19.灰かぶり、危機一髪?
大変お待たせ致しましたm(。≧Д≦。)m
「やあ、おはよう、エスティちゃん。顔色は良いみたいだね」
昨晩大泣きしたわたしを心配して、同じ貴賓棟三階に部屋を借り一泊したアクロイド当主様とエグバート様が、わたしが目覚めて朝一で訪ねてくださいました。
「おはようございます。ご心配おかけしました」
欠伸を噛みしめて、ぺこりと一礼します。
本来ならばカーテシーでご挨拶すべきなのでしょうけれど、生まれて一度もやったことがないものを背伸びしてやれば、きっとみっともなく尻餅をついてしまうことでしょう。
見苦しいだけなので、慣れないことはやりません。
ロメリアさんに淑女の嗜みの一つとして注意してもらえたので、上着はきちんと羽織っていますよ。ちょっとだけレディに近づけたかしら?
昨晩は、ベイジル様と今日のことについていろいろとお話しさせて頂いていたのですが、ベイジル様がポカポカと温かくて、ほんのり低い柔らかな声が耳に心地好くて、いつの間にか眠ってしまったようです。
自力で寝台に戻った記憶はないので、恐らく畏れ多くもベイジル様が運んでくださったのではないかと、そう思いロメリアさんに確認を取ったら、正しくそのとおりでした。
ベイジル様に足を向けて寝られません。
「うん。エスティちゃんが元気ならそれでいいんだよ。朝食はまだだろう?」
「はい」
「では一緒に食べよう。ロメリア嬢、ここへ我々の食事も運んでくれ」
「畏まりました」
うん? ロメリアさんの頬が……赤い!?
僅かばかりの変化だけれど、恥じらう乙女のような反応にわたしの目は釘付けです!
えっ、やだぁ、ロメリアさんてば、そうなの!?
エグバート様と視線がかち合うと、わたしが何に興奮しているのか瞬時に覚ったご様子で、ふっと苦笑を浮かべて肯定の頷きを返してくださいました。
やっぱりそうなんですね!? ロマンスですか! 胸が高鳴ります!
ロメリアさんが退出するのをふんすふんすと鼻息荒く見送っていると、エグバート様がローテーブルの上に三枚の書類を並べました。
「セレスト。昨日の続きを話したい。構わないかな?」
その一言で、養子縁組の件だと察しました。はい、と首肯で意思を伝えます。
「うん。君を大切にしたいという想いは、父上だけでなく私の気持ちでもある。そして、昨日も話したとおり、今後君を取り巻く環境が劇的に変わるだろうことを考慮して、先駆けて君の身の安全を確保しておきたい」
わたしは再び了承の意味を込めてこくりと頷く。
目覚めて最初に出逢った貴族がアクロイド様だったわたしは、本当に運が良かったのだ。
「この書類は、現代に存在していない君の戸籍を用意するための就籍許可申立書で、こちらの書類は我がアクロイド家へ養女という形で籍を入れるための養子縁組届。最後の一枚は、就籍許可申立の証人署名の書類となる」
「証人署名、ですか?」
「すでに王太子殿下がサインしてくださっているから、証人に関しては心配いらない。最も殿下が証人署名など前例がないからね。異例中の異例だと認識してほしい。このことは我々と両陛下、王太子殿下、この件を担当する司法省大法官のみが把握している。セレストも秘匿するように」
「はっ、はい!」
とんでもないことだということは分かった。ベイジル様、昨夜は何も仰らなかったのに、いつの間に!
「難しくてややこしい話はエグバートに押しつけておけばいいよ。エスティちゃんは、パパの娘になることを承諾してくれるなら、二枚の書類に委任すると署名するだけでいいんだ。君はまだ未成年者だからね」
「父上」
ご当主様の言い種に苦笑いを浮かべつつも、エグバート様もこれを肯定してわたしに万年筆を差し出しました。
わたしは迷うことなく、就籍許可申立書と、養子縁組届に委任する旨を記し、示された箇所にセレスト・コーベットと署名した。
五百年の間に文字が変わっていなくて助かった。変わっていたら、一から学び直しだったもの。
「よし。後は申請するだけだ。受理されるまでに数日を要するけど、これで晴れて君は我がアクロイド家の娘だね。これからよろしく、私の可愛い妹」
「よ、よろしくお願いします、エグバート様っ」
こんな素敵な方が兄君様だなんて、う、嬉しい……!
「違うよ、セレスト。君は私の可愛い妹だと言ったろう?」
はっとエグバート様を凝視する。
それは、お、お、おっ、お兄様、と、よよよ、呼ぶように、と!?
「お、お兄、様……?」
吃りながらも呟いた、露の間。
エグバート様の王子様然としたお顔が、蕩けるような笑みを浮かべて―――目、目がっ、わたしの目は無事ですか!
