23.灰かぶり、華麗に捌く
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嬉しいなぁ~(〃艸〃)
魔鳥ストラスの毒袋は、鳥類の素嚢にあたる場所にある。普段は弁で塞がれていて、捕食する際に弁を開き、神経毒を注入する。咬まれたと認識した時にはすでに毒が回り、一瞬で意識を失うことになる。巨体ながら動きが素早い上に小回りもきくので、主に魔法で対処することになるストラスは、難易度の高い厄介なダンジョン魔物とされてきた。
そんな大変危険な神経毒入りの毒袋を、羽根を毟り終えたストラスの首からわたしは嬉々として取り出しました。
やっと! やっと手に入れましたよ、ストラスの毒! 本当は全部譲ってもらいたいですけど、ティースプーン一杯ほどでも構いません!
ストラスの毒は高性能な解毒剤になるだけでなく、ナバスの実とルカッチの雫、ランドルの蜜に酒精を加えた調合液で薄めて熟成させると、極上のお酒になるのです! 調合液で熟成させる間に無毒化されるので、飲酒にまったく問題ありません! 寧ろちょっとだけピリッと舌が痺れる刺激的な辛味が残るので、辛口のお酒が好きな方には最高級のお酒だと思います!
おばあちゃんのたまの晩酌に付き合って飲んでいたから、お酒には強いですよ! 酩酊なんてしたことありません。
未成年者なのに何で飲酒しているのかって? 推奨はされていませんが、法で禁じられているわけでもないのでいいのです。おばあちゃんの晩酌に付き合う、家庭内だけでの飲酒なので問題なしです! 外では飲んでないですから!
ふんふ~んと上機嫌に毒袋を魔力の器に収納していると、羽根を毟り終えてぱんぱんと手を叩いていたベイジル様とエグバートお兄様が不思議そうに覗いてきました。
「随分と機嫌いいな? それは何だ?」
「よくぞ聞いてくださいました! これはですね、神経を破壊する猛毒が詰まった毒嚢です!」
「「えっ……」」
満面の笑みで答えた瞬間、ベイジル様とエグバートお兄様を筆頭に、手伝ってくださっていた近衛騎士の方々もぴしりと音を立てて固まりました。え、なんです?
「ええと……セレスト? そんな猛毒を手にして、何でそんなに輝かんばかりの笑みを浮かべているのかな?」
「え? 嬉しいからですよ?」
「え? うん……、え? 神経毒が? 嬉しいの? え、何で?」
「これは調合如何で毒にも薬にもなるんです。一滴で巨大な熊を即死させるほどの、より高濃度の猛毒に精製できますし、ほぼ解毒できない毒はない最上級解毒剤にもなります。オールラウンダーってやつですね」
「凄いな……」
「毒と薬は紙一重ですから。毒は寧ろ質の良い特効薬に調合できるので、かなり需要が高いんですよ」
「なるほどな。だからそんなに機嫌いいのか」
「違いますよ?」
「「え?」」
ぱちくりと瞬いて否定すれば、ベイジル様とエグバートお兄様がきょとんと瞬きました。本当にそっくりな反応をされますね。双子ですか。
「ストラスの神経毒はですね、調合液で薄めて熟成させると極上のお酒に仕上がるんです! めちゃくちゃ美味しいんですよ!」
ふんすと興奮気味に告げれば、唖然とした反応を返されます。
あれ? ここは何だってぇぇぇぇ!!と興味津々に驚愕するところですよ? 起きてらっしゃいます?
「―――――セレス。お前未成年のくせに飲酒してるのか」
「殿下。その通りですが今はそこじゃないです」
「ああ、そうか。そうだな。思いの外動揺しているようだ。この俺が動揺だぞ? お前の妹はどうなっている」
「落ち着いてください。それから俺はいけません」
「それどころの話か。いろいろと突っ込み満載すぎて、どこからどう正せばいいのかわからん」
「ごもっともですが、落ち着きましょう。セレストはこういう子です。殿下もよくお分かりでしょう」
「ああ、知り合ってまだ二日だと言うのに、セレスの性格を熟知してしまっている気がしてならない」
「お察し致します。こういう子なのです。申し訳ありません」
なんでしょうね。ものすごく失礼なことを言われている気がします。
「いろいろと言いたいことはあるが、後回しだ。セレス、覚悟するように」
「えっ、何でです!?」
「私からも説教があるからね、セレスト?」
「だから何でです!?」
理不尽です! わたしが何をしたと!?
愕然と見上げるわたしを満足げに見下ろすお二人が鬼に見えます。
「それで? その毒嚢とやらを取り除いて、後はどうするんだ?」
物申したいのをぐっと堪えます。何より解体が先です。でも何でお説教!?
