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12.灰かぶり、空を飛ぶ

ブクマ登録&評価ありがとうございます(〃´ω`〃)

 



「お、お、おっ、おおおおお王た、お、王太子、で、でんっ、殿、下っ!?」

「面白いくらいどもるね」


 あはは、と愉快げに笑う胡散臭、いえ、王太子殿下ですが、とんでもない大物と遭遇してしまいましたよ、おばあちゃん!!

 おばあちゃん経由で侯爵様まではお目通りした経験がありますけど、王族って! 王太子殿下って!! 触らぬ神に祟りなし!!

 逃げ出したい! 無性に、猛烈に、今すぐ我が家に引き籠りたい!!


 ひいっ!と悲鳴を上げ再び扉に貼り付くわたしをにやにやと見つめ、せっかくエグバート様が引き剥がしてくださった距離を詰めて、睦言を囁くかのように甘く響く声で仰います。


「王太子だと知ってどう思った? どうしたい?」


 わたしのパニックに陥った口は、直前まで頭の中を飛び交っていた言葉をぺろっと口走ってしまいました。


「さっ、触らぬ神に祟りなしっ、うちに帰りたいっ、ひ、引き籠りたいっっ」


 途端、王太子殿下はその場に頽れた。

 侍女さん方がぎょっとする中、エグバート様は呆れた面持ちをされています。床に膝をついた王太子殿下の肩が揺れ、お腹を押さえました。


「さ、触らぬ、か、神に祟りな、なし、って……引き籠りたいとかっ………だ、駄目だ、腹筋が死ぬ……っっ」


 ええ、盛大に笑っていらっしゃるだけでしたね。

 わたしのテンパりっぷりがそんなに面白いですか。頽れるほどに。そうですか。


 逆に冷静になったわたしは、すんと真顔になってひいひい苦しんでいる王太子殿下を見下ろしました。

 不敬に当たる? 知りませんね。目の前で勝手にへたったのは王太子殿下ご自身なので、わたしの責任ではないですね。


 わたしの能面のような無表情に気づいた王太子殿下は、見上げると更に笑いから抜け出せなくなり、踞って床を何度も何度も叩いておられます。

 この方、両陛下に次ぐ尊いご身分のはずですよね? こんな地面に這いつくばっていて大丈夫なんでしょうか。現代のイケメンさんは変態やら残念やらが多い気がしますが、チェリッシュ・ベイの未来が危ぶまれます。


 いい加減になさってください、とエグバート様が王太子殿下を立たせて、ようやく笑いの余韻にふらふらしながらもソファにお座りになりました。

 隣をポンポンと叩く様子を無視して、わたしはテーブルを挟んだ真向かいのソファに座ります。執務席側のソファにお座りになった王太子殿下は上座にあたり、その対面は出入り口の扉側にありますから、当然わたしの座ったソファは下座です。王太子殿下は苦笑されていますが、わたしは間違っていませんからね。

 エグバート様は当然のように王太子殿下の右側の背後に立たれました。いつもこのようにされているのだと、自然な動きだけでも察せられます。


「セレスト・コーベット嬢。君のことはエグバートから報告を受けている。五百年間眠り続け、時を超えたことも含めてね」


 わたしはこくりと首肯しました。国に仕える上位貴族が王家に報告していないはずはありませんから、理解の範疇です。


「うん。私は国のために、王太子としてセレスト嬢に色々と確認を取らなければならない。五百年前の様子や、当時の薬師の役目、薬の種類と、その質。君の調合した傷薬一つでも、現代の薬師とは技術も能力もまったく違うのだということだけは分かっている。調合に特殊な魔法陣を使用するそうだね。それらが一子相伝の門外不出だということも報告を受けている。だからそれを見せてくれとか、国に従事する薬師に伝授してほしいとは言わないから、その点は安心してほしい。我が家名に誓って、強制もかけない」


 もう一度こくりと首肯する。

 口約束に拘束力がないことは知っているけれど、家名に誓った約束が何を示すのかは理解している。王太子殿下自らそれを口にされたのです。それを疑えば、逆に咎められるのはわたしです。


「君の信頼を勝ち取るために、一問一答にしようか。まずはレディファーストということで、セレスト嬢から疑問なんかを聞いてくれて構わないよ。私に聞きたいことはあるかい?」


