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13.灰かぶり、情報交換する

 



 シェレイスか否か。それは目覚めてからずっとアクロイド様に問われてきたものだ。

 五百年前の灰色髪は、豊富な魔力を扱うことのできない出来損ないだという証左でしかなかった。シェレイスの名を耳にしたことはないし、おばあちゃんもわたしをそうだと言ったことはない。シェレイスという灰色髪をした種族がいたと知ったのは、アクロイド様に教わった時だ。

 自分がシェレイスかどうかは知らない。おばあちゃんは先祖返りだと言っていた。それがシェレイスだとは一度も口にしなかった。

 乳飲み子の時分に森の中に捨てられていたわたしは、本当の親がどこの誰なのかも知らず、本当の名も知らない。そもそも名などあったのかも不明だ。

 おばあちゃんの言うとおり、先祖返りなのかどうかも定かではない。ただ五百年前も灰色髪は大変珍しく、わたしより前に存在していたのは更に八十年も前だと聞いている。


 シェレイスは千年以上前に文明を築いていた、魔力と知識に長けた種族だとアクロイド様は仰っていた。

 確かにわたしは灰色髪で、魔力も人より多いらしい。でも知識に長けているわけじゃない。豊富な魔力も五百年間眠っていたことでようやく馴染み、やっと扱えるようになった出来損ないだ。

 特徴はいくつかシェレイスと共通する部分はあるかもしれないけど、違う部分もある。だから、シェレイスか否かと問われれば、たぶん違うと思うとしか答えようがない。

 シェレイスの隔世遺伝かもしれないし、単に偶然灰色の髪をしていただけかもしれない。

 自分に流れる血筋の本流がどこにあるのかを知る術のないわたしには、その問いに答えられる材料はない。


 正直にそうお話したら、王太子殿下はそうかと一言だけ仰って、再び頭を撫でられた。

 慰めて下さっているのかしら。殿下はわたしを何歳だとお思いなのか、そろそろ本気で突っ込んで追求したくなるわね。


 暫く撫でていた王太子殿下は、馭者にあと五分ほど延長してから下ろしてくれと伝え、わたしににこりと微笑まれました。


「では次はセレスト嬢の質問に答えよう。何を聞きたい?」

「ええと………」


 他に聞きたいことってあったかしら。生活に必要な知識のほとんどはアクロイド様から教えて頂いているから、思ったより知りたいことって残っていなかったりする。


「あっ、そうだ! 現代の薬師事情を教えてください。現代の薬師が調合に魔法陣を使用しないというのは本当ですか?」

「本当だ。道具を使ってすべて手作業でやっている。国営の薬草園で栽培された薬草は官営薬師ギルドを通して販売しているのだが、私はその統轄を任されている。とは言っても、薬草園の管理人と薬師ギルド長に一任しているものが殆どだがな」

「そうだったんですね。わたしも少しだけですけど、アクロイド様……ええと、アレクシス様に教えて頂きました。確か、ギルドに登録している薬師はすべて手作業で調合して、それぞれが構える店舗で販売したり、薬師ギルドに卸すのが通例なんですよね? 志のある者なら誰でも現役薬師に師事することができて、見習い期間中は国が定期的に講習会を開いて支援しているとか。まずそこに驚きましたけど」

「セレスト嬢の時代ではそうじゃないのか?」


 違うと首を横に振ると、王太子殿下の深い青の瞳がきらりと好奇心に輝く。


「先程の質問は私の尋ねたい内容とかぶるな。私も聞いていいだろうか?」

「はい」

「五百年前の薬師が魔法陣を駆使して薬草を調合するという話は、王宮管理の禁書にも記されていない。文献に残っていないのは何故だと思う?」

「憶測でもいいですか?」

「構わない」

「薬師の扱う魔法陣は、師事する師匠によって異なります。薬草の種類と組み合わせに大差はないですが、先祖代々受け継がれてきた数百種類に及ぶ調合魔法陣は薬師家系によって違います。一子相伝の教えを請えるのは長子だけで、子がいなければ親族から見込みのある者を養子に迎えます。わたしの場合は祖母の親族とかなり揉めたようです」


