第11話「“もう一人の寵愛持ち”──殺意か、再会か」
扉が爆風で砕け散り、黒装束の刺客たちが雪崩れ込んでくる。
短刀、魔術、投擲、闘気、杖。
そのどれもが“殺すための間合い”で飛び込んできた。
護衛任務ではない。
身を守り、仲間を守り、逃げる必要もない。
今回は──俺自身の“殲滅戦”だ。
「――創造《全域解析領域展開》」
視界に薄い光の帯が重なり、侵入者全員の“動きのパターン”が浮かび上がる。
足の踏み込み、視線、筋肉の張り、武器の角度、魔力の流れ。
それらが“攻撃の経路”として解析される。
【マスター、行動予測演算完了。敵の攻撃は“当たりません”】
「当てさせねぇだけじゃ足りない。死ぬなら一瞬で眠らせてやったほうがいい」
敵が最初の斬撃を繰り出す前に、俺は踏み込んだ。
床を蹴る音すら遅れて響くほどの加速。
目の前の刺客の手首を掴み──軽く捻る。
「がッ――!?」
力任せにへし折るのではない。
神経の動きを止める一点に触れるだけ。
そのまま反転して背後の刺客の顎に掌底。
骨は折らない。意識だけを刈り取る。
一撃ごとに敵が倒れ、崩れ、重なる。
十秒も経たず、床に九人が眠った。
刺客たちは予想外の展開にざわめく。
「反応が速すぎる……!」
「魔法も身体強化もしてないのに……!?」
「チートだろ……この化物ッ!」
叫びと絶望と怒りが混ざり合う。
「よく言われてきたよ。だが俺はただの“ジジイ”だ」
黒装束の魔術師たちが詠唱に入った。
稲妻・氷・炎・闇……複合魔法の多重詠唱だ。
防御すると研究所が破壊されかねない。
(だったら──“出す”しかない)
「――創造《虚式・魔力収束遮断壁》」
俺の足元から透明な波が広がり、半径二十メートルの魔力循環を一時停止させた。
詠唱が潰れる。
魔法陣が破裂し、魔術師たちが膝をつく。
「魔力が……動かない……!?」
「馬鹿な、魔力遮断なんて存在しないはず……!」
「無いなら創ればいい。それが“創造”だ」
魔法使い五人が同時に沈んだ。
残り十人ほどが武器を構えたが、動きの揺れに“恐怖”が入り混じっている。
(まだだ。“本命”は別にいる)
敵の“編成”が明らかにおかしい。
さっきの集団とは違う。
この戦力は──“俺を殺すための対玄道構成”。
魔術遮断を想定していない。
つまり“新しいデータを取りに来た”動きだ。
――その瞬間。
廊下の奥、敵の後列で、ひときわ強い魔力波形が瞬いた。
刺客たちの動きが、何かの合図で一斉に止まる。
「……来たな」
足音がゆっくりと響く。
黒装束の部隊を押し分け、中央へ歩み出てくる人物。
顔を隠すフードは他の刺客と同じだが、纏う空気が違う。
殺気ではなく──“静かすぎる”気配。
その人物は俺の正面で立ち止まる。
そしてフードを下げた。
現れたのは、黒髪漆のように艶やかで、白磁の肌。
年齢は二十歳前後。
中性的な美しさを持つ青年──いや青年“にも”見えるが、性別を拒絶するような顔立ち。
紅の瞳。
俺と同じ“創造神の寵愛”の波長。
【警告:対象は“創造神の寵愛持ち”。あなたと同格。
危険度:未知。】
それでも、その人物の“表情”には殺意がない。
ただ、なぜか泣きそうなほど悲しげな目をしていた。
そして──ゆっくり口を開く。
「……やっと、見つけた」
殺意ではない。
憎悪でもない。
諦めでもない。
涙の匂いすらする声だった。
刺客たちは一斉に跪く。
──“この青年が指揮官”だ。
青年は俺をまっすぐ見つめたまま言った。
「玄道勝利。君を殺しに来た」
静かすぎる声。
謝罪すら滲んでいる声。
「だけど──君を殺したくなんて、ない」
全身に戦慄が走った。
「じゃあ何で来たよ」
俺の声は低く、静か。
青年は一瞬だけ目を閉じ、苦しげに言った。
「“俺が君を殺さないと、この世界が滅ぶ”
そう“寵愛”が告げるんだ」
研究所が静まり返る。
「寵愛が……命令するのか?」
「違う。正確には──“創造神マールの声が”。
君を殺さないといけない。
君が生きていると“世界が崩壊する”。
俺が殺せるのは“俺だけ”。」
心臓が低く鳴る。
マールの声?
俺はマールからそんな声は聞いていない。
だがこの青年は“本気で”そう信じている。
思い込みではない。
実際に“聞こえてしまっている”のだ。
青年は続ける。
「俺は君の味方だよ。仲間だよ。本当は……会いたくて仕方なかった」
震える声。
泣き出しそうな微笑み。
「だけど──『玄道勝利を殺せ。彼は世界を滅ぼす』
マール様は、ずっと俺にそう言い続けるんだ」
胸を刺すような痛みが走る。
(……マール様が、そんなことを?)
