11.灰かぶり、………。
―――何でしょう、蛇に睨まれた蛙のような心境です。
目の前で好青年よろしく微笑んでいる人物に抱いた第一印象は、まさにそれだった。
時は少しばかり遡りまして。
お墓参りを済ませたわたしは、夕刻に護衛騎士の方々と一緒にアクロイド伯爵邸を訪ねました。エグバート様から招かれていますからね。薬に関することだと分かっているので、わたしとしても渡りに船です。
三日ぶりのアクロイド邸で出迎えて下さったのは、執事のバリー・ベイカーさんと、半月もの滞在中に大変お世話になった侍女さん方でした。
侍女さんが一様にエステが出来ると手をわきわきされていますが、今日はお仕事に関することでお訪ねしただけですからね!? エステはしませんよ!?
可愛らしく口を尖らせる侍女さん達に見送られて、バリーさんにエグバート様の執務室へと案内されました。今宵とのことでしたので、エグバート様がお帰りになるまでサロンでお待ちするのかと思っていたわたしは、すでにお帰りになっていて、しかもわたし待ちだったと知って動揺してしまいました。
そんな無作法を咎めるような方ではありませんが、上位貴族である伯爵家嗣子をいち庶民のわたしがお待たせしているという事実は、もうそれだけでとんでもない非礼に他なりません。
あわあわとまごついている内に、バリーさんがノックの後に「コーベット様が参られました」と伝えます。すると、中からエグバート様の「入れ」と短い返答がありまして、かなりのプレッシャーを抱えながらバリーさんの開けて下さった扉を潜ります。
もちろん、「セレスト・コーベットです。お待たせしてしまい、申し訳ありません」ときちんと謝罪しましたよ!
「ああ、こちらが急に呼び出したのだから、気にしなくていいよ」
エグバート様の優しいお言葉にほっとして、安堵の表情を浮かべたまま顔を上げた、その先に、件の男性が興味津々にこちらを見ていたのです。
「へぇ~。この子があの傷薬を調合した薬師か。聞いていたより随分と若いな」
執務室にはエグバート様だけだと思っていたわたしは、当然の疑問を抱きました。どちら様でしょうか、と。
でもこちらから問うことは許されません。お貴族様から訊ねられたらお答えし、お許しが出ればお聞きすることも叶いますが、いち庶民のこちらから口火を切るのは厳禁です。その辺はおばあちゃんに心得をしっかり叩き込まれていますからね! 失態は犯しませんよ!
ですが、何故でしょう。
エグバート様ではなく男性が執務席に座っていらっしゃる時点で、この方の方がエグバート様より上位であられることは一目瞭然ですが、何故わたしは追いやられているのでしょうか!?
バリーさんが閉めたらしく、背後の扉は閉まっています。逃げ場がありません!
そして冒頭に戻る、という経緯です。
わたしのパニックをご理解して頂けましたか!? え!? わからない!? 何でです!?
にこにこと好青年の印象を振り撒くこの方は、黒髪に深い青の瞳をされていますが、わたしはまったく見覚えございません。エグバート様お付きの侍女さん方はこの方の見目の良さに控え目にうっとりなさっておられますが、ごめんなさい、わたしには理解できません。
笑顔が怖いです! ダリモアさん以上に恐ろしいです! 何でこんなに近いんです!?
「どうして逃げるのかな? これでは私が兎を追い詰める狐のようではないか」
「事実追い詰めています。見知らぬ男から詰め寄られれば恐怖心を抱くのも無理はないでしょう。さあ、いい加減離れてください。近過ぎです。セレスト嬢は我がアクロイド家の大切な客人だということをお忘れなく」
そう言って、閉まっている扉に貼り付くわたしからエグバート様が男性を引き離して下さいました。エグバート様、感謝します!
「それは分かっているさ。さて、兎さん? いくつか私の質問に答えてくれるかな?」
胡散臭い。にっこりと微笑まれた表情だけでなく、この方のありとあらゆるものがこの上なく胡散臭い。
ついじっとりと半眼になるのは仕方ないと思います。高いご身分だと察せられても、胡散臭いものは胡散臭い!
「何かな? 疑ってる?」
「……………」
「うん? 正直に言ってごらん?」
「う、胡散臭い、です」
「「………………………。」」
男性とエグバート様がたっぷりと沈黙されました。侍女さん方も唖然と固まっておられます。だって、正直に言っていいと仰いましたから。言質取ってます!
ふんすと鼻を膨らませると、ぶほ!っと貴族紳士らしからぬ音を立て、男性が吹き出しました。
「う、胡散臭いって! 初めて言われたよ! それも女の子に! あはは!」
「笑い事ではありませんよ。セレスト嬢、今の発言はここ以外ではしないように。笑って許されることなどないのが身分制だ。君の身の安全のためにも、馬鹿正直に本音を駄々漏れにはしないように」
「あう……申し訳ありません……」
「お前も大概だけどね、エグバート」
早々に大笑いから復活したらしい男性が、脇腹を押さえながらエグバート様にお小言を仰います。笑いすぎて横っ腹が痛むんですかね。この方の笑いのツボって謎です。
「これは失礼した。確かに名乗りもせずこちらが聞きたいことだけを問うのは礼を失していたな」
すんなりと謝罪の言葉を口にされたその方は、事も無げに続けます。
「私の名はベイジル・アスクウィス。我が国チェリッシュ・ベイの、王太子をしている」
紡がれた言葉に、今度こそわたしはその場に凍りついた。
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