第13話 「檻の中で聞いた、鍵の壊れる音」
隔離区は、想像していた“牢屋”とは違っていた。
石の独房ではない。
四方を透明な魔力壁で囲まれた、そこそこ広い部屋。
簡素なベッド、机、本棚、洗面台、それから運動用の器具まである。
ひと目だけ見れば、少し豪華な“個人部屋”だ。
(だが、どれだけ家具を置こうと、出口がないなら檻だ)
部屋の四隅には、魔力を抑制する陣。
外の廊下には、常に数人の魔導兵の気配。
壁越しに、他にも何区画か隔離部屋が並んでいるのがわかる。
【マスター、魔力行使は一部制限されています。創造の出力を100のうち30までに抑えてください】
「わかってる。ここで本気出したら、研究所ごと吹き飛びかねん」
【それも“魅力的な実験”かもしれませんが】
「冗談言うな」
マールの声が途切れてから、しばらく沈黙が続いていた。
“ごめんなさい”
“あなたを危険人物にしてしまったのは私”
あれは、確かにあの女神の声だった。
転生のときと同じ、申し訳なさそうで、でも期待に満ちた声。
だが詳しい話は一切なく、通信は断ち切られた。
(マール様、お前……何を背負ってる?)
俺はベッドに腰掛け、天井を見上げた。
檻に入れられるのは不愉快ではある。
だが、絶望には程遠い。
この程度の足枷で俺を閉じ込められるなら、そもそもこんな力は与えられてない。
(問題は、“ここでどう動くか”だな)
無闇に破壊して脱出したところで、「ああやっぱり危険人物だった」と国に証明してやるようなものだ。
それじゃあ、過去の異世界人と同じ末路を辿るだけ。
(俺がほしいのは、“救う力”と、“納得させる力”だ)
世界を救いたい。
仲間を守りたい。
マールも、この世界も、ついでにこの国のバカ上層部すら、まとめて“生かしたい”。
そのためには、ただ殴り倒すだけじゃ足りない。
……と、そんなことを考えていたときだった。
遠くから、かすかな怒鳴り声が聞こえた。
「……っ、冗談じゃない!!」
「命の恩人を檻に入れておいて、“世界の安定”だと……?」
聞き覚えのある声。
(リエラか)
隔離区の壁は魔力で遮断されているが、完全ではない。
集中すれば、音と気配の方向くらいは読める。
どうやら、“上の階”で揉めている。
もう少し意識を集中した瞬間──
「──《創造:共鳴聴覚》」
耳を塞がずに、聞こえなかったはずの音域を“拾うため”の創造を行う。
魔力制限30でも、この程度なら問題ない。
すぐに、はっきりとした会話が飛び込んできた。
◇ ◇ ◇
「落ち着きなさい、リエラ」
「落ち着いていられません! 所長、ラディン様!」
聞こえたのは、リエラの叫び声だった。
「玄道は、あなた達が思っているような“爆弾”じゃありません! あの子は──」
「リエラ、言葉を選べ」
ラディンの低い声が入る。
騎士の声はよく通る。
「俺だって納得しているわけじゃない。だが、所長の言うこともわかる。
国は“わからないもの”を一番恐れる。玄道の力は、わからなさすぎるんだ」
「だったら、“解ろうとする”のが研究所の仕事でしょう!!」
リエラの叫びは、怒りよりも悲しみに近かった。
「玄道は協力してくれました。検査にも素直に応じてくれた。
暴走しかけた寵愛持ちを救い、研究所を破壊しないように気を配り、
自分が狙われても、商隊も護衛も守り切った。
そんな人を、“危険だから”で檻に入れるなんて──!」
言葉に詰まり、それでも続ける。
「そんなの……そんなの、ただの“臆病者の都合”じゃないですか……!」
数秒の沈黙。
所長の声が低く響いた。
「リエラ。君の言いたいこともわかる。
だがね、我々の仕事は“英雄を称えること”ではない。“最悪を防ぐこと”だ」
「……その“最悪”を防ぐ手段が、“閉じ込めること”だけだと言うんですか?」
「違う。だがまず、“管理下に置く”必要がある。
君も見ただろう。玄道勝利は、異常だ。
魔力循環を遮断し、寵愛の暴走を止め、精神リンクで神の命令を書き換える。
そんな存在を、“放し飼い”にしておけると思うか?」
「……っ」
「君は現場で彼と接して、心を動かされた。それは否定しない。
だが“個人への感情”で国の安全を測ってはならない」
ラディンが低く言う。
「所長。だが、玄道の意志はどうする?