「アレクシスも兄になるから、エグバートお兄様と呼んでくれると嬉しいかな」
「わ、わかりました、エグバートお兄様っ」
「うん。いいね、いい響きだ」
そうだった、アクロイド様も兄君様になるのね。もうアクロイド様とは呼べないわ。どうしよう。
アレクシスお兄様と呼ぶの? エグバートお兄様とお呼びするより勇気がいるのは何故かしら。
「じゃあ次は私だね? さあ、エスティちゃん。パパと呼んでくれるね?」
「えっ? お、お父様ではなく、ですか?」
「公の場ではそれが相応しいけど、プライベートではパパがいいなぁ」
お父様呼びより一段とハードル高くなるのですが……。何度かお呼びしているとはいえ、やっぱりパパ呼びは恥、恥ずかしいっっ。
「パ、…パパ」
「ああ……何度聴いても極上の響きだねぇ……ああ可愛い」
「え!? パ、パパ!」
突然の抱擁にわたわたと慌てながら、昨夜と同じ温かさに知らず肩の力が抜けていく。
父という存在を知らないわたしにとって、ご当主様―――いいえ、パパの愛情と温もりはとても戸惑うものであると同時に、ひどく安心できるものでもありました。
まだまだ戸惑いの方が強いけれど、いつまでもこの腕に包まれていたいと、そう感じているのも確かです。
ほっと安堵の息を吐き、パパの胸にすり寄ると、エグバートお兄様の不満げな声が聴こえました。
「狡いですね、父上」
「私はパパだからね」
「私だって兄ですが」
「兄よりパパだろう」
「屁理屈は結構です」
「お前はさっさと申請して来なさい」
「言われなくともそのつもりですが、行く前に私にも抱き締めさせてくださいよ」
「駄目だ。減るだろう」
「減りませんよ!」
朝から賑やかなのがアクロイド家の特徴です。
ああ、帰って来たんだなぁと、わたしの中でもすでにこの騒々しさが日常化しているのだと気づいて、ふふふと笑いが零れた。
◇◇◇
外廷から戻ってきたエグバートお兄様と共にベイジル様が訪ねて来られて、午前十時に討伐開始時間が決まったと伝えられました。
ずいぶんと間が空くのだなと思い首を傾げていると、ベイジル様が「いろいろと準備があるからな」と仰いました。
魔物を解き放つのだから、確かに下準備や備えはたくさん必要です。なるほどと納得していると、ベイジル様の背後でエグバートお兄様が苦虫を噛み砕いたような顔をしてらっしゃいました。
それがとても気になったのですが、何故だか今は尋ねてはいけない気がして、気遣わしげな視線を送ることしか出来ませんでした。
討伐開始予定の午前十時までまだまだ時間があるので、体をほぐすためにも少し動いておきたいところ。
パパはすでに外廷へお仕事へ向かわれ、ベイジル様とエグバートお兄様も同じくお仕事へ行かれました。ベイジル様から迎えに来るまで部屋から出ないよう言われていますが、正直暇で仕方ありません。
こんな時こそ薬草調合の魔法陣を反復練習したいものです。
「ロメリアさん。ベイジル様が統轄されているという国営の薬草園と官営薬師ギルドは、王宮の敷地内にあるんですか?」
控えているロメリアさんを見て、そんな質問をしてみる。
「薬草園は王宮の一番北側にあります。貴賓棟からの方が距離は近いですね。とは言っても馬を使う距離ですけれど。薬師ギルドは王宮にはございません。こちらも馬を使いますので、どちらも見学するには距離の問題と許可が必要になります。殿下も時間まで部屋で待機するよう厳命されておりますので、どのみち外出は諦めてくださいね」
にっこりと凄みのある微笑みを浮かべるロメリアさんが恐ろしくて、わたしは何度も首を縦に振ります。
薬草園を覗いてみたいという考えはお見通しだった模様。部屋から一歩も出しませんよという、言外に含められた決意の固さが殊更恐ろしいです。歯向かう勇気なんてありません。
「お暇でしたら、薬草関連の書物を見繕って参りましょうか?」
柔和な微笑みでそう提案してくれたのは、ベイジル様がお付けくださった侍従のデールさんです。
他に二人の侍女と近衛騎士お一人がいらっしゃって、お名前は侍女がエセルさんとドナさん、扉を守ってくださっている近衛騎士がルイスさんと仰います。
たった一晩の宿泊なのに、わたしに三人の侍女、一人の侍従と近衛騎士を付けて頂けるとは思ってもいなかったので、まるで貴族のご令嬢のような扱いに正直狼狽してしまいます。
あ、いえ、これからは本当に貴族令嬢になるのですもの。これくらい慣れなきゃいけないのよね。
「薬草の本があるんですか?」
「はい。王宮書庫室には国内外のあらゆる文献が収められていますので、セレスト様のご興味あるものもきっと見つかるでしょう」
「わあ~。……うん? 王宮書庫室?」
どこかで聞いたような? 首を傾げたわたしに、デールさんはそう言えばといった体で、すっかり記憶の片隅に追いやっていたことを仰いました。
「セレスト様の下の兄君様がお勤めの場所ですね」
下の兄君様。それは即ち。
(すっかり忘れてた! アクロイド様の緩~い職場!)
