第10話「魔術研究所──歓迎と監視の狭間で」
王都研究区画に到着したのは、夕暮れが深まりつつある時間帯だった。
城壁のさらに奥。
兵士の数が多く、街灯ではなく“魔術灯”が並び、浮遊文字による案内板がゆらりと光っている。
一般人の姿はほぼ無い。ここは“研究者と兵士しか存在しない区画”だ。
研究所の建物は、巨大な塔を中心に複数の建造物が回廊で繋がれた複合施設。
厚く閉ざされた扉、魔力で動く昇降機、水晶の監視装置──
ゲーム時代に見た“魔術研究機関”の数倍リアル、数倍物騒な雰囲気だ。
馬車を降りると、リエラが淡々と案内した。
「ここが王国魔術研究所第七観測塔です。主に“特殊能力者の研究”を担当します」
“特殊能力者”という言い方が、嫌でも耳に引っかかる。
「やっぱ俺みたいなの、他にもいたってことか」
「昔は……ね」
リエラはそれ以上言わず、塔の扉に触れる。
魔法陣が展開し、重厚な扉が音もなく開いた。
中へ足を踏み入れた瞬間──空気が変わる。
ひんやりした冷気。
魔力の粒子が肌を刺激するような感覚。
魔法の分析装置が淡く光り、人影は少なく静寂が支配している。
【マスター、この空間は“魔力の流れ”を完全に制御している構造です。戦闘能力を最大に発揮できる空間ではありません】
「つまり、研究対象が暴れても大事にならないように造られてるってことだろ?」
【……そういうことです】
リエラがこちらを振り向く。
「まずは検査室へ案内します。体の構造、魔力特性、加護の波長、精神安定指数──できる範囲で調べさせてください。痛みの伴うものはありません」
「まあ、目的が分かってさえいれば構わない」
塔の奥へ進む途中、白衣とローブの研究者達が次々に視線を寄越す。
「彼が……?」
「創造神の寵愛……本当に?」
「異世界人……発見されたのは何十年ぶりだ……」
囁きと視線、研究者特有の好奇心。
“敵意はないが、研究対象を見る目”だ。
(まぁ、銃を向けられるよりはマシか……)
案内された検査室は、思っていたほど冷たい場所ではなかった。
金属の檻ではなく、白い魔法陣が床に描かれた広い部屋で、ベッドと書き物机まである。
「リラックスして構いません。座ってください」
俺が椅子に座ると、リエラは数枚の水晶板を浮かせる。
魔力の糸で編まれた術式が、音もなく発動を始めた。
「──解析開始」
身体の周囲を光が覆う。
体温、魔力の流れ、筋繊維、精神状態……次々に数値化されていく。
【マスター、解析魔術を受けています。抵抗も可能ですが?】
「やめとけ。拒否した瞬間、“危険人物認定”だ」
【了解、魔力放出を制御します】
光の測定は数分で終わり、リエラは水晶板を読みながら小さく息を漏らした。
「やっぱり……“規格外”ですね」
「自覚はしてるさ」
リエラは水晶板を消し、こちらを正面から見た。
「玄道勝利。あなたは“国に利用されるだけの危険物”ではない。あなた自身も、この国にとって“理解不能な戦力”だということです」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
リエラはわずかに微笑んだが、すぐ真面目な顔に戻る。
「ですが、検査の中でひとつだけ重要な解析結果が出ました」
室内の温度が、わずかに下がった気がした。
「何だ?」
リエラは言いにくそうに口を開く。
「“創造神の寵愛”──その加護の波長は、この世界の神々の記録に“存在しません”」
「どういう意味だ?」
「この世界の神は七柱。その力の波長はすべて記録にある。
けれど、あなたが持っている加護の波長はどれにも一致しない。
つまり──この世界の神ではない“外の神”の権能です」
室内の誰もが黙り込む。
神すら違う。
俺はこの世界のシステムの“外側”から来た存在。
だから世界は反応している──
歓迎でも拒絶でもなく、“未知への恐怖”で。
リエラが真剣な声で続ける。
「──これこそが、あなたが狙われる理由です」
答え合わせが完了した気分だった。
(異世界人だから、じゃない。
“異世界の神の権能を持っているから危険視されている” のか)
ようやく合点がいった。
だがリエラの言葉はまだ続く。
「もう一つ──解析結果で“深刻な事実”が判明しました」
リエラはゆっくりと言う。
「“あなた以外にも、創造神の寵愛持ちがこの世界に存在する”」
思考が一瞬止まった。
「……俺以外に?」
「ええ。波長データの一致が検出されています。
あなたとは別の、創造神の寵愛を持つ人物が、この世界のどこかにいる」
背筋に冷たい感覚が走る。
あの襲撃者たちは──
俺を手に入れれば“神の寵愛を揃える”と考えたのか?
