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8.灰かぶり、披露する

少し内容を修正しました。

 



「お帰りください」

「帰らんぞ」

「帰ってくださらないと、調合を試せないじゃないですか」

「それを見せてくれと頼んでいる」

「見せませんって言いましたよね!?」

「了承した覚えはない」

「アクロイド様に許可取る必要あるんです!?」


 何でわたしが悪いみたいな流れになってるのかな!?


「調合の知識は薬師の財産だと申し上げましたよね? 薬草までなら教えて差し上げられますけど、調合は駄目です!」

「魔法陣を見たところで私に模倣はできないから大丈夫だと言っただろう」

「ああ、仰ってましたね。何でです?」

「私の魔力は人より半分以下しか保有できないからだ」


 うん? ちょっと意味がわからない。

 思いきり顔に出ていた様子で、アクロイド様は腹を立てることもなく淡々と説明した。


「君の時代と違って、現在のチェリッシュ・ベイに薬師はいない」

「え!?」

「アレクシス様、それだと語弊があります。いますからね、薬師?」

「む? そうか」


 ダリモアさんからの訂正にあっさりと間違いを認めるアクロイド様………何でいないって言っちゃいました!?

 誤解を生む発言は多方面から怒られちゃいません!?


「居るには居るが、コーベット君のように魔法陣を使用して調合するという方法は取らない。ここは出来ないと言うべきだろうな」

「え、じゃあどうやって調合するんです?」

「すべて手作業だな。薬草は国営の薬草園で栽培され、同じく官営薬師ギルドを通して販売されている。ギルドに登録している薬師はすべて手作業で調合し、構える店舗で販売したり薬師ギルドに卸すのが通例だ。志のある者なら誰でも現役薬師に師事することができ、見習い期間中は国が定期的に講習会を開いて支援している」


 わたしはポカンと口を開けたまま呆けた。

 ………えっ。手作業? 手作業で薬草を刻んで乾燥させて、調合までするの? それ、経営難を脱しようと苦し紛れに調合したわたしのやり方が主流になってるってこと? それに薬師は国主導で量産されてるって、何の冗談?


「あ、あのぉ……それだと殺人級の苦さに仕上がりません……?」

「薬は苦いと決まっているだろう」

「ええええぇぇ!?」


 なんということ……っっ。

 異端だったわたしの苦肉の策が、現世では当たり前になっているという異常事態……! なんということ!


「じゃ、じゃあ、塗り薬はどうしてるんです!? 手作業ならしみるばかりで治りが悪いはずですよ!?」

「君の言う治りが悪いというのはどれくらいの期間を指している? 一般的な切り傷による塗り薬は、完治するまで一週間は掛かるが」

「なんてこと!」


 まんまわたしが作っていた粗悪品じゃないですか!

 国主導で経営までしてるのに、この時代の薬師事情どうなってるんです!?

 わなわなと震えるわたしを見つめて、アクロイド様がこてんと首を傾げた。


「君の時代の薬はそうではないのだな?」

「違います! わたしのいた時代でそんな粗悪品を売ったりしたら、袋叩きにされちゃいますよ!」

「粗悪品。そうか、それは興味深い」


 あ、しまった。余計なこと言ったせいでアクロイド様の興味をさらに惹き付けてしまったみたい。どうしよう。


「こっ、この時代の薬師に一子相伝の魔法陣が受け継がれていないのは何故です!?」

「口授は総じて廃れやすいものだ。書物に遺さなかったことが一番の原因だろう」

「何度も言いますが、知識は薬師の財産なんです。それぞれの家系が心血注いで研究開発した独自の魔法陣は、それこそ大金を積まれたって絶対に明かさない命と同格の尊い知恵です。書き記したものが流出すれば、その希少性を失ってしまいます。それでは食べていけません」

「ああ、気に障ったのなら謝罪する。決して他意はない。可能性の話だ」


 ふんすふんすと鼻息荒く抗議したわたしに苦笑を向け、アクロイド様がよしよしと頭を撫でる。ぐぬぬ。


「それで先ほど話した、私が保有する魔力量が人の半分以下だという話に戻るのだが、私は魔法をほぼ使えない。使えるだけの魔力がないのだよ」

「魔法を使えない……?」

「ああ。ちなみに魔力量が平均的な彼らも、初級程度の攻撃魔法しか扱えないぞ」

「え!?」


 驚いて顧みると、ダリモアさんを筆頭にこくりと首肯した。嘘でしょ!?


