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7.灰かぶり、成功する

内容を加筆修正致しました。

 



「ふんふんふふんふ~ん♪」


 道具や武器を地下の貯蔵兼作業場に仕舞いながら、ご機嫌な鼻歌も出るってもんです。

 新たに薬草を採取できただけでなく、今夜の食材まで大量に手に入ったんだから!

 チェカッシュは硬い葉を剥かなければ冷暗所で長期保存も出来るから、森の恵みが乏しくなる冬場や、懐事情が厳しい時期にもわたしを飢えから守ってくれた救世主サマなのですよ。しかも甘芋のようにほくほくで甘いから、花蜜を加えてデザートにも出来ちゃう万能植物なのです!

 まあアクロイド家のシェフさん方がお作りになるデザートとは比べるまでもなく、ですが。それでもちょっとした甘味にはなります。


 アクロイド様がエノス通貨をあるだけ全部買い取って下さったから、実は過去一番の大金を手にしているのだけど、我が家にあんな大量の金貨を保管するような場所はないので、そんなものが我が家にあるとわたしの精神衛生上よろしくありません。ちょっとしたパニックです。なので、ほぼ全額をアクロイド伯爵家で預かってもらってます。

 今わたしの手元にあるのは金貨一枚。アクロイド様の教育によると、金貨一枚は大銀貨十枚と同義で、大銀貨一枚は銀貨十枚、銀貨一枚は小銀貨十枚、小銀貨一枚は大銅貨十枚、大銅貨一枚は銅貨十枚と同義であるそうだ。

 銅貨を一、大銅貨を十、小銀貨を百、銀貨を千、大銀貨を万と数えるのは、エノスの頃と同じだったので飲み込みやすかった。


 平均的な平民の月収が大体大銀貨六枚らしいので、金貨一枚であれば一月を贅沢三昧に暮らせる金額だ。我が家はわたし一人なので、金貨一枚で三ヶ月近く飢えることなく食べていける。

 懐が暖かいと、切羽詰まった明日の糧入手騒動が勃発しないので、心も平穏で素晴らしいです。アクロイド様々です。


 そのアクロイド様ですが、あの人いったい何なんですかね? デカイお子様かと何度思ったことか。

 魔法陣に対する異常なまでの興味、薬草採取に質問の嵐。かなり粘着質な質でいらっしゃる。しつこいし、急に切れるし、デリカシーないし、待てが出来ないし! 一時的に保護してくれて深く感謝はしてるけど、あの人本当に面倒くさい!

 まぁ面倒見はいいんだよね……たくさん教えて下さったし。初歩中の初歩を教えて下さる時も、馬鹿にせずひとつひとつを丁寧にご教示くださった。一度で理解できなければ、その都度わかるまで噛み砕いて説明して下さるのよ。

 見目麗しいし、所作は優雅だし、お優しいし、素晴らしい方なのは確かなんだけど。そのすべてを一瞬で台無しにしちゃう才能がアクロイド様にはおありになるのよねぇ………。

 統括すると、面倒くさい人ってことになっちゃうのがアクロイド様なのかなぁ。残念イケメンさんです。


 イケメンさんといえば、エグバート様がお付けになった護衛騎士の方々がまた男前でいらっしゃって、丁寧な態度と柔和な物腰がとても素敵な方々でした。

 でも、何故かしら? 騎士のお一人で一際人懐っこい印象の方がいたけど、あの方にニッコリと微笑まれると背筋がひやりとするのよね……。何なのかしら。胡散臭い?

 お名前は確か、ハリー・ダリモアさんと仰いましたか。本能的な部分が、ダリモアさんを警戒しているみたい。もしかして、あの方意外と腹黒い……?


 はてさて。考えても仕方ないことは考える必要ないでしょう。まずは夕飯用にいくつかチェカッシュの葉を剥いて、剥いた葉と他の薬草は乾燥させなきゃね。

 いつもの手順なら、土を落としてよく洗い、細かく刻んで部位ごとに陰干しと天日干しに分け、鉄鍋で焙煎するんだけど、今までのやり方じゃまた激苦い薬に仕上がっちゃう。

 先日は苦手なはずの生活魔法が上手くいったから、もしかしたら錬成魔法も成功するかもしれないわ!