唖然とした時、扉の外が俄に騒がしくなった。
何やら揉めているような、女性特有の甲高い声が聴こえる。
ロメリアさんとデールさんの瞳がすうっと眇られ、エセルさんとドナさんが素早くわたしの側へ来ました。
「見て参りますので、セレスト様は寝室へ。エセル、ドナ。頼みましたよ」
「心得ております。さあ、セレスト様。寝室でお着替えをなさいましょう」
「えっ?」
「殿下よりお衣装をお預かりしております。戦闘用に特別に作らせたのだそうですよ」
「えっ!?」
「御髪も整えましょうね」
「えええぇぇぇぇぇ~………」
あれよあれよという間に寝室へ追い立てられ、わたしの間抜けな声はフェードアウトしていきました。
◆◆◆
セレストが寝室へ入ったのを確認してから、ロメリアはデールと共に扉へ向かった。
前触れもなく初対面の相手に誰が不躾に訪ねて来たのか、そしてどこの痴れ者が喚いているのか見当はついている。
扉を開ければ、予想通りの者たちが非常識にも突撃せんがため耳障りな声で喚いていた。
「いい加減そこをお退きなさい! 証拠は上がっておりますのよ!」
「そうですわ! 下賤の者が不相応にもこの部屋に滞在していることは知っていますわ!」
「何度言われましても、ここはお通しできません」
「あなた、わたくしが誰の娘であるか知っていてそう仰いますの?」
「存じております。ですが、何人たりとも通すなと王太子殿下より厳命されておりますので、どなたであってもお通しできません」
化粧が崩れる勢いでご令嬢方がギリリと歯軋りする。
このような醜態を晒して、どの口が身分を盾にするのか。ロメリアは呆れと軽蔑の念を抱く。
「腹立たしくも殿下のお渡りが数度あっただけでなく、エグバート様まで訪ねて来られたとか! 食事もご一緒だったそうじゃありませんの! 誰も通さないなどとよく言えましたわね!」
「身の程を弁えない賤しい者など、わたくしたちが追い出して差し上げますわ!」
「ご令嬢方、そこまでです」
ロメリアに令嬢とそのお付きの侍女たちの鋭い視線が集中した。
近衛騎士のルイスが明らかにほっとした顔をする。屈強な彼らでも、キンキンと甲高い声で喚く令嬢方の相手には辟易していたのだろう。
当然ながら手荒な真似は一切出来ない。相手が焦れて退散するまで山のごとくこの場から一歩も動かないでいるのは、魔物退治に派遣されるよりどっと疲れるに違いない。主に精神的に。
「こちらにご滞在中の方は、王太子殿下が直々にお迎えした大切なお客様です。前触れもなく突然押し掛けるなど、あまりにも非常識ではありませんか」
「これはこれは、侍女頭のロメリアさんでしたわね。貴女がここにいるということは、ご実家から専属の侍女すら付けてもらえなかったということ。御里が知れますわね」
「お言葉が過ぎますよ。お迎えしている方は長期滞在ではないため、王宮勤めの者でお世話させて頂いているに過ぎません」
すると、五名の令嬢方は視線を交わし合ってくすくすと嘲笑し始めた。
「嘘はよくないわね、ロメリアさん」
「嘘?」
「ええ。だってわたくしたちお見かけしましたもの。畏れ多くも殿下と仲睦まじく、手を繋いでおられましたわ。その出で立ちが、あまりにも……ねえ、皆様?」
「ええ、ええ、本当に! 何処かのご令嬢などとはとても言えないみすぼらしい格好をしてらっしゃいましたわね」
「わたくし、浮浪者かと思いましてよ」
「うふふ。それは仰ってはいけませんわ。平民は皆あのように襤褸を纏っているものでしてよ」
「まあ、そうなのですね。あのようなものしか袖を通せないなんて、不憫ですわね」
「そのような襤褸を纏う者を殿下のお側に置いてはおけませんわ。これは殿下の妃候補として正当な主張です。そこを退きなさい」
あまりの言い様にロメリアもデールもルイスも、ご令嬢方につけられている王宮勤めの侍従たちも嫌悪感を露にした。
「お通しできません。殿下よりこの場を任された責任者として、ご滞在しておられる方への面会は断固としてお断り致します」
「なっ!」
「無礼者! 立場を弁えなさい!」
「そのとおりですわ! たかが子爵家の出でありながら、下級貴族が上級貴族のわたくしたちに口答えをするなんて、生意気よ!」
「何の騒ぎだ」
一触即発の場を、不機嫌をそのまま体現した声が一刀両断した。
アクロイド父子を連れて現れたのは、ベイジル王太子殿下だった。
今晩か明日に、もう1話上げられたら更新しますネ。
途中までは書いてるんですけど、なかなか進まず……。
風邪を引いちゃいまして、発熱に関節痛、頭痛に酷い下痢症状( ̄□||||!!
今回の風邪はこんな感じなので、皆様くれぐれもお気をつけくださ~い……
トイレとお友達にはなりたくな~い(;´Д⊂)
「あなたから離れないわ!」
「僕も離さないよ!」
などというメロドラマが、寒いトイレの中で頭を過る活字中毒者でした~(汚い)