「ちなみにだが、コーベット君の時代の者たちは、皆普通に魔法を行使出来ていたのか?」

「は、はい。一般的なもので言えば、生活魔法ですかね。お湯を沸かしたり、清潔にしたり、生活に密接した魔法はみんな普通に使えました」

「生活魔法。古文書に残ってはいたが、詳細は書かれていなかった。君も使えるのか?」

「うっ………に、苦手でしたが、目覚めた日に一度だけ試して成功してます、けど」

「ほう」


 ずいっと詰め寄ってくるアクロイド様から逃げて、ダリモアさんの背後に回りました。アクロイド様対策にダリモアさんの生きた壁を召喚します!


「コーベット様、そんなぐいぐい押さないで……あ、そこ、気持ちいいです。凝ってるんですかね」


 いい感じに腰のツボを押してしまったのか、困惑気味だったダリモアさんの声が温泉に浸かったかのように蕩けた。


「取り引きだ、コーベット君」

「と、取り引き? 嫌な響きです……!」

「そう警戒するな。双方にとって悪い話じゃないぞ」

「詐欺師はみんなそう言います」

「人聞きの悪いことを言うな」

「あの、コーベット様。私を盾にするの止めて欲しいのですが……意外に力強くてときめいちゃいます」


 アクロイド様の動きに合わせて掴んだダリモアさんの腰を左右に捻っていたら、そんなことを言い出した。危険人物がここにもいます!!

 慌てて離れると、残念そうにこちらを見てにやりと笑いました。ダリモアさん、やっぱり腹黒い……!?


「コーベット君。生活魔法を見せてくれないか。そしたら調合を見せてほしいと言わない。しばらくは」

「そこは永久的にって言ってください」

「それは無理だ。いずれは見せてもらえると信じているからな」

「期待が重い………っっ!」


 温暖化を引き起こす勢いで、二酸化炭素並に重い!! 期待だけに……気体………。

 がくっと頽れた。何を考えているの、わたし! しっかりしなさい!


「どうした、コーベット君」

「気にしないでください。それで、生活魔法をお見せすればしばらくは調合を見せろと言わないんですね? しばらくって点が不明瞭すぎて若干不安を煽りますが」

「アクロイド家男子として二言はない」


 ええと、確か家名にかけて誓うのは絶対的な誓約だってご当主様が仰ってましたね。具体的な期間を口になさっていないので、家名に誓う縛りがいかほどになるかまでは分からないって部分が気掛かりです。


「気になっていたのだが、この家は五百年の経過を見せていない。これも生活魔法か?」

「はい。でも、わたしもここまで大掛かりに仕上がるとは予想してなかったですけど」

「では家全体を修復したのだな?」

「修繕と、清掃、整頓ですね」

「便利なものだな。では見せてくれ」

「………成功するとは限りませんからね?」

「大丈夫だ。今の君ならやれるだろう」


 多大なる期待と確信にくすぐったいやらプレッシャーやらでお腹痛くなってきちゃった気がする。

 本来魔法陣は人に見せるものではないのに、余計緊張しちゃう!


