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9.灰かぶり、調合する

 



「これが……生活魔法………」


 呆然と呟くのはアクロイド様です。護衛の方々もあんぐりと呆けておられます。


 ええ。かく言うわたしもあんぐりしておりますけどね。

 自分の描いた魔法陣が成功しただけでなく、それが視覚的なものだけじゃなく五感で浄化されたと実感できたのは生まれて初めての経験だったもので。

 おばあちゃんの生活魔法と同じ効果に驚きすぎて、見開いた目とみっともなく半開きになった口を閉じることもできません。淑女としてあるまじき醜態です。そんな情操教育を受けた記憶もないけれど。


「コーベット君の時代は、なんて夢に溢れた時代だったのだろうな! 素晴らしい!」

「あ、ありがとうございます……?」


 おっふ………アクロイド様の圧が強い。

 イケメンパワーは目にきますね……。離れて下さい。失明しちゃう。


「ご覧になりましたね? 称賛頂けたということは、しっかりと見たということですよね? じゃあお帰りを。ほらほら、調合室から出てくださいっ」

「むっ。そんな犬を追い払うように追い出さずともいいだろう」

「約束しましたでしょ? わたしは調合を試したいのです! 今すぐに!」

「だから邪魔だと?」

「はい! 邪魔です!」

「君はもう少し、言葉をオブラートに包むということを覚えた方がいいな。忌憚なく、歯に衣着せぬ物言いは嫌いではないが」

「アレクシス様、それ投げたブーメラン状態だと気づいてます? あと自分の好みをしれっと盛り込むのも止めましょうね。気持ち悪いです」


 共に背中を押されながら、ダリモアさんが呆れた様子でアクロイド様に突っ込みを入れてらっしゃいます。どうでもいいので早く帰って! 帰りながら討論してください!


 ぐいぐい押して追い出したわたしは、早速浮き浮きと軽い足取りで作業台へ戻った。

 まずは視覚的にわかりやすいチェカッシュの傷薬を作ってみようと思う。簡単な作業ではないけど、効果は一目瞭然だ。


 材料の下準備として、蜜蝋と植物オイルを準備する。ここにチェカッシュを入れなければ、精油を加えて保湿クリームやリップバームになる。おばあちゃん特製のこの二点は女性に大人気で、冬場の肌荒れや乾燥、痒みなどに効果覿面だった。

 わたしも毎年お世話になっていて、おかげで凍瘡や皹になったことは一度もなかった。おばあちゃんが亡くなってからは自作していたけど、無いよりはまし程度の出来だった。だから、本当に魔法陣が作用するなら、そっちの方もちょっと期待してたりする。


 採蜜された巣の搾りカスから取り出した蜜蝋と植物オイルが市場で売られていたので、今回は予め購入しておいて、自宅に薬草採取の道具と弓を取りに寄った時に調合室に運んでおいた。

 本来は蜜蝋も植物オイルも採取したものから作るんだけど、今回は時間が惜しいので市販のものを使わせてもらいます。精油も含めてじっくりと研究するにはもう遅い時間帯なので、いろいろとたくさん採取採蜜して、数日かけて調合してみないと。

 今回はとにかく魔法陣を試したい一心だから、スピード重視で行かせて頂きます!

 本来の効能よりは落ちちゃうけど、今まで手作業で作っていた粗悪品との比較にはなるからいいのです!


 選んだ植物オイルは、バーナの実から搾った黄金色に輝くさらっとしたオイルだ。バーナの実からとれるオイルは保湿性に優れていて、刺激がなく匂いも少ないのが特徴だ。

 精製された蜜蝋は淡いオレンジ色をしており、不純物が綺麗に取り除かれているものを選んで購入した。


 遮光ガラスの容器を火と水の複合魔法陣で煮沸消毒しつつ、早速調合作業に移りたいと思います。


 チェカッシュの葉の表面の埃や塵を刷毛でささっと払い、硬い葉の重なった部分にナイフを差し込むと、一気に裂く。葉ごと真っ二つにしようとすればかなりの力仕事になるけど、葉の繊維は縦に走っているので、勢いで裂く分には意外と力は要らない。

 これは野性動物の食べ方を見て真似たものだ。チェカッシュが好物の大型のリスは、ナイフを当てた位置に歯を立て、前足を器用に使って裂いていく。それを繰り返し、中の柔らかな蕾を食べるのだ。