あいつは“世界を救うために動きたい”と言っていた。
戦場で必要になる時が必ず来る。そこで檻の中にいるようでは──」
「だから、“今は”隔離だ」
「今は」という言い方に、ラディンが反応する。
「今は……?」
「今すぐ処刑しろとまでは言われていない。
だが中央からは“厳重な管理をせよ”という命令が来ている。
君たちも知っているだろう、“上”の連中のことは」
中央。王都。
さらにその奥にいる、“国の頭脳と胃袋を握る連中”。
「彼らは、“前例”を恐れる。
一度、異世界人を自由にして世界が歪んだ歴史を知っているからな」
「だったらなおさら──玄道の意思と協力関係を築くべきです!」
「リエラ、君はまだ若い。理想を語るのは良いことだ。
だが、“今の世界は理想だけでは回らない”」
そこで、別の声が割って入った。
「──所長。失礼ながら、それは“今の世界を守る”というより、“今のあなた達の立場を守っている”だけでは?」
柔らかく、それでいて鋭い声。
(誰だ?)
聞き覚えのない声だった。
落ち着き払っているのに、妙に存在感がある。
「……君は」
「第七観測塔、外部顧問のエルド・ハウゼルです。正式には、王国裁定院直属の監察官、という立場になりますが」
(裁定院、監察官……)
この世界でいう“監査役”か。
上の連中を監視するための“別の上”。
エルドと名乗った男の声は、静かに続く。
「私は玄道勝利の働きを、ある程度外から記録していました。
南街道での護衛行動、研究所での暴走寵愛持ちの救出、
そして──今こうして隔離に甘んじている判断まで」
「監察官、言いたいことを言ってくれ」
所長が少し苛立った声を出す。
「ええ。言いたいことはひとつだけです」
エルドの声は柔らかいまま、言葉だけが鋭く刺さる。
「“玄道勝利を檻に入れて満足しているような国は、どうせいつか滅びますよ”」
室内の誰かが息を呑んだ。
「……どういう意味だ?」
「彼は、自分から敵対行動を取っていない。
彼が力を振るったのは全て、“誰かを守るため”か、“暴走を止めるため”。
そんな人物を“危険だから”と隔離し続ける国は、
いざという時、本当に必要な戦力を信用できないまま滅ぶ──という意味です」
「しかしそれでは……」
「もちろん理解しています。
あなた達が“最悪の芽”を摘み取ろうとしていることもです」
エルドの声が、少しだけ熱を帯びる。
「ですが、芽を摘み続ければ、花も咲きません。
異世界人は確かにリスクです。
ですが同時に、“世界を救ってきた”のも異世界人です」
リエラが震える声で問う。
「……じゃあ、どうすれば──」
「簡単な話です」
エルドはあっさりと言った。
「“玄道勝利を、誰のものでもない存在として扱うこと”です」
「は?」
ラディンが素で声を漏らす。
「国の所有物でもなく、神の駒でもなく、敵でもなく。
彼自身の意志を持った“独立した戦力”として扱う。
必要なら協力し、不要な時は放っておく。
それが一番、世界にとって安定する」
「そんな曖昧な立場、許されるものか」
「許すか許さないかを決めるのは──」
エルドの声が、一瞬だけこちらの方向を向いた気がした。
「“彼自身”でしょう?」
◇ ◇ ◇
(……聞いてやがるな)
俺は隔離区の床に座り込み、天井を見上げた。
どうやら、研究所の中で勢力が揺れ始めている。
上層部──所長と、中央の命令に従う派。
現場──リエラやラディンたち、“玄道と一緒に戦った派”。
そして、そのどちらでもない監察官エルド。
(ここで下手に暴れれば、“ほら見ろ危険だ”って話になる。