 本来は遠縁にあたる男児を養子に迎えることになる。直系ならば男女関係なく継げるけれど、養子となれば男児が好まれる。

 おばあちゃんの場合は、おばあちゃんの大叔父の直系血筋に生まれた男児が継ぐ予定だった。確か私より八つ年上だったはず。

 何度かおばあちゃんが激しく責め立てられている姿を目撃したことがある。どこの馬の骨とも知れない小娘に、それも役立たずな灰かぶりに一族の宝を渡すのかと。その場に佇む年上の男の子に、憎悪の込めた目で睨まれたことは今も鮮明に覚えている。

 それでもおばあちゃんは絶対に親族の言葉に頷かなかった。コーベット家当主の判断に異を唱えることは出来ても、決定を覆すことは出来ないからだ。


『当主のわたしが跡継ぎにセレストを選んだんだ。あいつらはきゃんきゃん吠えることしか出来ないよ。だってね、コーベット家の宝はわたしの頭の中にしか存在しないんだからね。わたしが教えないかぎり、コーベット家の宝を手にすることは出来ないんだよ』


 あっけらかんと笑ったおばあちゃんは、わたしの髪を丁寧に梳りながら、わたしはお前がいいんだよ、と言ってくれた。

 嬉しかった。堪らなく嬉しかった。

 だから、おばあちゃんが亡くなった後、親族一同に囲まれ罵詈雑言を浴びせられても、突き飛ばされても、嫌がらせを受けても、決して家と知識を渡さなかった。法的にも相続したのはわたしだったから、親族は脅すことしかできなかった。

 おばあちゃんがわたしがいいのだと言ってくれたから。今はまだ調合魔法陣が扱えなくても、わたしには一度聞いたことを忘れない才能があるからと、コーベット家の全てを託してくれた誇りがあるから。

 だから、何を言われても、何をされても、認めてもらえなくても、その誇りと与えられた愛情を胸に、絶対に屈しなかった。


 コーベット家の宝は、全てわたしの頭の中にある。

 おばあちゃんと、コーベット家のご先祖様が残してくれた英知は、何一つ取りこぼすことなく、全てはわたしの頭の中に。


「調合魔法陣は書物などに残されることはありません。必ず跡継ぎに、口授という形で実践を交えながら頭に刷り込んでいきます。知識は薬師の財産です。それぞれの家系が心血注いで研究開発した独自の調合魔法陣は、黄金を積まれても絶対に明かしません」


 わたしが知る調合魔法陣も、コーベット家のものだけで他家のものはない。価値の高い調合もたくさんあったのに、それが悉く喪失してしまっているだなんて、とても残念で勿体ないことだわ。

 五百年の間になぜ廃れてしまったのか、眠りについていたわたしには知る由もない。古代史に詳しいアクロイド様さえ知らず、王宮管理の禁書にさえ記されていないとなると、今後わたしが知識喪失の原因を知ることはないのかもしれないな……。


「口授に拘ったのは、知識漏洩を恐れてのことです。仮に書き記したものがあったとして、それが流出すれば希少性を損ないます。何代にもかけて完成させてきた調合魔法陣を模倣されれば、その家系は独自性を失い、食べていけません。過去に漏洩し、模倣された例があるのではないかとされていますが、当時現存していた薬師家系で他家の知識を盗み成り上がったという実例はありませんでしたし、逆に過去、潰され系譜から消えたという薬師家系も存在しませんでした。なので、知識継承に口授のみとした始まりの理由は定かではありませんが、恐らく前言したとおり、知識漏洩を防ぐためだったのだと思います」

「なるほど。故に文献にも残されていないと」

「薬師は内鍵のかかる調合室でしか調合魔法陣を使用しません。薬師同士であれば、魔法陣を読み解けるからです」

「調合魔法陣を使用中に目撃されれば、一子相伝の知識は漏洩し、模倣されるということだな」

「はい。なので、ここからが憶測になりますけど、王宮管理の禁書にさえ記されていないのは、薬師が調合に独自開発した魔法陣を使用していると報告していないからだと思います。薬師家系ならばそれを知っていますが、前言したとおり薬師は情報漏洩を極端に嫌います。薬を求めに訪れていた方たちも、薬草の組み合わせに特化していると認識しているだけで、調合に特殊な魔法陣を使っていると知る方は一人もいませんでした」

「秘密厳守に徹底しているな。ということは、当時の薬師家系にしか調合魔法陣の有無は把握されていなかったのだな。故にいつ廃れたのかも、当時の薬師に繋がる系譜が現在どこで何をしているのかも我が国は掴めていないのか」