 次々と葉を裂いて取り除いていくと、芋に似た質感の真っ白な楕円形の蕾が姿を現した。茎の名残との境目にナイフを通し、蕾を切り離す。チェカッシュの蕾は今晩の食材なので、大切に保管しておこう。


 チェカッシュを十個ほど解体して、剥いた葉を作業台の中央に集めた。

 人差し指と中指に青白い灯火を灯しながら、ドキドキと緊張しつつ頭の中の引き出しにしまっておいた魔法陣を引っ張り出し、丁寧に思い描いていく。

 チェカッシュの葉は外見のイメージとは正反対のデリケートな性質を持っており、調合素材として長期保存に向かない。素材の作り置きは出来ないので、チェカッシュから薬を作る際に使う魔法陣は複合紋様もかなり複雑だ。一気に仕上げてしまうので、重ねる紋様の種類が断トツで多いのが特徴だ。

 似たような性質の薬草も少なくないので、作り置きの利かない、複雑化された魔法陣の種類も多い。だからこそ、多様化された魔法陣を駆使して調合できる薬師は重宝されたのだけど、この時代の薬はどうなってしまったのかしら………。


 まずは葉を細かく切断しなければいけない。そのあとに乾燥、粉末状に粉砕だ。チェカッシュの葉も硬い表面より繊細な内側の繊維は水分に弱いので、これも洗ってはいけない。

 描く紋様は風と火の複合。難しさで一二を争う紋様の組み合わせだ。チェカッシュから作られる傷薬は高い効能を誇る反面、調合過程の難易度も高い。

 五百年前は、チェカッシュの傷薬を作れる薬師は国から特級の称号を授与された。傷薬は兵士に需要があり、毎月大量に注文されていた。おばあちゃんも特級持ちの一人で、毎月初めには三桁の注文が入っていた。おばあちゃんだけが受注していたのではなく、特級持ち四人で三桁ずつ割り振られ、他のいくつかの薬と一緒に納品していた。

 両手描きのおばあちゃんでなければ捌けない量だったと思う。魔法陣がきちんと作用したとしても、わたしでは精々二桁止まりだろう。それも、五十には絶対に届かない。


 改めておばあちゃんの偉大さを噛みしめながら、植物の蔓のような曲線の風の紋様と、立体的な火の紋様を描いていく。


 四重に重なった立体的な魔法陣が合わさり、淡くチェカッシュの葉を照らして囲む。カチリと嵌まった音を立て、チェカッシュの葉を光の繭が包み込んだ。

 賽の目に切断され、次いでカラカラに乾燥されていく。乾燥具合を見つめて、完璧な温度設定だとひっそり自画自賛した。さすがはおばあちゃんのご先祖様発案魔法陣です!

 次に擂り粉木で擂り潰されるが如く、乾燥した賽の目状のチェカッシュの葉が細かな粒子になっていく。砂より細かく、小麦粉より細かく、指先に広げてもざらりとした粒子を感知できないほどに粉砕する。

 出来上がった粉末を鉢に入れ、次は蜜蝋とバーナの実のオイルを溶かす手順に入る。


 火の紋様に水と風の紋様を重ね描きして、適量の蜜蝋とバーナの実のオイルをさらさらの状態にまで溶かす。水の紋様の作用で、一度さらさらに溶けた蜜蝋とオイルがゆるい乳化状に変化したら、チェカッシュの葉の粉を混ぜ、風の紋様で撹拌する。

 その間に、煮沸消毒していた遮光ガラスの容器を魔法陣から取り出した。火の紋様の作用でさっぱり乾いている遮光ガラスの容器に、とろりと乳化した調合薬を流し込む。

 水と風の複合魔法陣で瞬時に固まった傷薬が完成し、わたしは喜びに打ち震えた。効能を確認していないので成功したとはまだ言えないけど、しっかり作用した魔法陣で完成させたという事実の方が喜びに勝っていた。


 初めて! 初めて魔法陣で薬が作れたよ、おばあちゃん!


 どうしよう。泣きそう。効能を調べないといけないのに、すでに泣きそう。


 視覚的にわかりやすい傷薬を試すのは、手っ取り早く傷を作ればいい。

 滲み出す嬉しさを噛みしめながら、震える手でナイフを握りしめた。

 さあ、照覧あれ! これがわたし初! 薬師魔法陣で作り上げた、正真正銘の傷薬です!!


