
“玄道の扱い”を巡って刃を向け合っている。
三つ巴。
■ 中央の殲滅部隊
■ ラディン・リエラ率いる現場派
■ 上層部の命令に従う研究所兵
緊張の糸が切れる一秒前。
「……はぁ、くだらねぇな」
俺は一歩前に出た。
剣の音が止まる。
兵も魔導師も、視線を俺に向けた。
「俺を殺すために仲間同士で戦う?
俺を守るために仲間同士で殺し合う?
──つくづく、人間ってのは面倒だな」
中央の隊長が冷徹な声で言う。
「ならば貴様が死ねば済む話だ。お前がいるから争いになる」
「そうだな。だが俺が死ねば──争いは終わらない」
中央部隊の指揮官が氷の声で問う。
「根拠は?」
「俺が死ねば“次の寵愛持ち”が狙われる。
そして、その次、その次だ。
“原因を消す”のではなく、“替え玉を探す”だけの地獄が始まる」
リエラが息をのむ。
「玄道……」
俺はゆっくり、中央隊長の前まで歩く。
剣や魔法は飛んでこない。
攻撃すれば“味方を巻き込む”と理解しているからだ。
俺は隊長の目をまっすぐ見据えた。
「一つ聞かせろ。
お前らが殺そうとしてるのは“俺”か、“創造神の寵愛”か?」
中央隊長の口が止まった。
兵士たちの顔が揺らぐ。
「寵愛そのものが危険だから排除したいのか?
創造の力をこの世界から消したいのか?
なら俺じゃなく“力”だけが標的だろ」
中央の魔導士の一人が思わず声を漏らす。
「……力だけ、取り除く……?」
「それができると思ってるから、俺を殺せば済むと思ってんだろ。
違うか?」
沈黙が肯定だった。
要するに──
中央は“力を消せる方法”を持たないから“持ち主を消そうとしている”。
(国はいつもそうだ。“方法が無い時”は、人を消す)
低く笑ってしまう。
「お前らのやり方は“結果的に世界を救ったことが一度もない”んだよ」
隊長が剣を抜き、宣告する。
「お前は危険だ。感情で人心を操る気か?」
「俺は事実を言っただけだ。
言葉で揺れるなら、その正義は最初から空っぽだ」
次の瞬間──中央隊長が足を踏み込んだ。
権限の言葉を捨てた。
ただの殺気。
ただの戦闘。
「玄道勝利、ここで死ね!!」
来た。
だが俺は動かない。
剣が振り下ろされた──その腕を、ラディンの大剣が受け止めた。
「悪いが、こいつは死なせねぇ」
火花が飛び散る。
同時に後方で轟音。
魔術研究所兵の一部が中央部隊に火魔法を放ち、
中央魔導士が氷魔法で迎撃。
さらに現場派の魔導師が雷撃を撃ち込み、
上層部派の魔導師が障壁を展開する。
混乱は一瞬で戦場になった。
「ラディン、右側! 押しすぎ!!」
「くそッ、後衛の盾が薄い! 配置変えろ!!」
「中央の術式が早い! 詠唱阻害撃ち込め!!」
「広域魔法は研究区画に当たるぞ! 反射障壁を!!」
叫び、爆音、魔力の閃光。
研究所という知の殿堂は、
あっという間に“死線が交わる戦場”へ変貌した。
俺の横ではリエラが必死に叫ぶ。
「やめて!! 同じ国の仲間でしょう!? 何で殺し合えるのよ!!」
その声は届かない。
届く余裕のある者はいない。
誰もが“自分の正しさ”のために剣を振るっている。
(……悲しいもんだな)
人は“正義”のためなら簡単に仲間を殺せる。
そして“守るための戦い”すら、“壊す戦い”に変わる。
だが──
(俺はここで見てるだけの老いぼれじゃない)
俺は拳を握った。
「リエラ、下がれ」
「玄道……?」
「間違うと死人が出る。でも“力ずくで止めても誰も納得しない”。
だから俺がやることは一つだ」
床を踏みしめる。
「戦って“止める”んじゃない。
俺が“戦場を終わらせる”。」
リエラが大きく息を飲む。
「……どうやって……?」
「簡単だ。
“俺を殺したら勝ち”って認識を、全員にぶっ壊す」
俺は床に拳を当てた。
戦うためじゃない。
殺すためじゃない。
「――創造《戦場演算・虚像共有》」
目に見えない波が戦場全域へ広がる。
次の瞬間。
戦っている全員の“視界”に、
俺の姿が“十数体”現れた。
全方位、全距離、全レイヤー。
立っている俺。
歩く俺。
前進する俺。
笑っている俺。
怒っている俺。
剣を構える俺。
倒れる俺。
死ぬ俺。