 調合魔法陣の存在さえ把握していなかったのだから、それは仕方ないことだと思う。それだけ薬師が用心深かったということに他ならないのだから。


「当時は、王太子殿下もご存知の傷薬を作れる薬師は国から特級の称号を授与されていました。チェカッシュから作る傷薬は調合過程がかなり複雑なので、上級薬に該当する傷薬を調合できる薬師は重宝されたんです。特級持ちが調合する傷薬は兵士に需要があり、毎月大量に注文されていました。わたしの祖母も特級持ちの一人で、毎月初めには三桁の注文が入っていたんですよ。祖母だけが受注していたのではなく、特級持ち四人で三桁ずつ割り振られ、他のいくつかの薬と一緒に納品していました」

「特級持ちが四人? ずいぶんと少ないな」

「チェカッシュの調合は魔法陣がとても複雑なんです。それを四つ重ねて、立体的な魔法陣を描く必要があります。わたしが作った傷薬は、祖母たち特級持ちの薬師が作っていた傷薬の劣化版です」

「劣化版? あれでか?」

「はい。敢えて等級をつけるなら、中級あたりが妥当かと」

「あの出来で中級か………。当時の薬師系譜の行方と、その知識喪失は我が国にとって大損失だな……」

「当時の薬の効能については何も残されていないんですか? 例えば騎士団の日誌とか、発注書とか」

「ああ。セレスト嬢の報告が上がってから調べ尽くしたが、保管されていたのは発注書だけで、効能が記されたものは見つからなかった。君の祖母君の名も発注書でよく見かけたよ。アリシア・コーベット殿」


 思いがけず人からおばあちゃんの名を聞いて、頬が緩んだ。おばあちゃんの生きた証を、五百年の時を超えて耳にするなんて思わなくて。

 直視した王太子殿下は一瞬瞠目されたけど、ふっと柔らかく微笑んで、よしよしと再び頭を撫でられた。


「効能が記されたものがないのは、恐らくそれが普通のことだったからだと思われる。当時の薬の出来が通常化しており、特別なものではなかったのだろう。我々も現在の薬師が作る薬の効能を記すことはしていない。騎士団にあるのは同じく発注書だけだ。薬師ギルドには薬草の種類とそれぞれの薬効、調合過程が保管されているが、それも改良のためのプロセスの一環であり、研究や実験に活用されている。五百年前の薬の効能を記すことがあるとすれば、それは当時の薬師たちだろう。それも可能性としてはあり得ない、ということになるがな、セレスト嬢の話によれば」


 残念極まりないと溜め息を吐く。


「さて。私ばかりが過分な情報を受け取っているが、セレスト嬢は他に聞きたいことはないか?」

「うーん………今のところは思い付きませんね」

「そうか。ではこの辺りで打ち止めとしよう。また疑問点が浮上すれば、その時は遠慮なく尋ねなさい」


 ばっちりなタイミングで車は地上に戻り、着陸と同時にガタン!と揺れた。咄嗟にまた王太子殿下にしがみついたところをエグバート様やバリーさん達に目撃され、羞恥のあまり大穴を掘って隠れたい心境に陥った。

 馭者さんが開けて下さった扉から慌てて降りようとしたところ、王太子殿下が当然のようにわたしの膝裏に手を差し入れ、抱き抱えたまま下車なさいました。


「あ、あの、王太子殿下……自分で歩けるので下ろしてください」

「断る」

「はい?」

「こんなに抱き心地が良いのに、下ろしてしまうのは勿体ないだろう?」


 あまりの言い様にわたしはあんぐりと絶句した。

 なに言ってるのこの人。一国の王太子が堂々とセクハラ発言してますけど!

 成人はまだしてないけど、小さな子供でもないんですけどね!?


 わたしの様子に満足したのか、にっこりと人を食ったような笑みを浮かべて、足取りも軽くアクロイド伯爵邸へと入って行きました。わたしを横抱きにしたまま。

 やれやれと溜め息を吐くエグバート様が後に続き、些か困った表情をされているバリーさんと、興奮を隠せない侍女さん達が更に後ろから従いました。王太子殿下お付きの侍従や護衛方も続いておられますが、王太子殿下の奇行に誰一人表情を変えません。

 きっと日常茶飯事なのですね。お姫様抱っこをされた女性方の中で、わたしは何番目なのかしらと、しょうもないことを現実逃避よろしく思った。




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