「鉤爪と翼を落としたら、肉を解体していきます。鉤爪と翼の骨は上級薬の素材になりますし、肉は柔らかく淡白なので、滋養強壮の効果もあり当時は高値で取り引きされていました」
「ほう? 美味いのか」
「美味しいですよ? 煮てよし焼いてよしの、ジューシーな肉質です。余ったお肉は叩いてミンチにして、スープなどに肉団子として入れたり、薬草や香草、香辛料を混ぜて腸詰め保存食にしたり、用途がたくさんあって素晴らしい食材です。調合薬にできる翼の骨以外は出汁が取れるので、ストラスは捨てるところがほとんどないんです」
毟った羽根は高級寝具として高値で取引されていた。今はどうか知らないけど、当時は枕ひとつ分の羽毛で金貨三枚はした。
「なるほど、確かに廃棄する部位はなさそうだな。セレスは料理ができるのか?」
「一般的な庶民の家庭料理ですけど、ある程度は作れますよ? 作れないと飢え死にしちゃいます」
「ああ、そうか……」
ベイジル様は失言だったとありありとわかる表情をちらっと見せた。
気にしなくていいのに。肉親を亡くすことも、自炊生活も、庶民であれば珍しいことじゃない。わたしが特別不幸な境遇だったという、そんな話でもないのだ。確かに時渡りは特殊中の特殊だろうけど、それ以外は一般的な庶民家庭と変わらない。
気を取り直して、解体作業を再開する。
「ストラスの解体は、鶏の捌き方と同じなんです。ただ大きい分、捌くのも大掛かりになっちゃうんですけど」
説明しながら、まずは上級薬の素材、鉤爪を切断した。鉤爪は魔力を大幅に回復させるポーションの原料となります。巨鳥ストラスからたった八つしか取れない上に、この八つで二十本しか作れないので、本当に貴重な素材です。お値段も相当にお高いんですよ?
鉤爪を取り除く場合、本来ならば鋏を使うのだけど、鋏も立派な刃物なので持ち込めなかった。ないものは仕方ないので、四つある鉤爪を果物ナイフで素早く削ぎ落としていく。両足で八つの鉤爪を魔力の器に保管し、足先を切断した。
次は頭です。さすがに果物ナイフでは切り落とせません。いつもなら愛刀でちゃちゃっと捌けちゃいますが、果物ナイフでは刃渡りも強度を足りません。
仕方ありませんね。
果物ナイフに魔法陣を施す。風の紋様と水の紋様を絡めた複合魔法陣です。風魔法で不足している強度を、水魔法で足りない刃渡りを補います。
カチリと嵌まった音がして、ただの果物ナイフが霧を纏ったように長刀へと変貌しました。いい具合です。
目覚めてからのわたしは、やればできる子に生まれ変わりました! 嬉しいよぉ!
「!? セレス、それは?」
「さすがに果物ナイフじゃ捌けないので、即席のなんちゃって解体包丁です」
「そんなことまで出来るのか……。では最悪武器がない場合、落ちている棒切れでも魔法陣を駆使すれば武器を創れると言うことか?」
「そうですね、刃物に比べれば強度は落ちると思いますけど、ストラスの首を落とせる程度の斬撃ならば可能です」
皆様が黙り込んでしまいました。
たぶんですが、例えばわたしが謀反の企てを秘めていたとして、わたしから武器を取り上げていたとしても、魔法陣を扱える以上あらゆる物が武器として転じる可能性があるのだと、そう過ったのだと思います。
出来るか出来ないかで言えば、出来ます。花瓶に生けてある花でも首の頸動脈を切断できますし、落ちている小石を苦無よろしく心臓貫通なんてことも。
あらゆる物が武器に転じる。その通りです。調合魔法陣を扱える薬師は皆一様に暗殺分野に長けていたと断言できます。武と知が調和した暗殺者――そう称した薬師の方もいらっしゃいました。
でも、あくまで薬師は人命救助を第一とする義の者たちです。身を守るためであれば吝かではありませんが、好戦的に何かをするなんてことはあり得ません。
皆さんが何を思ったのか、それを指摘することなく、気づいていない体を装いながら解体を進めます。
刃渡り六十センチほどに伸びた果物ナイフでストラスの頭を落とす。軟らかいバターを切るように、何の抵抗もなく切断できた。まずまずの仕上がりです。
毒嚢を取り除いた裂け目から、サエズリと呼ばれる食道と気道を切り取る。軟骨とは少し違うコリコリとした食感の希少部位なので、丁寧に取り出す。
肛門の上の皮に切り込みを入れて腸を引っ張り出し、このとき下から刃を入れて腸に続く肛門も一緒に切り落とす。腹に少し縦に切り込みを入れて内臓を引っ張り出したあと、腹の内側に残っている脂をきれいに取り除く。
