16.灰かぶり、再び倒れる
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台風19号の影響を受けた地域の皆様、ご無事ですか?
被災された方や、いまだ避難所生活を余儀なくされている方々もおられることと思います。
1日でも早く元の生活に戻れますよう、心から祈っています。
不本意ながらも、迷子の子を案内するように楽しげに笑うベイジル様に連れられて、やって来ました訓練場です。普段は騎士団の方々が鍛えるために使用する場で、国賓をお招きした際には闘技場としても使用されるアンフィテアトルムなのだそうです。
すり鉢型の中央は円形で、それを見下ろす形で観覧席が設けられている。地下には堅牢な牢もいくつか備え付けてあって、ダンジョンで捕獲した魔物はそこへ収容されているらしい。
そう説明をされながら、わたしはわくわくと心が踊るまま地下へと下りて行きました。
「お待ちしておりました、王太子殿下」
トーラス型に広がる地下空間には見張りの騎士が複数いらっしゃって、一ヶ所に集まりざわついていた。壁に等間隔に点る灯りが地下の異様な雰囲気を更に強調しているようで、何か問題が発生したことは一目瞭然でした。
見張りの騎士さん方の緊張が伝わってきて、どうしたのかしらと首を傾げていると、出迎えた年嵩の騎士の方が実は、と困惑した様子でわたしたちを誘導します。
ベイジル様とエグバート様に気づいた騎士さん方が慌てて敬礼する中、彼らがざわざわと当惑して見つめていたものが何だったのか、ようやく合点がいきました。
「これは………」
「どうなっている?」
問われた年嵩の騎士さんは、困った表情そのままに分かりませんと首を振った。
案内された牢の中には、二頭の狼型の魔物がいました。ええ、そうです。いました、過去形です。
ブラックドッグとアセナ。侍従のカムルさんはそう仰っていましたが、牢の中にはどちらも居ません。その名のとおり真っ黒い毛皮をしたブラックドッグと、青い毛皮をしたアセナの姿はどこにもなく、代わりのように牢の中心でこちらを睥睨しているのは、全身純白の毛に身を包んだ狼でした。
ブラックドッグやアセナよりずっと大きく、獣の虎よりも更に大きな巨獣です。
戸惑う騎士さんと訝るベイジル様たちをよそに、わたしは首をこてんと傾げた。
これは珍しいものを見た。
ほう、と感嘆の声を漏らしてしまったわたしに気づいた様子で、ベイジル様とエグバート様が同時に振り返ります。
「……………セレス? 知っているのか?」
「はい。知っています」
「これは何だ? どこから湧いて出た? 他の魔物はどこだ」
矢継ぎ早に質問を重ねるベイジル様に若干引きながらも、わたしも好奇心を隠せません。
「これは魔物ではなく、精霊です。たまに魔物や動物に擬態して人をからかうのだと言われています」
「「精霊!?」」
皆さんどよめいておられますね。わかります。わたしも興奮していますからね!
「本当に存在していたのか……」
唖然と呟くベイジル様が、はっとしたご様子でわたしを見下ろします。
「それで、ブラックドッグとアセナはどこに行った? 魔物に有効な眠り草を焚いていたはずだが、もし脱走したなら早急に討伐部隊を編成しなきゃならない」
「必要ありませんよ? ブラックドッグもアセナも脱走していませんから」
「何? どういう意味だ。ではどこにいる?」
「目の前にいるじゃないですか」
「は?」
訝るベイジル様たちに牢の中を指し示す。
見渡せど牢の中には白い巨狼しかいない。眉間にくっきりと縦皺を刻んでどういうことだと視線で問う。
「分かりませんか? 言いましたよね、精霊は魔物や動物に擬態して人をからかうんだって。目の前にいる白い狼こそが、騎士団の方々が捕獲したブラックドッグとアセナですよ。正確にはそのどちらかでしょうけどね」
「「「「「は!?」」」」」
「因みにもう一体いますよ? 白い狼に隠れて見分けにくいかもしれませんけど、尻尾に紛れてじっとこちらを観察してるでしょ、真っ白い兎が」
「「「「「!??」」」」」
唖然と凝視する面々を眺めて、白狼はつまらなそうに鼻を鳴らした。尻尾からピョコンと跳び跳ねて姿を現した白兎も、残念そうに髭をそよがせている。
『あ~あ。バレちゃった。右往左往する姿が面白かったのに、すぐに終わっちゃった』
『シェレイスがいるなんて反則だろ。あいつら騙せたことなんて一度もないんだからな』
卑怯だぞ、と半眼になる精霊たちの言葉を受けて、ベイジル様とエグバート様が驚愕の視線をわたしに滑らせた。
わたしも瞠目したまま固まっています。
今、わたしを見てシェレイスと、言った………?