 成功したら人生初の錬成魔法陣になる。

 大丈夫。あんなに練習したじゃない。今度こそきっと出来る。

 おはあちゃんも言ってたわ。薬草は乾燥が一番重要な過程になるって。まず真っ先に薬師を目指す者が覚えなきゃならないのは乾燥の魔法陣なんだって。

 五百年も眠ってたんだから、その間にわたしも熟成されてるはず。きっとそうだわ。だから大丈夫。自信を持って魔法陣を描くのよ。






 調合室へ移動し、机に採取した薬草を広げる。

 土は払ってあるけど、水洗いはしていない。おばあちゃんはこのまま水の魔法陣で綺麗にしてから、風の魔法陣で細かくし、火の魔法陣で乾燥させていた。どれも繊細な紋様なので、簡易化された攻撃魔法陣は得意でも、微細化された調合魔法陣は本当に苦手だった。

 攻撃魔法陣は威力や効果の微調整がいらないから楽だけど、下処理と調合の魔法陣はそうはいかない。ほんの僅かな狂いで練度が著しく低下しちゃうからだ。

 攻撃魔法陣は威力を大中小の三段階に分ければ済むので、大雑把なわたしには扱いやすい。でも薬師に求められるのは、花びらに聖典の教えを細かくびっしりと書き込むような細やかな作業だ。

 ずぼらで大雑把な性格のわたしに薬師そのものが不釣り合いなのだけど、それでも薬師の仕事は大好きだし、何より優秀な薬師だったおばあちゃんの弟子はわたしだけだったのだ。きちんと形として受け継いだ証明をしたい。

 おばあちゃんがどれほど優れた薬師だったのか、アクロイド様たちにわたしを通して知ってもらいたい。


 ふんすと鼻息荒く改めて決意表明すると、人差し指と中指に青白い灯火を灯す。

 描く曲線は水の紋様。まずは綺麗に土を落とさなくちゃ始まらない。これは攻撃魔法小の要領で済むので、失敗するはずがない。魔法陣の優劣は画力の問題なので、ここばかりは持って生まれた才能と、ひたすらに反復練習し続けるほかない。

 わたし? 画力の才能があったら、初歩で躓いてるはずないわよね?


 外枠の円形魔法陣に三角や四角形、多角形を重ね、水の紋様を描いていく。

 おばあちゃんが誉めてくれたように、わたしの頭には薬草と魔法陣の知識がすべて刻まれている。実践してきたことは、ちゃんとわたしの血肉になっている。

 書物などに記録されず目で覚え、書き残すことも禁じられていた。だから一子相伝なのだ。知識は財産。書き記したものが流出すれば終わりだもの。


 他の薬師は自身の子供に教え込むものだけど、おばあちゃんは未婚で子供もいなかったから、拾ってもらえたわたしが教えを請うことができた。

 直系の跡継ぎがいなくても、本来ならば親族から才能のある子が養子に選ばれる。でもおばあちゃんはずっと養子を迎えなかったそうだ。理由は最期まで教えてもらえなかったけど、セレストがいなければ自分の代で終わりだったね、と惜しむ様子もなくよく言っていた。廃れるならそれも自然の摂理だと思っていたからだって。

 それでもそうならなかったのは天のお導きだと、セレストという宝物を授けてもらえた日のためだったんだと、あっけらかんと笑うおばあちゃんが眩しくて、嬉しくて。

 空よりも広く大きな愛情をたくさん注いでくれた。その想いに報いたい。廃れさせたりなんかするもんですか!


 カチリと嵌まる音がして、水魔法が発動した。回転する球体が根の部分だけを洗い、綺麗に土を取り除いていく。まっさらな状態になったことを確認して、泥水を流し台に廃棄する。

 花や葉、茎は濡らしてはいけない。品質が変わってしまうからだ。埃などは刷毛で取り払うだけでいい。こればかりは手作業だ。風の魔法陣では埃を取り除く前に埃ごと刻んでしまう。

 手拭いで根の水分を取り、刷毛で花、葉、茎の塵や埃をそっと丁寧に払ったら、葉を一枚一枚優しく茎から切り離す。今回採取した薬草の葉はどれも刻む必要のない種類なので、花と一緒に別に避けておく。

 ここからは初となる風の魔法陣の出番だ。

 今まで一度も発動しなかった風の魔法陣。いきなり出だしから躓いていたのがわたしの錬成能力。やだ緊張しちゃう!