 今回は清浄でいいかな。整理整頓するほど物は散らかってないし、調合室に出してある道具はまだ使うから、勝手に戻ってもらっては困る。

 半月空けてたから、よく見れば結構あちこちに埃が溜まってるなぁ。室内は常に綺麗に! 特に調合室はデリケートな扱いの物ばかり使用するから、より丁寧に清潔に! それがおばあちゃんの信条だったから、こんな状態で下処理したと知れたら晩御飯抜きの刑に処されてしまう。

 過去の失態のあれやこれやを思い出し、あわあわと慌てて青白い灯火を指先に灯した。

 いけない。落ち着こう、わたし!


 描くのは水と風の紋様。半月前の生活魔法と似ているけど、細かな部分が違う複合紋様だ。水と風は浄化を司り、空気を清浄に保つ役割を持つ。攻撃魔法だと用途が違うので、また持つ意味が変わってくるんだけど。


 魔法陣はすべて指で描く、という意味じゃない。細かすぎる紋様をすべて手書きで行えば何時間もかかってしまうだろう。イメージと集中力が重要で、指先に灯した魔力を媒体に繊細でこと細かな紋様を転写していく。それが薬師の扱う魔法陣だ。

 如何にして頭の中にある紋様を完璧に短時間で模写できるか。魔力を上手く練ることができ、ひと撫でで細部に渡って瞬時に構築できるようになれば、一人前の薬師として認められる。

 修行期間は人によるけど、早い人で三年、遅い人で十五年と聞く。わたしの場合は、それ以前の問題だったからね。


 一般的な難関といえば、数百種類の完成形を完全に頭に叩き込めるかどうからしいのだけど、わたしは第一線で活躍していたおばあちゃんという完璧なお手本が常に側にいてくれたから、その点はまったく問題ない。問題ないのだけど、薬師を目指す人達の誰しもが一日でコツを掴むらしい『魔力を練り込む』という初歩中の初歩で躓いていたので、頭の中に数多の魔法陣の完成形がしっかり叩き込まれていても、宝の持ち腐れとも言うべき体たらくだった。

 魔力を練り込むことが出来ないのではなく、細かな加減が出来ないのです。

 その点攻撃魔法は非常に分かりやすく、練り込み過ぎても威力が馬鹿デカイだけで済む。まぁ、素材も台無しにしちゃうから、おばあちゃんによく突進するしか能のない猪かと怒られていたのだけど。

 魔法陣は紋様が複雑化すればするほど繊細な魔力操作が必須になる。いくら完成形が脳に蓄えられていても、針に糸を通すような細やかな魔力操作が出来なければ完璧な形として描けない。必ずどこか歪で、欠けているのだ。

 魔力操作がしっかりなされていれば、たとえ一部が間違っていても修正が利く。先ほどの乾燥・焙煎の魔法陣のように。


 おばあちゃんの教えでは、薬師が扱う魔法陣の紋様は、まだ文字という概念がなかった古代に使われていた、文字の代わりになる抽象的な形象だったらしい。その一つ一つに意味があり、繋げることで文章にもなる。文字に比べればかなり大まかな解釈になるけど、それでも魔法陣に描かれる紋様はきちんとした意味を持つ。

 薬師であれば魔法陣を解読出来てしまうので、模倣を防ぐために決して人前で使用しない。内鍵のかかる自宅の調合室に籠り、そこ意外では絶対に使わない。これはどの薬師にも共通する決まり事だった。


 ………ん? あれ? そういえば、何でアクロイド様たちは調合室に雪崩れ込めたのかしら? まさかわたし、閉め忘れた? 嘘でしょ? また初歩的ミスをやらかした!?