それとも、“危険な寵愛持ちが複数いるから排除している”のか?
リエラが資料棚から一冊の分厚い書物を取り出し、俺の前に置く。
古い革装丁。タイトルは──
《異界来訪者記録──誤魔化された歴史》
背筋がさらに強張った。
「……これが、異世界人の記録?」
「公には存在しない禁書です。過去に来た異世界人について記されています。
あなた達の力がなぜ恐れられるのか……すべてここにあります」
喉が乾いた。
ページを開くと、古い文字でこう記されていた。
──異界人は、魔王を滅ぼした。
──異界人は、王国を救った。
──だが最後には、異界人は“世界から消された”。
血のように濃いインクで刻まれている。
「消された……?」
リエラは静かに頷いた。
「異世界人は“世界を救う力を持つ”。
……しかし同時に、“世界を壊せる力も持つ”。
その恐怖心と嫉妬によって、異世界人は歴史から消され続けたのです」
ページをめくる。
戦争の英雄。
国を救った勇者。
救世主。
魔災を止めた聖騎士。
──全員、最後は“処刑”か“行方不明”。
胃が重くなるような現実だった。
【マスター、精神反応の低下を検知。深呼吸を推奨します】
「大丈夫だ。覚悟してた世界だ」
ページを閉じ、リエラに言う。
「つまり俺は、“世界を救う可能性があるが、同時に世界に殺される可能性もある”ってわけだな」
「……言葉にすれば残酷ですが、事実です」
だが恐怖よりも怒りよりも──
胸の内に燃えるのは、全く別の感情だった。
(過去の異世界人は、救って、利用されて、最後に捨てられたわけか……)
(じゃあ俺は──同じ道を辿るつもりはねぇよ)
俺は椅子から立ち上がった。
リエラが驚く。
「玄道……?」
「歴史がどうとか、外の神とか、危険だとか……全部どうでもいい」
拳を握る。
「マールが言った。“世界を救ってほしい”って。
それが俺のスタートラインだ。
その上で、俺の仲間に手を出す奴は──世界だろうと神だろうとぶん殴るだけだ」
リエラはしばらく俺を見つめ──そして、小さく笑った。
「……あなた、本当に最悪ですね」
「褒め言葉か?」
「ええ。“研究者にとって都合が悪いほど魅力的な実験対象”という意味です」
言葉は皮肉なのに、声は嬉しそうだった。
その瞬間、研究室の扉が急に叩かれる。
「リエラ様! 緊急です!」
「どうした?」
「創造神の寵愛に反応する魔力波が、研究所の外で観測されました!
しかも“転移魔法”です! この付近に寵愛持ちが出現──!」
全員の表情が固まった。
リエラは俺を振り返る。
「玄道……“あなた以外の寵愛持ち”が来るかもしれません」
そこで終わりではなかった。
次の報告が、空気を裂く。
「──いえ違います! 先ほどの魔力波は消失!
研究所敷地内に侵入反応!
目的は……玄道勝利の殺害!!」
「……はぁ。間が悪いやつらだ」
俺はゆっくりと拳を握った。
「襲ってくるなら歓迎してやるよ。
今度は研究所の中で、仲間の前で──俺を消せると思ってるなら、見せてやる」
リエラが呟く。
「……玄道。戦う覚悟は?」
「最初からできてる」
扉の向こうから、爆音。
悲鳴。
警報。
焦げた魔力の匂い。
【マスター、敵は三十名以上。魔力値・戦闘力ともに高い。明らかに“あなたを殺すための編成”です】
「上等だ」
敵が動くのなら、俺も動く。
「リエラ、避難しろ。お前らに手を出す理由は無い」
「……わかりました。必ず生き残ってください。あなたの選択が、歴史を変えます」
俺はドアの前に立ち、静かに息を整える。
九十年ゲームに費やして、人生の終わりで転生して、
異世界で、仲間を得て、狙われて、研究所で歴史を知って──
全部まとめて、こう思った。
「この世界、本当に面白ぇじゃねぇか」
廊下の向こうから、殺気の奔流。
ただし今回は“護衛”ではない。
これは──俺の戦いだ。
「さぁ、来い。まとめて相手してやる」
足音と怒号が迫り、扉が吹き飛ばされる。
黒い影が殺意を剥き出しにして雪崩れ込んできた。
玄道勝利が、異世界で初めて“本気で戦う”瞬間だった。