 一度ゆっくり深呼吸すると、青白い灯火でおばあちゃんの魔法陣を思い出しながら丁寧に丁寧に線を引いていく。

 風の紋様は火の紋様の次に複雑で、曲線的なものが多いのが特徴だ。故に難しく、駆け出しや三流薬師の多くがここで挫折する。攻撃魔法陣小であれば簡易化されているので、それを用いて粗く刻みがちだ。大きさが疎らだと乾燥に(むら)が出る。均一に乾燥できなければ、同じ薬草を使用していても効能に格差が生じてしまう。

 わたしも攻撃魔法陣小を使えば同じように出来るけど、おばあちゃんから教わった薬師の魔法陣ではないので、そんな真似は絶対しない。発動しなくても、おばあちゃん直伝の魔法陣でしか調合しない。これは絶対なのです。


 複雑に絡み合う植物の蔓のように、曲線から曲線が派生し、繊細な金細工に似た魔法陣が出来上がる。

 うん、これは今までで一番の出来映えじゃないかしら。

 そんなことをふと思ったとき、カチリと嵌まる音がした。

 風の魔法陣が作用し、薬草が種類別に細かく刻まれていく。よく観察していた、懐かしいおばあちゃんの魔法だった。

 粉末状の根、小指の第一関節ほどに切断された茎が、種類別に出来上がる。混ざったりしないのがおばあちゃん直伝魔法陣の凄いところ。しかもどれがどの薬草かきちんとわかるように、淡く光る文字で表記されるという親切設計。これを開発したおばあちゃんのご先祖様スゴイ。


「で、出来た………」


 人生初! 風の魔法陣が起動した!!

 泣くなわたし! 薬草に湿気は大敵なんだから! しかも塩分! せっかくの薬草が萎びれちゃう!


 顔を上げて涙を堪える。引っ込め涙っっ!


 ふう、と一つ息を吐き、とりあえず感動を飲み込む。泣いて歓喜するのは後回しよ。まだ肝心の乾燥が出来ていないんだから。


 再び人差し指と中指に青白い灯火を灯すと、円を描き、様々な図形を足していく。

 最も難関とされる細密な火の紋様は、数多の曲線を二重三重と重ね描きしていく必要がある。乾燥が一番難しい行程で、温度調整がものすごく繊細なのだ。立体的に見える火の紋様がその微調整の役目を果たし、薬草に合った温度と時間を計算してくれる。ゆえにより複雑化されていて、おばあちゃん直伝の火の魔法陣は群を抜いて難易度が高い。

 おばあちゃんはこれを両手で描いていた。だから発動までの時間が短くて、あっという間に下処理を終えてしまうの。片手描きでも発動しなかったのに、高度過ぎてわたしには到底無理だわ。


 何とか描き終えたけど、発動しない。そう簡単にはいかないよね。うん、わかってた。

 でも白く淡く発光する魔法陣はいつ見ても美しくて、それだけでも描いた達成感がある。この辺りの曲線なんて、コンパス使わなきゃ綺麗な円は描けないわ。

 そんなことを考えていると、ふと間違った箇所を発見してしまった。


「あ、ここ間違えてる。反時計回りに四重螺旋、端は下向きじゃなくて上向きなのに、うっかりしてたわ」


 初歩的なミスにやれやれと呆れながら描き足した瞬間、カチリと音がした。

 はっと息を飲むわたしの目の前ですべての部位が宙に浮き、暖色の繭に包まれ撹拌される。それぞれに適した温度と回転で乾燥、焙煎されていく様は、おばあちゃんの魔法と遜色ないように思えた。


 種類別、部位別に分けて乾燥と焙煎を終えると、風の魔法陣と同様に淡い光の文字で薬草名が浮かんだ。

 準備していたガラス瓶に種類、部位毎に分けて入れていく。新調した棚にそっと乗せて、感慨深く見つめたまま数歩下がった。


 ………出来た。調合前の下準備だけど、調合の材料でしかないけど、それでもおばあちゃん直伝の魔法陣で初めて乾燥できた。

 遅れて武者震いを起こし、涙腺が決壊する。


「ふ、ふえええーん!!」


 その場にへたり込んで、年甲斐もなくわんわんと泣いた。どうせ隣近所どころか人も滅多に入らない森の中だし、誰も聞いてないんだから子供みたいに泣いてもいいよね? ね、おばあちゃん。


