6.灰かぶり、一挙手一投足報告される
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「報告を。それで、どうだったんだ?」
「は。それが―――」
語り始めた護衛騎士の言葉に、私、エグバート・アクロイドは自分の耳を疑った。
時は朝食後に遡り、セレスト嬢が森にある持ち家へ戻ることになった辺りからだ。
私は森までの護衛にと、アクロイド家お抱えの騎士を五名ほどつけた。愚弟が彼女について行くとごねたからという理由もあるが、私は純粋にセレスト嬢の戦闘能力に興味を抱いていた。王国騎士団幹部に匹敵する腕前が真実か否か。
当然セレスト嬢は護衛なんて畏れ多いと固辞したが、そこはくっついて行く気満々の愚弟を利用させてもらった。
どうしようもない愚か者でも、これでも一応我が家の次男坊なので、何かあっては困るのだ、とか何とか真っ当な理由をでっち上げ、半ば強制的に随伴させた。
可能ならば己の目で目撃したかったが、こればかりは仕事だから仕方ない。王太子殿下も、五百年の時を超えた眠り姫に大層興味を寄せておいでだ。明日の土産話にして差し上げよう―――などと、私はどこか楽観的に構えていたのだろうな。
護衛騎士から事の顛末たる報告を受けながら、くらりと気の遠くなる眩暈を覚えた。
◇◇◇
アクロイド伯爵家護衛騎士の、ハリー・ダリモアと申します。二十歳を迎えたばかりの若輩者ですが、しっかりとご説明させて頂きます。頑張ります。
コーベット様のご自宅は、ご本人が仰っておられたように森の中程にございました。家屋は平民の一般的な造りと土地面積で、唯一の違いを挙げるならば調合室と地下にある貯蔵兼作業室があることくらいでしょうか。
五百年も手入れなしで経過しているとは思えないほどにしっかりとした造りで、経年劣化による破損はどこにも見受けられませんでした。今すぐにでも生活できる状態です。不思議ですね。
コーベット様は無遠慮に扉を開けてまわるアレクシス様に大層お怒りで、待ても出来ない駄犬ですか!と、それはもう的確な突っ込みをされていました。コーベット様が正確にアレクシス様の眉間を狙い、弓を引き絞った際には我々も大いに慌て、急いでアレクシス様を外へお連れしました。
あの方は確かに手練れです。矢をつがえ弦を引く一連の動作に一切の無駄がなく、また流れるように一瞬で射る体勢に入られました。コーベット様と接近戦をやった場合、正直こちらが有利な状況であっても勝てる気が全く致しません。コーベット様の矢つがえは、近接の不利をものともしないでしょう。お可愛らしいお姿からは想像できない、敵に回せば恐ろしい方です。
地下の貯蔵兼作業室から薬草採取の道具を準備して出てこられたコーベット様は、街で買い求めた極々一般的な安価の石矢尻三十本ほどを地面に置き、魔法陣を画き始めました。
コーベット様の右手人差し指と中指に青白い灯火が宿りまして、ささっと一筆書きで簡単に描いてしまわれたように見えました。
ただの石矢尻なので、破損しにくいよう強化したのだと仰っておられました。こんな美しいものは見たことがないと正直に感想申し上げれば、狩りに特化した魔法陣は複雑化されていないので、これは得意なのだと照れておられました。とてもお可愛らしかったです。我々護衛騎士は思わずときめいてしまいました。
などという和やかな空気はここで終了してしまいます。
アレクシス様が魔法陣に大変興奮なさいまして、ぐいぐいとコーベット様へ迫り、矢継ぎ早に質問なさいました。アレクシス様を抑えることに必死で、せっかくの魔法陣を細部までじっくり観察出来なかったのは残念でした。そしてコーベット様のアレクシス様へ向けられる視線が何と申しましょうか………死んだ魚の目のようだとは、こういうことを言うのだろうなと。少しだけ切ない気持ちになりました。
その後、強化された矢を背中に背負った矢筒に入れたコーベット様について、森へ分け入りました。
森の中程に建つコーベット様のご自宅まで、一度も魔物に遭遇しませんでした。コーベット様のお話によりますと、あの一帯は獣や魔物が嫌う樹木が植えられているので、境界線のような役割を果たしてくれているのだそうです。
そのような知識は私にはございません。他の護衛騎士も知らないと申しておりました。これはとても貴重な情報だと思いますが、如何でしょう?