 腕に刃を当て、横一文字に引こうとした、その時。


「早まるな! コーベット君!」


 再びバターン!と大きな音を響かせ乱暴に開けられた扉から、アクロイド様と護衛の方々が飛び出してきた。


 あんぐりと呆けてつい手が止まってしまったわたしをアクロイド様が羽交い締めにし、ダリモアさんが手からナイフを奪いました。

 何が何やらわけが分からず目を白黒させるわたしに、アクロイド様が重ねて厳しく叱責なさいます。


「死ぬ気か!?」

「死ぬ!? 死にませんよ!?」

「じゃあなぜ刃物で切りつけようとした!」

「傷薬が出来上がったから、効能を確かめようとしただけです! というか、何でまだいるんです!?」


 また鍵かけ忘れた!? 浮かれすぎでしょ、わたし!


「む。そうか。自殺しようとしていたわけじゃないんだな?」

「違います。せっかく調合出来るようになったのに、死んでる暇なんてありません」

「そうか。早とちりだったようだな。驚かせてすまない」

「そうですよ。驚きすぎて、危うくぽっくり逝っちゃうところだったじゃないですか。それで、何でまだいるんです? 帰れと言ったはずですが」

「いよいよ繕わなくなったな、コーベット君」

「アクロイド様は気遣っても無駄だと覚りましたので。そもそもわたし、気遣いとか配慮って苦手です」

「真っ直ぐで大変よろしい」

「ありがとうございます。で?」

「で?」

「いやだから、何でまだうちにいるんです?」

「ああ、調合すると分かっていて帰るわけがないだろう?」


 何を当たり前なこと言っているんだとばかりに奇妙な顔をしていますが、アクロイド様、それわたしの神経逆撫でする発言ですよ。

 さも当然とばかりに言わないでください。当然じゃないですからね? 調合は見せないと何度も何度も何度も何度もはっっっきり申し上げたはずですが!


 背中から羽交い締めしたままのアクロイド様の脛を踵で蹴ると、脛を押さえて悶絶し始めた。天誅です。

 アクロイド様に関しては、不敬罪とかどうにでもなる気がする。だって、踞りながら「いい蹴りだった」とか仰っておられますし。変態か。変態ですね。変態残念イケメンです。ワードが一つ増えました。おめでとうございます。


「傷薬の効能を試したいのならば、コーベット君が傷を作る必要はない。お前たち。誰か傷を作ってみてくれ」

「では私が」


 立候補したダリモアさんが、わたしから取り上げたナイフで躊躇いなく腕を切り裂いた。ポタポタと鮮血が床に斑模様を作る中、ダリモアさんはけろりとした面持ちでわたしに傷口を差し出した。


「これくらいで大丈夫ですか?」

「だっ、大丈夫、です、けど! 効能も不明なのに、何で思い切り切っちゃうんです!?」

「これくらいの怪我なら訓練で日常茶飯事ですし、問題ありませんよ?」

「わたしには大ありです! もう! もう! 何でこんなに深く切っちゃうかな!?」

「ええと、すみません?」


 ぷりぷりしながらも、差し出された傷口に出来立てホヤホヤの傷薬をたっぷりと塗った。

 おばあちゃん特製の傷薬なら、この時点で瞬時に塞がるんだけど……。


「これは………!!」

「傷が!?」


 塗った部分が淡く光り、おばあちゃんの傷薬よりゆっくりと、徐々にじわりじわりと塞がっていく。

 驚愕して覗き込んでいる皆さんをよそに、わたしはそっと嘆息した。

 蜜蝋と植物オイルは作っていないので、まずまずの出来かな。これの上位互換がおばあちゃんの薬だから、初めてにしては上出来なんじゃないかしら?


「コ、コーベット君! 傷が完全に塞がったぞ!?」

「え? ああ、はい。少し効能は落ちますけど、それなりの出来に仕上がったんじゃないかと」

「これでそれなりだって!?」

「それなりです。おばあちゃんの傷薬は塗った瞬間に跡形もなく消え去りますから。それに比べたら治りが遅いので、等級を付けるなら中級薬辺りですね」

「「「「「「これで中級………」」」」」」


 アクロイド様と護衛の方々の愕然とした呟きが見事に重なった。


 これでようやくスタート地点に立てたのだと思うと、喜びが身の内から沸き起こり、武者震いとなって突き抜けた。


 ああ、おばあちゃん。やっと継承できるよ。おばあちゃんが託してくれた知識すべてを形にして、必ず後世に残すからね。安心してね。




ブクマ登録&評価ありがとうございます!

体調を崩してしまい、投稿に手間取ってしまいました。

歩みは亀の如しの遅い更新ですが、楽しんで頂けていると嬉しいですヽ(*´∀`*)ノ


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