 おお、先程まで抱腹絶倒されていた方とは思えませんね。失礼ながら、きちんと王子様に見えます。

 聞きたいことですか……。あるにはあるのです。アクロイド伯爵邸でお世話になっていた期間から、ずっと気になっていたことがあります。今回更にわたしの頭には疑問符が飛び交っているほど、いったいどうなっているのか不思議で仕方ありません。


「ではお言葉に甘えまして、質問させて頂きます」

「何かな」

「エグバート様やご当主様は、毎日アクロイド伯爵領ベルジェラから王宮へ出仕されていますが、上位貴族の方々は王都にお屋敷をお持ちではないのですか?」

「どういうことだ?」

「だって、領地と王都を毎日往復するなんて大変じゃないですか。馬をとばしても半日はかかる距離ですよね?」


 しかも今回は王太子殿下もおいでだ。ご多忙であろうご身分の方がこうしてわたしに遠路はるばる会いに来られたことも、その距離も含めて破格の待遇に違いない。


「ああ、それならば問題ない。移動に馬は使わないからな」

「え?」


 馬は使わない? じゃあ何を使って移動するの?


「そうか、セレスト嬢の時代は馬を使っていたのだな。いいだろう、百聞は一見にしかず。私やエグバートがどうやって遠距離を短時間で移動しているのか、その目で確かめるといい」


 そう仰った王太子殿下は、席を立つとわたしに手を差し出されました。


「戸外に出る。私がエスコートしよう」


 え!? おっ、王太子殿下が、わたしをエスコート!? 畏れ多い……!!


 おろおろとエグバート様に助けを求めたけれど、手を取りなさい、と頷かれました。万事休す……!


 死地に向かう心境で王太子殿下の差し出された掌にそっと指をかけると、温かい手がしっかりと握り返して下さいました。何だかお手をする犬のような心境です。

 手を引かれ立ち上がったわたしは、王太子殿下に促され、そのまま腕を絡めます。すでに死にそうです。

 恥ずかしいわ、でも嬉しい―――なんて乙女な思考はわたしに備わっておりません。まず思うのは、見目麗しいお姿に目が潰れそうだということです。

 太陽を直視できないでしょう? あれと同じです。


 そうか、この方がエグバート様と男色疑惑のある方なのかと、バリーさんに違いますよと否定されたことをすっかり記憶の片隅に追いやっていたわたしは、そんなことをちらと考えました。

 確かにお二人が並んでいらっしゃると、そこだけ空気が違うと言うか、背景に花園が見えますね。遠目で愛でる分にはいいですが、その中心に自分が立たされていると思うとこの場から全力疾走したくなります。何が言いたいかと申しますと、構わないでください!ということです。あああああ引き籠りたい。






 初めて足を運んだ屋敷の豪奢な庭の奥、馬小屋のような建物が並ぶ一角へと案内されたわたしは、そこにいた奇妙な生物たちにあんぐりと呆けた。

 馬ではない。当然牛でも鹿でもない。

 平べったい半透明のつるつるとした質感で、縁が細やかに波打っている。羽根のように軽いのか、または浮遊系の魔法を有しているのか、ふよふよと浮かんだまま宙を自由に漂っている。

 これはいったい何なのか。こんな見た目も生態も謎過ぎる生物は初めて見た。そもそも生物なの? 何なの?


「その様子では、やはり初めて目にするのだな」

「は、はい………このような生き物は見聞きしたことがありません………」

「これらは百七十年前に発見された新種の魔獣で、名をモカドという。セレスト嬢が生きた時代には、まだ発見されていなかっただろうからな。知らなくて当然だ」

「モカド………」

「見かけによらず、これらの飛翔速度は桁違いでな。王都とベルジェラ間の移動であれば、余裕を見ても一時間もかからない」


 そんな馬鹿な。瞠目するわたしを面白そうに眺めて、王太子殿下は「嘘じゃないぞ」と微笑みました。


「地上を移動すれば道なりに進むしかないが、モカドは空を使う。障害物と言えば鳥ぐらいだから、真っ直ぐ一直線に進めるんだよ。加えて馬より速度に優れている。移動時間を短縮できない理由がない」


 なんということでしょう………。おばあちゃん、目覚めて早半月以上、ここまで心底驚いたことはありません。

 モカドという魔獣は、空を飛ぶんですって! 空だよ!? そんな移動手段を持つモカドずるい! 五百年前にも存在していたら、王宮までの納品に片道一日半を費やすこともなかったのに! 揺れる荷馬車の馭者台って、めちゃくちゃお尻痛いんだから!