この内臓、心臓、軟骨、肝臓、筋胃、膝軟骨、腎臓、数珠状の卵は食べられるので廃棄しない。
水の魔法陣で多少残っている血を洗い流したら、次は 尻尾を落とします。これも食べられます。……む。羽毛がちょこちょこと残っていますね。手伝って頂いてなんですが、やはり素人さんは処理が甘いです。火の魔法陣で炙っておきましょう。
もも肉を切り分けます。
腸骨に刃を入れ、切り取った翼より下まで十字に切り込みを入れる。両股に切れ目を入れたらもも肉を外側へ折り曲げ、股関節を外す。大きいのでかなり力が要りますが、要領さえ掴めれば案外簡単に関節を外せます。
骨盤に沿って肉を削ぎ、皮を切る。反対のもも肉も同じ様にやります。この時点で逆さ吊りになっていたストラスは魔法陣の上で横たわってしまいますが、脚にだけ軽量化が施されていたわけじゃないので、魔法陣が作業台の代わりを果たしてくれます。手慣れたものです。
さて、次は胸肉ですね。翼は切り取ってあるので、手羽元を引っ張りながら、骨に沿って切り離します。
胸肉の下から盛り上がった肉塊が顔を出すので、これも切り離す。ササミと言われる部位ですね。張っている薄膜を裂き、首元から外します。胸肉とササミは二本ずつ取れるから、もう一方も同じ手順で解体する。
ここまで来ればあとは残った鶏ガラの処理で終わりです。
まず鶏ガラについている鶏皮を首の皮まで引き剥がします。二対ある鶏ガラの肩甲骨を起こすようにナイフを入れたら、肩甲骨の付け根と首をつかんで引っ張る。すると簡単に胸側と背側にガラが分かれます。
胸の方の尻尾に軟骨がついているので、これも食べられるから折ってはずしておく。
背の首にはセセリもあるので削ぎとっておく。飼育していた鶏が年老いたら、捌いて食べていた。セセリはおばあちゃんが酒のつまみに好んで食べていたお肉で、おばあちゃん曰く相当に美味しいらしい。軟骨もセセリもわたしは苦手だった。
さらに背にはハラミという薄い肉がある。これは串焼きにすると美味しいのでわたしも大好きです。せっせと切り取っておきましょう。背肝も少し残っていたので、これも丁寧に取り除いておきます。ハラミと同じく串焼きにすると最高です。
これで鶏ガラと皮に分離できました。
皮はカリカリに焼くととても美味しいです。特に美味しいのが首の皮なので、巨大なストラスはたくさん食べれて嬉しいかぎりです! じゅるり。
「解体終了です」
「見事なものだな。セレス、お前が生成した魔力の器はどういった作用を及ぼす?」
「時縛りの作用があるので、半日ほどならば討伐したての鮮度を保てますよ」
「つくづく魔法陣とは便利なものだな」
「はい! 薬師が扱う魔法陣は一級品なんです!」
自慢げにふんすと鼻息荒く薄い胸を張る。未だ成長が見られないささやかな胸ですが、何か?
「ストラスに限らず鳥類は、絞めてから半日から一日の間が一番美味しく頂けます。もちろん凍る手前まで冷却してあることが大前提です」
「なるほど。セレスの話を聞いていると腹が減ってくるな。今夜の晩飯はストラスの肉尽くしにしてもらうか」
「本当です!? やった!」
喜びもつかの間、重大な事実に気づきました。
「ああぁぁぁ~………滞在は昨晩まででした~……」
「今日も泊まればいいだろう」
「でも………」
ちらりと上目遣いにエグバートお兄様を窺います。
わたしはすでにアクロイド伯爵家の一員なので、今までのように自分一人で決めていいことなどありません。ご当主様であるパパか、嫡子でいらっしゃるエグバートお兄様のご許可を頂かなくてはなりません。
よく出来ましたとばかりに微笑んで、エグバートお兄様が仔犬を褒めるように頭を撫でてくださいます。
「殿下のお言葉に甘えて、もう一泊するといい」
「はい!」
「そうだな。解体した素材のこともあるし、もう何泊かしていけ。可能なかぎりセレスに時間を割こう。薬草園にも行きたいんだろう?」
ロメリアさんから報告入ってましたか。ええ、行きたいです。自生した薬草しか取り扱った経験がないので、栽培されている薬草の状態や種類を一度見ておきたいです。
「了解した。エグバートもそれでいいな?」
「異論ございません」
こうして滞在日数が追加されたのでした。
さて。次の魔物は昆虫型ハイドラですか、それとも大型ムスカリエトでしょうか。
どちらも上級薬素材の宝庫なのでわくわくします!