それらが一斉に重なり、揺れ、増幅し、認識を揺らす。
「ッ!? 幻術か!? 違う、情報が……多すぎる……!!」
「どれが本物だ!! どれを殺せばいい!!」
「殺していいのか? そもそも今、戦う必要が……」
頭を抱える者も膝をつく者もいる。
俺は静かに言った。
「俺を殺せば世界が救われる──その“前提”が間違ってる」
幻像の俺たちが一斉に告げる。
「俺は世界を殺さない。
俺は世界を救う。
俺は味方だ。
俺は敵じゃない。
俺を殺す必要はない。
俺以外を殺す必要もない。
戦う理由はない。
止まれ。
深呼吸しろ。
落ち着け。
武器を下ろせ。
死なせるな。
殺すな。
守れ。
守れ。
守れ。」
重なる言葉が、“思考の根を揺さぶる”。
敵意も正義も恐怖も、一瞬すべて止まる。
全員が武器を握ったまま凍り付く戦場で──
俺はただ一つだけ、本物の声を放った。
「ここで戦って死ぬ気なら、それこそ“世界の敗北”だろうが」
長い沈黙。
最初に剣を下ろしたのは、中央隊長だった。
刃が床に落ちる音がした。
「…………玄道勝利。
貴様は、殺すべき存在ではないのかもしれない」
ラディンがゆっくり剣を収めた。
「……やっと気づいたか」
リエラは涙を流しながら笑う。
「……止まった……戦いが、本当に……」
研究所兵たちが次々に武器を降ろす。
殲滅部隊の魔法陣が消える。
防壁が解除される。
殺気が波のように退いていく。
戦場が、静寂へと戻った。
――終わった。
だが、終わりではない。
中央隊長が言う。
「玄道勝利。
お前は“脅威”ではなく“必要戦力”だと判断し直す余地がある。
だが国全体の意志がまだ追いついていない。
このままでは混乱は続く。
そこで提案がある」
「聞こう」
隊長は、これまでで一番現実的な声で言った。
「玄道勝利──お前は国の“最高戦力”として、正式に登録されろ。
国にも、研究所にも、中央にも属さない“特別独立戦力”だ。
誰の命令にも縛られず、誰の所有でもなく、しかし国の敵でもない存在。」
それはつまり──
“自由に動ける異能戦力としての保護制度”
ラディンが大きく息を吐く。
「……それなら文句はねぇ。守るも戦うも、本人次第ってわけだ」
リエラは頷きながら、嬉し涙を零す。
「それが……玄道にとって一番いい形よ……」
「で、中央の立場は?」
「貴様を殺す必要がなくなるなら、それでいい」
「研究所の立場は?」
「……玄道を観測対象として、正式に保護・支援する」
「現場の立場は?」
ラディンが笑った。
「もちろん味方だ」
リエラも笑う。
「当たり前でしょ」
中央隊長が尋ねる。
「玄道勝利──貴様の返答は?」
俺は迷わなかった。
「俺は“世界を救う”。
そのためなら、その肩書き、使わせてもらう」
「了解だ。交渉成立」
その瞬間、中央の殲滅部隊が全員膝をつく。
「──独立戦力・玄道勝利殿。
以後、我々はあなたの戦場で干渉せず、必要とあれば協力する」
戦場は沈黙し──
やっと、争いは終わった。
だが、ラディンがふっと顔を曇らせる。
「玄道……一つだけ気になることがある」
「なんだ?」
「この戦い……“誰かが意図的に起こした”気がしねぇか?」
リエラも息をのむ。
「中央が来たタイミングも、命令の内容も……あまりに急すぎた……」
エルドが遠くからゆっくり近づき、眼鏡を押し上げる。
「ええ。恐らく“裏に黒幕がいる”。
しかも──“別の寵愛持ち”を利用している可能性が高い」
全員の背筋が凍り付く。
その時だった。
遠方の区画で、轟音。
魔力が暴走したような気配。
濁った悲鳴。
「ッ!? 敵襲か!!?」
エルドが表情を険しくする。
「違う……これは、寵愛持ちの魔力だ。
“制御を失った寵愛”……!」
まさか──青年が暴走したのか?
リエラが蒼ざめて叫ぶ。
「……医療区画は!? サリオ(青年)は!?」
ラディンが大剣を掴む。
「行くか、玄道!」
「ああ。行く」
戦うためじゃない。
──救うためだ。
「寵愛は俺が止める。
仲間を守って、世界も救う。
約束しただろ」
俺達は医療区画へ駆け出した。
そこには、
この世界の“最悪の真実”が待ち構えているとも知らずに。




