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22.灰かぶり、解体する

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「セレス、今のはなんだ」


 ベイジル様とエグバートお兄様が、護衛を引き連れて中央まで再び下りて来られました。

 射た本人が一番びっくりな威力でした。観覧席の一部を深く穿った矢を近衛騎士の方々が引き抜こうと奮闘しておられます。節影(ふしかげ)までめり込んで矢羽が低い位置に見えているので、あれは人の力では絶対引き抜くことは出来ないと思います……。


「三体を電光石火の一撃で仕留めるとは思わなかったぞ。しかも何だ、あの威力は」


 ベイジル様もエグバートお兄様も、近衛騎士の方が必死に引き抜こうとしている様子を何とも言えない顔でご覧になっておられます。ええと、ごめんなさい……?


 それよりもです! 今最も重要なのはそこではなく!


「ベイジル様。そんなことより魔物です!」

「え、なに?」

「解体しないと素材が駄目になっちゃいます! 討伐後はスピード命です!」

「いや、そうかもしれないが、そんなことよりってお前な」

「お話は後にしてください! 解体はどなたがされるのです? わたしがやってもいいですか!?」


 早く早くと急かすわたしに心底呆れた表情をされていますね。でも重要なんですよ、即解体って!


「わかった、わかった。セレスがやっていい。一人でやれるのか?」

「出来ます! 三体ともやっていいです!?」

「ああ、三体ともやっていいから、とりあえずちょっと落ち着け」

「言質取りました! 近衛騎士の方々、離れてください!」

「こら、セレス!」


 ベイジル様が窘めますが、構っていられません。素材は鮮度が命ですから!


 近衛騎士方が慌てて離れたのをざっと確認して、軽量化の魔法陣を手早く描く。風の紋様に土の紋様を重ね、数と範囲を指定する図形を更に描き足した。手を払う仕草で、三つに複写された魔法陣がそれぞれ三体の魔物目掛けて地を滑っていく。

 魔物を捉えると、三体共に透過した魔法陣によって宙に浮き、魔蜂スパルタ以外は逆さに吊るされました。空中で固定されるという不自然な姿に、アンフィテアトルム全体がざわっとどよめいています。


「セレス………これは?」

「軽量化魔法陣の応用です」


 そう答えながら、わたしは手早く魔法陣を描き、魔力で編み上げた大きな器を顕現させた。果物ナイフを虹の蛇ユルングの首に突き立て、一気に切断する。頭部を切り離したことでドバッと血が溢れ出たけど、ユルングを始めとした蛇系の魔物はあまり血液が採れないので、貴重な一滴さえも無駄にはできません。

 先に血抜きをしておくことで肉の臭みが軽減し、腐敗速度を遅らせることも出来る。また毒袋を持つ魔物は、真っ先に頭部を切り落とすか、血抜きすることで毒が体内に漏れ出すことを防げるのです。


 ユルングの両眼をくり貫き、魔力で編んだ即席容器に保管しました。王宮に何も持ち込めなかったのだから、すべて魔力で補うしかありません。こんな時は魔力が豊富にあってよかったと思います。


 ユルングの眼は滋養強壮があり、大変美味らしい。富裕層で美食家たちが好んで食べていました。高値で取り引きされていたので、調合素材として残すことはほとんどなかった。滋養強壮の面では、わざわざ薬に加工せずとも食することでその恩恵は受けられたからです。


 次いで唯一鱗がある額板一枚と頭頂板二枚を剥ぎ、これもまた魔力の容器に保管しました。

 ユルング一体からたった三枚しか取れない貴重な鱗は、銀の粒と一緒に撹拌すると、不治の病でさえ治してしまう霊薬となる。これは貴重すぎて、乱獲を防ぐ意味でもとんでもない高額がつけられていた。


 下顎の靭帯を切り、下顎の二本の骨ごと切断したら、両眼の下の頬部にある大きな毒腺を丁寧に解体する。この毒は致死性が高いから、取り扱いには特に注意しなくてはなりません。

 希釈し調合することであらゆる毒に効く万能解毒剤になるので、討伐せず毒だけ採取することも結構ありました。


 あんぐりと絶句している皆さんを放置して、さくさく行きます!


 同じように金の魔鳥ストラスの真下に生成した器を設置し、首を裂く。ユルング同様勢いよく溢れ出した鮮血が、魔力で編まれた容器に危なげ無く落ちて行った。


 血抜きには少々時間がかかるので、先に魔蜂スパルタの解体から手をつけることにします。

 水の魔法陣で果物ナイフを洗い、火の魔法陣を加えて煮沸消毒した。


 まずは毒嚢と毒腺、毒針を取り除く。毒嚢は破れやすいから、これを先にやっておかないと猛毒性の高いスパルタの毒がすべての素材を汚染してしまいます。それはユルングやストラスも同様で、血抜きが完了したら、毒袋を取り除いていないストラスは羽根を毟ったあと真っ先に毒袋から回収することになります。

 胸部と腹部のくびれ部分を切断し、腹部ごと毒嚢を切り離す。腹の節に沿ってナイフを射し込み、六つある外殻をひとつずつ丁寧に剥ぎ取っていく。

 これは軽くて硬質なので、五百年前は中堅層冒険者の防具として人気がありました。


 腹部の身は使えないから、毒嚢、毒腺、毒針を取り出したら焼却処分することになっています。そのまま放置すると、多少滲み出ている神経毒が気化して空気中に拡散することもあるので、ダンジョンのように気密性が高いと無味無臭の神経毒があっという間に充満し、解体中にパーティー全滅、なんてことも珍しくありません。