『何を驚いてる? お前はシェレイスだろう?』
『そうだよ、シェレイスで間違いないよ』
「わ、わたし、は、シェ……シェレイス、な、の……?」
不可解なことを聞かれたとばかりに、精霊は仲良くこてんと首を傾げた。
『逆に聞くけど、自分がシェレイスじゃないと思う根拠は何?』
答えられない。だって、でも、と否定したいのに言葉が続かない。
見かねたベイジル様が、代わりに質問してくださった。
「この娘は森に捨てられていたところを拾われた過去を持つ。育てた者がこの娘を先祖返りだと言っていたそうなのだが、そうではないのか?」
『違うね。森に捨てられていたなら僕らが気づかない訳がない。魔力に長けたシェレイスの赤ん坊が、無防備に森に捨てられて無事でいられるはずないじゃないか』
『その娘は間違いなくシェレイスだ。先祖返りなどという雑ざり者とはまったく違う』
わたしは混乱した。
じゃあ、おばあちゃんはわたしをどこで拾ってきたの。古代種シェレイスだと言うなら、わたしはいつの時代の人間なの。
どうして何も教えてくれないまま死んじゃったのよ、おばあちゃん………!!
ふらりとよろめいたわたしをベイジル様が抱き止めて下さったけど、酷い耳鳴りのせいでベイジル様が何を仰っているのか分からない。
わからない。わからないことばかりだ。わたしは五百年前の人間ですらなかったの?
わたしはどこから来て、どこで拾われたの………。
「―――――セレス!!」
仄暗い闇に沈み込んでいく意識の端で、ベイジル様が名を呼んだ気がした。
◇◇◇
「どうだ?」
「別状ありません。直に目を覚まされるでしょう」
「そうか………」
ベイジルは蒼白い顔色をしたまま眠り続けるセレストの頭をそっと撫でた。
精神に負荷がかかり気を失っただけだと侍医が言うのだから、体の方に異常はないのだろう。
五百年の時を超えたと知ってまだ日が浅いというのに、実際は生きた時代すら時を超えた結果だったのかもしれないと言われたのだ。発覚した可能性を知ればこうなるのも無理からぬことだろう。心から慕い、尊敬していた祖母がついた嘘を知ってしまったのだから。
暫くあやすように撫でていたベイジルは、世話を侍女を任せると隣の続き部屋、応接間へ移動した。
「セレスト嬢はどうですか」
眉尻を下げたエグバートが早々に訊いてくる。この男も思いの外セレストに心を許していたかと、ベイジルは苦笑した。
「先ほど侍医殿がすぐに目を覚ますだろうと言っておられましたが」
「ああ、体の方は問題ないらしい」
「体の方は、ですか」
沈鬱な表情をするエグバートの言いたいことはよく分かる。
天真爛漫な彼女に似合わない蒼白な寝顔は、胸を締めつけるものがある。目覚めてからのセレストがどうするのかわからないが、せっかく招いた王城でつらい思いをさせてしまった責任がある。
「殿下。明日の討伐戦は延期なさるべきかと」
「そのつもりだ。あの状態で闘わせるほど私は鬼畜ではないぞ」
「どの口が仰っておられるのやら。セレスト嬢を必要以上に構い倒し、過度な接触を数多ある目に晒した理由を察せられぬ私であるとお思いで?」
ふん、と鼻を鳴らすベイジルをじっとりと睨む。
「ご令嬢方へのフォローはしっかりとなさって下さいね。現状のセレスト嬢に接触されては困ります」
「わかっている。暫くはこの客室で過ごさせ、近衛騎士と侍女をつける。近衛には令嬢の誰一人とて通さぬよう命じておこう」
「それでは足りませんね。侍従も一人つけてください。ご令嬢方にはこの階への立ち入りを禁じて頂きます」
エグバートの物言いにベイジルの片眉が上がった。
「ずいぶんと注文が多いな。セレスがそんなに大事か」
「申し上げたはずですよ。セレスト嬢は我がアクロイド家の大切な客人だと。父などは本気で養女にする算段なのですから」
「それはまた宰相殿はとんでもない入れ込みようだな」
「殿下こそ。王宮で過度な接触を見せつけていたのは、上位貴族が彼女の価値に気づく前に示す必要があったからでしょう、王太子殿下の庇護する者であると」
アクロイド伯爵家では抑えられない上位貴族を牽制するため、敢えて妹のように可愛がる姿を目撃させた。
セレストの価値は調合能力だけに止まらない。古代種シェレイスであることが今回の件で判明したのだ。高い知識と魔力は王侯貴族にとって黄金より価値がある。アクロイド家では防げない身分差を、王太子殿下が囲うことで手出しさせない体裁を整えた。
逆に浮上する弊害も起こるだろうが、一先ずセレストの身は守れる。
これは本格的に養子縁組の方向へ動いた方がいいかもしれないと、エグバートは思う。アクロイド家が庇護する大義名分を早々に用意しておく必要があるだろう。