かといってずっと黙ってりゃ、“管理できている”って勘違いされる)
だからこそ、必要なのは──
「……“俺がどうしたいか”って話だな」
【マスター、今なら隔離区の結界を外部から操作しようとしている魔力反応があります】
「誰だ?」
【リエラと……もう一つ、未知の魔力。たぶん監察官エルドです】
(動いたか)
ちょうどその時、部屋の前の廊下で、小さな口論が起きた。
「これ以上は危険です、リエラ様。命令違反になります」
「黙って。私は、“観測者”よ。
観測対象を檻に入れて満足しているだけなんて、研究者の仕事じゃない」
リエラの声だ。
続いて、柔らかい男の声。
「……まぁまぁ。命令違反といっても、“ちょっとだけ鍵を緩める”程度なら、ね?」
「エルド……本気で言ってる?」
「もちろんです。私は監察官。
“命令が世界にとって不利益なら、平然と破る”のが仕事ですから」
魔力の鍵が、静かに書き換わっていく気配がした。
【マスター、結界制御の一部が“外側から”解除されました。
完全に解放ではなく、あなたの魔力行使を40〜50まで許可する程度です】
「中途半端だな」
【ですが、“中から壊した”形にはなりません。
“監察官が意図的に緩めた”という記録になります】
つまり──
(“逃げ出した”じゃなくて、“出してもらった”という形にできるわけか)
扉越しに、リエラの息を呑む音が聞こえた。
「……本当に、いいのね?」
「ええ。私はただ、“玄道勝利に選択肢を渡す”だけですよ。
出るか出ないかは、彼が決めることです」
そこまで言ってから、エルドがわざと少し大きな声で言った。
「──玄道勝利。隔離区の結界を一部緩めました。
あなたは今、“檻の中に留まる”ことも、“檻の外へ踏み出す”こともできる」
廊下の兵士たちがざわつく。
それでも、エルドは落ち着き払って続けた。
「外へ出れば、研究所上層部を完全に敵に回すかもしれません。
留まれば、“管理しやすい危険物”として扱われ続けるでしょう。
──さぁ、どうします?」
いい問いだ。
俺は、少しだけ笑ってしまった。
(九十年ゲームしてきて、“選択肢”ってやつを腐るほど見てきたが……
ここまでわかりやすい二択もなかなか無いな)
【マスター、どうしますか?】
「決まってる」
俺はゆっくり立ち上がり、結界に手を触れる。
さっきまでピクリとも動かなかった魔力壁が、わずかに揺れた。
「──創造《鍵の形》」
俺は、無理やりぶち壊すことはしない。
“緩められた鍵”に、自分から“形”を与えてやる。
バキン、と音がして、透明な扉が静かに開いた。
外には、驚いた顔の魔導兵と、泣きそうな顔のリエラと、微笑んでいるエルドが立っていた。
俺は一歩、外へ出て言う。
「檻から“逃げる”つもりはない。
ただ──“檻の中に座って世界が滅ぶのを眺める趣味はない”んでね」
エルドが目を細める。
「やはり、そう来ましたか」
リエラは涙を拭いながら、笑った。
「……玄道、本当に最悪で、最高ね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
その瞬間、遠くで魔力警報が鳴り響いた。
研究所全体に響き渡る、緊迫した声。
――《警告! 中央裁定院より通達!
“玄道勝利を即時再拘束せよ。抵抗する場合は殲滅も許可する”》
エルドが肩をすくめる。
「……早いですね、中央は。
さて──ここからが、“本当の反乱”です」
研究所の内部で、
上層部と現場と監察官と、そして“檻から出た異世界人”の戦いが、静かに始まろうとしていた。