 取り外した毒嚢から毒腺を切断して、これも焼却処分しました。

 毒嚢に次いで強い毒性を持っているこの部分は、腹部の身以上に使えないのです。

 毒針は手槍や長槍の穂に加工出来る。毒は寧ろ武器の特性として生かせるので、この素材はこのまま納品できます。今も変わらず素材として使われていれば、だけれど。


 次に解体するのは胸部。これも外殻が防具に加工できます。四枚の翅と六本の脚は、それぞれ気付け薬になる。それ以外の身は破棄でいい。

 最後に頭部の解体だけど、毒嚢の次に薬師を歓喜させる素材が多いのが、実はこの頭部だったりするのです。

 まずは触角。十二ある節一つ一つを切り離し、細かい粒子に粉砕して作る香水は、異性を惹き付ける媚薬として貴族層に大変好まれました。

 特に未婚女性からの注文が多く、社交シーズンは何度もダンジョンへ潜らされたものです。


 左右一対の複眼から調合されるクリームは豊胸効果があり、これもまた貴族婦人の間で絶大な人気を誇っていました。わたしですか? 使ったことありませんけど、それが何か?

 そして最後に、額にある三つの単眼。これには強力な性機能増強効果があって、更年期以降の男性や長年子宝に恵まれなかった中年層夫妻の救世主として、根強い人気を誇ってきました。

 五百年経った今、これらの素材がどれほど認知されているのか、とても気になります。


 最も重要な毒嚢ですが、これは解毒剤に調合できる以外にも、より強烈な致死毒として生成し直すこともできます。たまにおばあちゃんが、秘密裏に受注していた物のひとつがこれでした。

 おばあちゃんは、「お前はまだ知らなくていいよ」と、その手の仕事に関わらせようとしませんでしたが、一滴で対象者を殺めてしまえる無味無臭の猛毒の調合知識は教え込まれました。つまりは暗殺、そういう意図で受注しているのでしょう。


 思わず沈鬱な表情になったけど、手を止めている暇はありません。


 虹の蛇ユルングの血液が器に溜まったようです。やっぱり魔鳥ストラスに比べるとかなり少ないですね。しかしこれで血抜きは完了しました。ユルングの解体に移ります。


 まずは翼の羽毛を丁寧に毟り、翼を根元から切り落とす。羽毛はカイヤナイトとリカロの実と一緒に煮立たせると、虹色が抜け落ちます。それを結晶化させた銀の丸薬が、ダンジョンに潜る冒険者の命を繋ぐ状態異常回復上級薬になるのです。


 ユルングの首を切り落とした切り口の腹部の皮に切れ目を入れ、皮を尾の方へ慎重に剥いでいく。引っ張るだけで案外簡単に、綺麗に分離できます。

 次に腹部を開いて内臓を同じ手順で尾の方へ引っ張ると、これも簡単に取り除ける。内臓はそれぞれ中級薬の素材になるのでしっかりと個別に保管します。

 肉質は魚と鶏肉の中間のような食感で、淡泊でしっとりとした味わいなので、当時精肉店から毎日のようにクエストが出されていたほどの人気でした。


 さて、続いては金色の魔鳥ストラスですね。

 しっかりと血抜きは完了しています。

 今回解体する三体ですが、一番厄介なのがこのストラスなのです。

 何せ馬車ほどもある巨体の羽毛を、すべて手作業で毟り取らなきゃいけないからです。


「近衛騎士の皆さん。手伝ってください」

「なんだ? ここまで一人でやっていたのに、ストラスは一人じゃ無理なのか?」


 唐突にわたしが近衛騎士の方々を指名したことで、呆けていたベイジル様が我に返ったご様子です。


「出来ないことはないですけど、一人だと時間かかっちゃいます」

「何をするんだ?」

「全身の羽毛を丁寧に毟ってください。ベイジル様も、あとエグバートお兄様もお願いしますね」

「「は?」」


 おお。綺麗に揃いましたね。面食らった表情もそっくりです。

 周囲の近衛騎士の皆さんも仰天顔されてますね。なんです?


「手伝ってくださいね?」

「……………」

「いや、セレスト。まあ兄である私はいいとしてだね。王太子殿下に魔鳥の羽毛を毟れというのはどうかと思うよ?」

「立っている者は親でも使えと言いますし、捌くよりはいいでしょ? あ、捌く方がよかったです?」


 じゃあやります?とばかりに果物ナイフを差し出すと、それまで無言だったベイジル様が人目も憚らずぶはっと大笑いした。


「そうか、そうだよな。セレスはそういう奴だった。俺を王太子扱いするような奴じゃなかったよな」

「殿下」

「今だけは許せ、エグバート。それで、セレス? 普通に引っこ抜けばいいのか?」


 近衛騎士方がぎょっとベイジル様を凝視します。


「羽根には正羽(せいう)綿羽(めんう)がありまして、どちらも羽軸という太い芯が通っていますので、その根元を摘まんで引き抜いてください」


 近衛騎士方がさらに驚愕の視線をわたしに滑らせます。本当にさせるつもりなのかと、雄弁に物語る視線ですね。ええ、させますけど? 御本人もやる気満々のご様子ですし。


「なるほど、これだな? ここを摘まんで……おお、抜けた! 意外と面白いな」


 わたしが編み上げた魔力の容器に嬉々として入れていくベイジル様を、皆様一様に唖然と眺めておられます。


 はいはい、ぽやっとしている暇はありませんよ!

 ベイジル様を見倣って、きりきり働いてください!






大変お待たせ致しましたm(。≧Д≦。)m

実は昨日更新予定だった22話が、下書きの段階でまるっと消失いたしまして……

あり得ない現象に頭真っ白になりました(*T^T)


ようやく書き直せたのですが、内容を完全復元は出来ていないので、作者としましては不満の残る22話となってしまいました(´-ω-`)


楽しんで頂けたのならいいのですが……(゜゜;)

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