「俺から陛下に伝えておこう」
「殿下」
「今はお前しかいない。砕けた物言いくらい許せ」
「普段から気をつけていなければ、思わぬ場面で咄嗟に出てしまうものですよ」
「ああ、分かった分かった。口煩い奴め。陛下には報告しておくから、まずはセレスを説得しろ。あの子が納得すれば、早急に養子縁組に移れ」
「心得ました」
相変わらず頭の固い奴だと渋面になった時、扉をノックする音がした。
「殿下。カムルにございます」
「入れ」
カムルに続いて真っ白な巨狼と、同じく真っ白な兎が入室してきた。アンフィテアトルムの地下牢にいた精霊たちだ。
まさかそのなりで王宮内を闊歩してきたのかと、ベイジルもエグバートも瞠目した。悲鳴が聴こえなかったのは奇跡だな。
『悪くないね』
『まあまあだな』
部屋を見渡すなりそんなことを宣う。精霊ってやつは、まったく。眇めた視線をまるっと無視して、白兎が発問した。
『あの子はどうなの? 急に倒れて驚いたけど』
「そのうち目を覚ますから大丈夫だ。問題は目覚めた後の方だがな」
『自分がシェレイスだと知らない様子だった。とうの昔に滅びた一族の生き残りが現在にも残っていたことに驚いたが……それも雑ざっていない、純血の娘だ』
「純血? 何故わかる」
『シルバーアッシュの髪と瞳をしているのはシェレイスしかいない。シェレイスは先天的に色素が欠落した一族だ。肌も他の者よりずっと白いだろう?』
白狼の精霊に言われて、そう言えばと思い返す。
照らす光の色に簡単に染まってしまうような、そんな神秘的な雰囲気を確かに持っている少女だ。太陽の下ではほんわりと発光するみたいに、より白く染まる。夕陽に照らされれば全てが夕暮れの色に、月光に照らされれば金をひとしずく落としたかの如くプラチナゴールドに輝く。
明確な色を持たない彼女は何色にも染まるのだと気づけば、それがひどく官能的で、危うさを孕んでいるように思えた。
エグバートは何としてでもセレストを説得しなくてはと、本当の兄になったつもりで固く決意した。色んな意味であの子は野放しにしちゃいけない……!
「セレスは五百年の時を超え、最近目覚めたばかりだ。先祖返りではないと断言できるのか?」
『五百年の時を超えた? それこそシェレイスである証左だろう』
「どういう意味だ」
『ただの人が五百年の時を超えられるか? 年もとらず、朽ちることもなく、変わらない姿で再び目覚めることが出来るか? 歩くことが出来るのか?』
問われて初めてその異常性に気づく。
そうだ。そのとおりだ。なぜ単純に眠り姫だと呑み込んだ? まず不可能だ。あり得ないのだ。そこに何故疑問を抱かなかった?
「……………シェレイスであれば、それは可能なのか」
『可能だ。そもそもシェレイスは、長い眠りに就いてようやくその身に膨大な魔力を馴染ませる』
故に滅びたのだと―――セレストが五百年の眠りに就いたのは、偶然ではなく必然であった、ということなのか……。
ベイジルとエグバートは、複雑な面持ちで飴色の扉を見つめた。
扉一枚隔てた隣の部屋で、未だ目覚めないセレストを思った。
大変お待たせ致しました(;>_<;)
どうしようか悩んで、ちょっと難産でした(;^ω^)
出すタイミング早いかも、とか考えたらなかなか踏ん切りつかなくて(;゜∇゜)
そんなこんなでセレストさん、昏倒です( ゜ 3゜)?
あードキドキ……。
執筆中は音楽をよく聴きます。
でも邦楽は絶対聴かない。なぜって、歌詞に集中しちゃって、一緒に歌っちゃうんですもの( ´-ω-)y‐┛~~
なので、専ら洋楽一本です。英語わかんな~い。
エンヤが特に大好きです。もうインスピレーション涌きまくりですョ!
執筆中はドラマや映画、アニメやゲームなどに使われた曲は聴きません。私の中ではもうイメージが固定されちゃってるんで、聴いてると脳内がそれ一色になっちゃってまず書けない( ´゜д゜`)エー
FFとか米津玄師とか嵐とか安室奈美恵とかAimerとかLiSAとかGENERATIONSとかキンプリとかワンオクとか、挙げたらキリがないんですけどね、もうもうもうもう大っっっ好きなんですョ! でも!
曲のイメージに釣られちゃう~
歌詞追っかけちゃう~
あの時のシーンが……なんて反芻しちゃう~
聴けない……聴けないワ………二次作品書いちゃいそう……。
という実に面倒臭い理由でエンヤ一筋です。むふふ。
『公爵令嬢に転生したけど、中身はオッサンです。(私は「転オツ」と略してますw)』も宜しければ覗いてみてくださいね~(ノ゜∀゜)ノ