「出来た……っ、出来たよ、おばあちゃん……っ。おばあちゃんの、教えてくれた、大事な大事な、薬師の魔法陣……っ。ちゃんと、わたし、出来るようになって、次代に受け継いでいく、から……っ。だから、安心して、見守ってて、ね……っ。うわ―――ん!!」

「何だ! どうした!? コーベット君!?」

「ふえ!?」


 バーン!!と勢いよく調合室の扉が開けられ、血相変えたアクロイド様がお付きの護衛騎士五名を引き連れ雪崩れ込んで来た。


「んなっ、な、なっっ」

「どうした!? まさか怪我でもしたか!?」

「してません! というか、何でここにいるんです!?」

「む? そうか、怪我じゃないんだな? ではなんで泣いている」

「質問に答えてない!?」


 吃驚しすぎて涙も引っ込んじゃったよ! どういうこと!?


「すみません、コーベット様。アレクシス様がどうしても戻ると仰るもので……。一応ノックはしたんですよ? そしたらタイミングが良いんだか悪いんだかコーベット様の泣き声がしまして。止める間もなくアレクシス様が猪の如く突っ込んでいってしまいました。申し訳ないです」


 そう言いつつもにこやかに微笑んでいるのは、胡散臭いと思ったハリー・ダリモアさんです。手を差し出されたので、大人しく手をお借りして立ち上がりました。

 大泣きしたことが筒抜けだったなんて。恥ずか死ぬ。

 身悶えていると、アクロイド様が重ねて問うてきた。


「何故泣いていた?」

「黙秘します!」

「黙秘したところで泣いていたのは明白だ」

「デリカシーないです!」

「そんなもので君の気が晴れるのか?」

「ぬぬぬ」


 正論を言いよる。まだまだ子供だと思われているに違いない。


「理由を言わないならこのまま屋敷に連れ戻すぞ」

「脅迫!?」

「さあ話せ」

「横暴……っっ」


 泣いた理由を話すなんて嫌だ。でもこの勢いで調合を試してみたいから、今お屋敷に強制連行されると困る!


「……………は、初めて、薬師の魔法陣が使えた、から」

「それで?」

「おばあちゃんの教えをようやく形に出来たことが、う、嬉しく、て」

「泣いたと?」

「うっ……」


 どうせ子供ですよ! まだ成人してませんし! だからギリギリセーフなんです!


「そうか。良かったな」


 そう一言だけ告げて、アクロイド様はわたしを抱擁すると、幼子をあやすように髪を撫でた。

 眼球が落っこちる勢いで目を見開いたのはわたしだけじゃなかったようです。護衛騎士の方々も、目が溢れんばかりに驚いてらっしゃいます。

 わかります、アクロイド様らしくないですよね?


「君は魔力が扱えないのではなく、馴染んでいなかったからだと言っただろう? 出来ないはずがないのだよ」

「そう、なんでしょうか……」

「ああ、間違いない。五百年の時が、君の肉体を膨大な魔力に馴染ませた。だから魔法陣も扱えたのだろう」

「そっか……今までの努力も、時を超えたことも、全部無駄じゃないのね……」

「必然だ」

「そっかぁ………」


 アクロイド様の心音と、穏やかな低い声と、シャボンの香りと、頭を撫でてくれる温かい手に心が解れて、またポロポロと涙が溢れた。

 残念イケメン、面倒くさい人と思ってごめんなさい。

 アクロイド様は、心の温かい方です。


「出来るようになったのなら、是非とも私に見せてくれ!」


 わたしはそっとアクロイド様から離れると、護衛騎士の方々の背中に隠れました。途中までは良かったのに、最後のは駄目でしょう、とハリー・ダリモアさんが心底残念な生き物を見る目で仰っておられます。他の騎士の方々も同様の視線を送っています。


 何故だと喚くアクロイド様は、やっぱり残念なイケメンさんでした。





ブクマ登録&評価ありがとうございますヽ(*´▽)ノ♪



『俺は天女じゃねえ!!それは母さんだ!』も連載中です。良かったら一読ください(*´艸`*)

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