 唖然と固まったのは一瞬で、慌てて魔法陣に集中し直す。


 水と風の複合紋様は、前述したとおり浄化を意味する。曲線や流れによって表す意味も変わるので、わたしはこれが苦手だった。細く長く魔力を絡めていくやり方は、わたしの性格上本当に合わない。

 一度面倒くさくなって完全無菌状態にしちゃった時は、おばあちゃんから手加減なしの拳骨が振り下ろされたわね………。薬草にはたくさんの微生物が付着しており、それが効能の上限を左右している。薬師の魔法陣はその微生物を殺さず、逆に生きたまま利用する。それを完全に死滅させてしまったことで、ストックしていたすべての薬草を廃棄する羽目になった。

 在庫が空になったことでお客様にも多大なる迷惑をかけることになり、わたしは夜通し薬草採取に駆り出された。ええ、自業自得なので、徹夜で魔物を屠りつつ薬草採取させられても文句言えませんよ。言ったら一晩中森の中に逆さ吊りの刑です。微妙に魔物には届かない位置に吊るされ、虫除けはされていないので刺され放題です。恐ろしい刑です。


 ぶるりと震え、頭を振ることで再びの雑念を振り払ったわたしは、頭の中の浄化作用のある魔法陣を正確に思い描き、苦手意識の高い魔力操作を行使して、完成形に細く細やかに絡めていく。

 集中力と忍耐力を必要とする薬師の魔法陣よりはずっと扱いやすい魔法陣だけど、攻撃魔法よりは繊細だ。

 一般的だった生活魔法は民間でもほぼ使用でき、扱えないという人はまずいない。そこで基礎を学ぶので、薬師を目指す人間は下地が出来ている。特殊な魔力操作も一日あればコツを掴む。そう、これが一般的。

 だからわたしは、灰かぶりの役立たずと揶揄されてきたのだ。

 一般的な生活魔法さえ扱えないのだから、そう言われても反論できなかったのだけど。


 でも、それでも、一度も発動しなかった魔法陣の反復練習を、一日たりとて休んだことはなかった。

 発動しなくても、正確に描けるよう練習は必要だ。わたしは秀才でも天才でもないから、凡人なりに努力を重ねるしか出来ない。おばあちゃんに褒められた記憶力は、そんな反骨精神から派生した本能のようなものだろうと解釈している。何がなんでも食らいついて、食らいつけたら絶対に離さないスッポンよろしくしがみつくだけ。

 そうして十年以上おばあちゃんの仕事を見つめ続けた結果、知識だけは完璧だと自負している。

 足りないのは集中力。焦ったり、途中で面倒くさくなったりするのがわたしの直らない癖だった。開閉や絞り調整などが下手で、開くなら全開、微調整するならその半分か完全に閉じるだけ。絞って細くとか、壊れた蛇口みたいな魔力操作では到底無理だった。

 でも、毎日十年以上何時間も続けた反復練習はわたしの中に根付いていて、それが最大の強みになっているのも確か。

 継続してきたことは無駄じゃなかった。

 そこだけは誇れるかな。


 苦手だったはずの繊細な魔力操作。以前はあった()()()()という確信にも近い思い込みが、不思議と今はない。出来るという確信もないけど、絶対出来ない、出来るはずがないという思い込みもない。何とも奇妙な心持ちだった。

 絡み成長する蔓のように、蜘蛛の糸の如く細い魔力が複合紋様に複雑に絡みついていく。

 カチリと嵌まった音がして、描いた魔法陣が広がり、家全体を包み込んだ。目覚めた日と同じ規模だ。

 隅に溜まる埃や、棚などにうっすら積る塵がキラキラと光に変換されながら消えていく。少々湿っぽかった空気も浄化され、森林浴をしているかのように水気を含んだ清浄な空気が肺を満たした。


 調合室全体が磨きあげられたようで、室内の明るさまで違って見える。

 二度目の生活魔法も成功した。

 これは、わたしにとってとても大きな出来事だった。






ブクマ登録&評価を頂きまして、本当にありがとうございます(≧∀≦*)


今回は更新がちょっと遅れてしまいました。

楽しみにしてくださっている方々へ、この場で謝罪致します。本当に申し訳ないですm(。≧Д≦。)m


なるべく週一で更新できるよう頑張りますo(`^´*)



引き続き、『俺は天女じゃねえ!!それは母さんだ!』も覗いて頂けたら幸いです(o´艸`o)♪

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