青年は手を伸ばす。震えながら。
「お願いだ……抵抗しないでくれ。俺の手で君を殺せれば世界は救われる。
君が殺されてくれるなら……俺達は敵にもならないし、戦う必要もなくなる。
俺は君を殺したくなんてないんだ。……だからどうか──」
「殺されてくれ?」
青年は苦しげに頷いた。
「そうだ。君を死なせたくないが──君が生きていると世界が崩れる。
俺は……どうすればいいんだよ……」
涙をこぼし、震えながら、俺に手を伸ばしながら。
「玄道勝利……どうか、俺を救ってくれ……!」
刺客たちは一斉に武器を構える。
青年が攻撃を命じたからではない。
青年の“手が震えて命令が出せないから”、部下が代わりに殺しに来る。
青年自身は俺を殺したくない。
だが“世界のため”に、殺さねばならない。
この矛盾が、青年を壊している。
俺はゆっくり、青年の前に歩み寄った。
刺客たちが殺気で包もうとするが、青年は涙で嗚咽しながら微かに制止する。
「……近づいてくるな……頼む、俺を……壊さないでくれ……」
それでも俺は止まらない。
(この青年は俺を殺す敵じゃない。
“殺すしか選べないように追い詰められた犠牲者だ”)
目の前まで歩み寄り、届く距離。
青年は涙を流しながら、崩れた声で言う。
「助けて……玄道……俺はどうすればいい……?」
その問いは、俺じゃなくても泣きたくなるほどの叫びだった。
(選択肢はひとつじゃない)
俺は青年の手を掴み、握り返す。
圧倒的な静寂。
そして、言う。
「俺を殺さなくていいように、俺が世界を救う。
世界が崩れる原因を、俺が全部ぶっ壊す。
“お前にも、マールにも、俺を殺す必要がない未来”を、俺が創る」
青年は言葉にならず、声を震わせる。
「そんな未来……本当にあるのか……?」
「無いなら創る。俺のスキルは“創造”だろ?」
青年は涙をこぼしながら、しゃくり上げるように笑った。
「……玄道勝利……やっぱり、君は“間違ってる”ほど強い……」
青年が手を離し、深く息を吸う。
ほんの一瞬だけ、殺気も絶望も消えた。
だが次の瞬間──青年の瞳が大きく揺れる。
「……ッ!? 駄目だ! マール様の命令が……頭に……ッ!!」
紅い瞳が狂気で染まりかけていく。
──マールの“声”が青年を壊しに来ている。
青年は泣き叫ぶ。
「逃げろ玄道ッ!! 俺が理性を保ってる間に逃げろ!
このままだと俺はッ!! お前を殺す!!」
全刺客が同時に殺気を増幅。
青年の“暴走”が始まる前兆。
(くそ……間に合うか?)
青年自身を壊さず止める方法は、たったひとつ。
“戦わず、支配ではなく、優先命令を書き換える”。
「――創造《精神結束》」
俺は青年の頭に手を添え、強制ではなく“共有”を創造した。
光が弾け、二つの意識が一瞬だけ繋がる。
青年の脳内で響いていた“マールの声”が流れ込んだ。
──玄道勝利を殺せ。
──彼が生きていると世界は崩壊する。
──殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
(……これは)
声は確かにマールだ。
だが“壊れている”。
言葉ではなく命令。感情ではなくプロトコル。
これは“神の意思”ではなく、
“神の機能の暴走”だ。
(マール様本人の人格じゃない。
マールの権能の自動命令──システム側の警告だ!)
俺は青年の精神リンクを通じて叫ぶ。
『聞け!! 俺は世界を滅ぼさない!! マール様の願いは“世界を救う”ことだった!!
命令はノイズだ!! 止まれ!!』
青年は頭を抱え、床に膝をつく。
「……ッッ!! マール様の声が……揺らいで……ッ!!」
崩れ落ちるように青年の体が傾き、俺が受け止める。
狂気が抜け、涙が静かに落ちた。
青年は声にならない息で呟いた。
「……助けてくれて……ありがとう……」
意識が途切れ、青年は静かに眠った。
刺客たちは青年を守るように一斉に武器を下ろす。
敵意ではなく、絶対的な忠誠だ。
そして、全員が俺の前で跪いた。
「……玄道勝利。
我らの主を壊さずに救う者──」
「次に命じるのはなんだ?」
刺客の隊長が答える。
「“主の命を守ること”
それが我らの任務です」
つまり──
青年を守るため、刺客たち全員が俺の“味方”になった。
廊下は静寂に戻る。
【マスター、敵勢力三十名、完全服従状態。敵対行動ゼロ。
戦闘は、あなたの“勝利”です】
「勝ち負けって感じじゃねぇけどな」
俺は青年を抱きかかえる。
「名前、聞いてねぇな。起きたら聞くか」
その時、警報を聞いて駆け付けたリエラが息を呑む。
「玄道……これは……」
「話すことは多いが、まずこの青年を治療してやってくれ。敵じゃない」
リエラは表情を引き締める。
「……わかった。研究所として保護する。
生かしておくべき“存在”だ」
俺は頷き、長く息を吐いた。
(神の寵愛は二人。
神の命令は暴走。
狙われる理由も救う理由も増えた)
だが──
「面白ぇ。全部まとめて救ってやるよ。世界も、神も、仲間も」
研究所の中で静かに宣言した。
玄道勝利の本当の戦いは、今ここから始まった。