コーベット様のご自宅を出て数分後、手にされていた弓に腕を通され、斜め掛けにして両手を空けられたコーベット様は、樹蔭に隠れるようにひっそりと群生する植物へと駆けて行かれました。
唐突な行動に焦った我々はアレクシス様をしっかりと護衛しながら後を追いまして、その頃にはすでに腰の道具袋から採取用の根掘りと麻袋を取り出し、植物の根元の土に突き立てておられるところでした。
アレクシス様にそれは何だと問われたコーベット様は、手を止めることなく作業を続けながら『ロナック』という名の生薬だとお話くださいました。根茎は利尿、消炎、止瀉薬として使え、春先の新芽は食用にもなるのだそうです。
根掘りで手早く土を掘り起こし、根の土を落として麻袋に入れる。その作業を数分繰り返し、ロナックの群生の六分の一ほどを採取してその場は終了です。
なぜ全てを採取しないのかアレクシス様が問われますと、コーベット様は根絶を防ぐためだと仰いました。採り過ぎないことが薬師の暗黙のルールなのだそうです。
次に採取しましたのは、釣鐘のような濃い紫の花が特徴の『セチュラム』という薬草です。花は乾燥させてお茶に出来、消炎、解熱鎮痛、咳止め、また女性疾患に効能があるそうです。花は仄かに甘い桃のような香りがするので、女性の保湿化粧水にも使用出来るとか。
葉は肉厚で、噛むとピリッと辛味を感じるらしく、そのまま肉料理に使えるのだと仰っておられました。
硬い葉に覆われた拳二つ分ほどの大きさの蕾をつける『チェカッシュ』は、葉は止血、切り傷、火傷に効く塗り薬になり、中の若い蕾の芯は煮るとほくほくと甘く、芋の代わりとして食用にしていたそうです。
チェカッシュは四季咲きで多く蕾をつけるので、冬場の貴重な食料の一つだったのだとか。
夕飯の材料が手に入ったと小躍りする勢いで喜んでおられました。チェカッシュがどんな味か気になります。
◇◇◇
「待て。魔法陣や薬草の話はとりあえず理解したが、肝心の魔物討伐はどうした」
「ああ、はい、ちゃんとございますよ。チェカッシュをほくほく顔で大量に摘み取った後に、コボルトの群れと遭遇しました。煮るとほくほくと甘い芋の代わりになるチェカッシュを、ほくほく顔で採取………ちょ、今の上手くありません?」
「どうでもいい! 続きを話せ!」
「失礼致しました」
折り目正しく一礼するハリー・ダリモアだが、その顔がつまらなそうにしているのを私は見逃さなかったぞ。
どうもこの男は緊張感がないと言うか、集中力に欠けると言うか。召し抱えて四年経つが、この悪癖は一向に直らないな。腕は立つので非常に使い勝手の良い護衛なのだが、無駄口が多いのが欠点だな。セレスト嬢に迷惑をかけていなければいいが……。
「接近中のコボルトの群れにいち早く気づいたのはコーベット様でして、矢筒から全ての矢を引き抜くと、そのまま地面に突き刺し、素早く矢をつがい弦を引き絞りました。この時点で私を含め、護衛についていた騎士は誰一人コボルトの姿を視認できておりません」
「セレスト嬢は何故コボルトの存在に気づいた?」
「コーベット様が仰るには、臭いがしたのだと」
「したか?」
「いえ全く」
動物並の嗅覚だな。セレスト嬢の認識がまた一つ崩れていく。あんなに可憐なお嬢さんなのに、野性的過ぎて少し悲しくなった。
「続けても?」
「ああ。話せ」
「コーベット様が一方向へ連射したあと短い悲鳴が上がりまして。そこでようやく我々にもその方角にコボルトがいると理解できました。樹間から躍り出たコボルトは目算で五十ほど。地面に突き立てた三十本の矢を次々と射て、その全てがコボルトの眉間に命中し、一射で絶命しておりました。全ての矢を使い果たしたコーベット様は、弓を肩に掛け佩いていた短刀を抜くと残りのコボルトに単身突っ込み、首の血管を一撃で切断。合間合間に仕留めたコボルトから矢を引き抜くと、電光石火の如く眉間を貫き―――」
「おい、話を盛るな」
「盛ってません」
「セレスト嬢が名うての高位冒険者よろしく立ち回ってたまるか」
「ありのまま、見たままをお伝えしています。コーベット様は高位冒険者と肩を並べるほどの実力者ですよ」
いまいち信用ならないハリー・ダリモアの背後に立つ四人の護衛騎士たちへ視線を向ければ、ハリー・ダリモアの言葉を肯定するように無言で頷いた。
嘘だろう? 話を盛ってました、すみませんと言われた方がましだった。
「続けますか?」
「……………続けてくれ」
「短刀で正確に首の血管を裂き、矢を引き抜いては射る。まったく何一つ無駄のない、洗練された動きでした。驚くべきは、その身のこなしから返り血を一切浴びていないということです。呼吸ひとつ乱さず、汗一つ掻かず、衣服も手も一切汚れていない。切り裂かれた血管から血が噴き出す頃には、コーベット様はすでに通り過ぎていてその場にいないのです。あの小柄な体のどこにあれほどのエネルギーを溜め込んでいるのか、恥ずかしながら剣舞のように美しい戦闘に見入ってしまい、気づいた時にはコーベット様がすべて討伐された後でした」
「……………」
「終わりましたと微笑むコーベット様は森の妖精のように可憐で、手にされている短刀が血濡れていなければ、また周囲にコボルトの死骸が転がっていなければ、今まさに一方的な殺戮戦闘が行われていたとは、己の目で目撃したはずなのに信じられませんでした」
「……………」
「血濡れた短刀と矢尻を水魔法で洗い流す姿もお可愛らしくて、あまりの行為とのギャップに私はときめきが止まりませんでした」
「知らんわ! お前のときめきの件は要らん!」
「え~! めっちゃ重要でしょうに!」
「お前に報告させると話が脱線するから嫌なんだ!」
「でもオレほど優秀な間喋はいないっしょ?」
「喧しい! 仕事中に『オレ』は止めろ!」
「はいは~い」
私は眉間を揉みながら頭の中で話を整理した。
セレスト嬢の薬師としての知識とその重要性。そして、高い索敵能力に、王国騎士団幹部に匹敵するどころか、数少ない高位冒険者にさえ劣らない戦闘能力。
「……………」
報告するのか? これを? ありのまま、殿下に?
腹を抱えて大笑いする様がありありと想像できて、私は頭を抱え大きく息を吐き出したのだった。
ハリー・ダリモア初登場です。
書いてて一番楽しいキャラクター。
エグバートお兄様の王子様然としたイメージをあっさり壊すクラッシャーキャラ。
『俺は天女じゃねえ!!それは母さんだ!』も連載中です。良ければ覗いてみてくださいね(*´艸`*)