 ぐぬぬ、と悔しさを滲ませていると、王太子殿下がご自身の従者らしき方に目配せをなさいました。

 何だろうかと首を傾げていたら、王太子殿下が失礼と短く断りを入れ、軽々とわたしを抱き上げました。


「ふおっ!?」


 突然の暴挙に淑女失格な声を上げたわたしに笑いながら、王太子殿下はそのまま馬の繋がれていない馬車に乗り込みます。寧ろ馬なしを馬車と呼んでいいのか激しく疑問ですが、今現在勃発している問題はそこではないので、あえてスルーします。

 何でわたしは王太子殿下のお膝に座らされているのでしょうか!?


「慣れないと危ないからね。大人しく抱かれていなさい」


 至近距離で、いい笑顔でそう仰います。わたしの眼球は無事でしょうか。


 ややあって、準備が整いましたと馭者らしき方が外から声をかけてきました。


「ご苦労。セレスト嬢によく見えるよう、窓は全開にしておけ。飛翔は五分ほどで充分だ」

「畏まりました」


 前方と左右に身を乗り出せるほどの大きめの窓が設置されていて、王太子殿下のご命令を受けた馭者さんが全てを開け放ちました。

 ガタンと大きな音と衝撃が一度起こって、咄嗟に王太子殿下にしがみついてしまいました。にやりと笑っておられますが、不可抗力です。

 直後、ふわりと浮く浮遊感を感じ、それから一切の揺れを感じることなく景色が下へ流れていく。


「前を見てごらん」


 示された方へ誘われるように視線を向ければ、平べったい半透明のモカドが空中を泳ぐように全身を波打たせていた。


「モカドは固有の浮遊魔法を身に纏っている。騎獣として調教された個体は、こうして車にも同等の浮遊魔法を施してくれる。一切揺れないから、乗り心地は馬車の比ではない。こうして景色を確認しなければ、空を進んでいるとは感じないだろう?」


 仰るとおりです。全開の前方、左右の窓から臨む景色がなければ、馬車―――車というのか―――が空中散歩しているなんて気づかないに違いない。それくらいまったく違和感を覚えないのです。

 確かに馬車とは雲泥の差だ。振動が大きく、硬い荷馬車の往復三日間に耐えてきたわたしのお尻が、何だか可哀想になってきた………。


「左右の窓、どちらからでもいいから、下を覗き込んでみるといい。私が支えているから落ちる心配はない」


 言われてそっと下を覗くと、アクロイド伯爵邸が小さく見えた。大きく旋回して馬車――車は空を滑るように進む。旋回しているのに傾くことも振られることもなく、改めてモカドの浮遊魔法の高度さを実感した。


「初めてモカドの車に乗る者は、浮遊感に慣れず車酔いを起こしてしまうものだが、君は大丈夫そうだな」

「はい。今のところ何ともありません」

「楽しいか?」

「楽しいです」

「そうか。喜んでもらえて何よりだ」


 よしよしと頭を撫でられ、こっそりはしゃいでいた内心を読まれていたことに遅れて気づいた。は、恥ずかしい……っっ!

 そういえば、アクロイド様もよく頭を撫でてこられますが、お二人はわたしを何歳だとお思いなのかしら。普通は年頃の女性にこうも気安く触れたりしないわよね?

 確かに身長は同世代と比べて平均以下で小柄だと自覚しているけれど、まさか十を超えたばかりだとか、いくら何でも思っておられないわよね? そうよね?


 思わずじっとりと疑惑の視線を向けると、気づいているのかいないのか、王太子殿下が提案された。


「ではもうしばらく空中散歩を堪能しよう。その間に私からの質問に一つ答えてくれるかな?」


 そうだった。一問一答だと言われていたんだっけ。

 何を問われるのかと緊張気味に頷くと、宥めるように後頭部から背中にかけてゆっくりと撫で下ろされる。その手つきは猫を宥めるようだった。わたしは愛玩動物ではありません。


「手始めに聞きたいのは、この髪色だ。アレクシスからもシェレイスに間違いないだろうと報告が上がっている。セレスト嬢。君は古代種シェレイスの生き残りか?」




読了お疲れ様でした!

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